ラブストーリーしよう
――――
食後のデザート。パンナコッタの白に三種のベリーソースが、崩した山肌をとろりと落ちてゆく。妻はスプーンをガラスの
どこかずれているクルミ色の瞳は、九人の夫たちをそうっとうかがう。顔は動かさず、視線だけで。
誰も妻を見ていない。ある意味悲しいことだが、今はいいだろう。OUT OF 眼中。切ないことだが、今はいいだろう。
あのデジタル頭脳の持ち主、
倫礼ははやる気持ちを抑えつつ、両手を上げて、みんなを注目させた。
「はいはい!」
一斉にこっちへ向く、夫たちの視線が。いや違う。イケメンたちの視線が。何て、素晴らしい眺めなのだろう。
「何?」
「どうしたんだ?」
「何だ?」
10P妄想に落ちる前に言わなくてはいけない。今日は
「この間のかくれんぼのお礼と思ってですね。いい企画を持ってきました」
「企画?」
夫たちが全員声をそろえた。倫礼は紙袋の中から、薄い本のようなものを取り出しながら、
「はい。ラブストーリーをみんなで演じようというものです」
妻の書き下ろしたシナリオが登場。結婚しているのに、今さらながら恋愛ものをやるという。暴走以外の何物でもない話。
文句が出るかと思いきや、夫たちはスプーンをそれぞれ手から離して、
「戦隊ものじゃないならいい……」
「それは全員に却下されたので、入れてません。安心してください」
九人も夫がいるのに、全会一致で拒絶されたジャンル。妻は未だに諦めてはおらず、紙袋を下げながらため息をつく。
「レッドとかブルーとかで、必殺技の名前言ってポーズ取って、やりたかったんだけどなぁ〜。宇宙の平和をみんなで守っ――」
「いいから、先に進ませろ」
妻の言葉をさえぎって、夫たちからマキが入った。倫礼は数冊の本を大切に抱え込み、夢見がちに微笑む。
「え〜っとですね。旦那さま一人を主役として、私が恋人役で、恋愛をするという話の流れです」
夫と妻でラブストーリー。ニヤケが止まらない倫礼に、夫たちから同じ問題点が何度も突きつけられる。
焉貴のまだら模様の声が即行、皇帝みたいな威圧感で飛んできた。
「お前がやんの?」
「恋愛もの、できるのか?」
「倫ちゃん、また失敗しちゃった〜?」
「明日、世界は崩壊するかもしれませんね――」
線の細い銀の伊達メガネをかけていた光命が、ティーカップをソーサーへ置いた。あんな大恋愛の末に結婚したのに、こんな言葉を言われるとは切ないを通り越して、サディスティックである。倫礼は力なくテーブルクロスに突っ伏した。
「
「てめぇ、恋愛仕様じゃねぇだろ」
「初恋が最近だった、我が家の恋愛鈍感姫です」
見事に撃沈。明智さんちの三女。恋愛などしなくても、生きていけると思っているほどなのである。
だがこれは、素晴らしい企画なのだ。俳優など顔負けの、我が家のイケメン夫たち。どうか演じていただきたい!
倫礼は
「とにかくですね! 九つストーリーを考えたので、ぜひやってください!」
焉貴がテーブルに肘をつくと、はだけたシャツの隙間から、鎖骨が顔をのぞかせ、
「それって……」
「はい」
「お前が今まで考えた案を、俺たちで消化するってことでしょ?」
「――ギクッ!」
持っていた台本を思わず崩し、パンナコッタの入った器にカランとぶつかった。夫たちは盛大にため息をつく。
「図星だ……」
「それって、使い回しなのか?」
ミサンガをつけた手で、麦茶のグラスを置きながら言ってきた、独健を燭台の向こうにして、倫礼は視線をそらした。
「ん〜? どうだったかなぁ〜?」
「使い回しだ……」
相変わらずわかりやすい妻のまわりで、夫たちの九人のため息がもれ出た。
だが、ここで諦めてなるものか。結婚する前に書きためたものだ。夫たち用に手を加えてきたのだ。
倫礼は構想を練るたび、頭が煮詰まりに煮詰まって、そこには結局何もなかったという。自分の脳みそのなさ加減と常に対峙し続けた奮闘の日々。だからこそ、実現をしなくては、その想いに駆られて、倫礼は出来るだけ大声で叫んだ。
「使い回しはあまりないです! 新しく書いたのもあります!」
「いくつ?」
焉貴に問われ、倫礼は勢いをなくし、ボソボソとつぶやく。
「……ひとつです」
「配役変えたってこと〜?」
孔明の間延びした声が食卓に降り積もった。それも確かにあるが違う。そんな単純なものではない。
倫礼は親指を立てて、バッチリですと言うように大きくうなずく。
「そのままのもあります!」
十五年前から知っているのだ。みんなのことは。会ったことはなかったが、どんな人物かはリサーチ済み。やりたかったのだ、ずっと前から。
夢の共演である。結婚すると思っていなかった、当時のものも混ざっているのだから。
「お前、あとで、それ報告!」
高校教師に放課後の呼び出しである。
「はい! 焉貴先生」
ということで、本来の配役があるものは、最後にご披露となった。
無事にゴーサインが出た。倫礼は崩れていた台本を指先でそろえる。
「それでですね、脇役に旦那さまをもう一人入れます」
「っつうことは、旦那チーム全員がふたつずつやるってか?」
鋭いアッシュグレーの瞳には、ジェットライターの炎が浮かび上がっていた。ミニシガリロの青白い煙が上がると同時に、倫礼は右隣へ向き、
「はい、そうです。ですが、妻は出づっぱりです!」
「自分が出たいんだろう!」
またツッコミを受けた妻を置いて、焉貴の宝石のように異様に輝く黄緑色の瞳には、三人の夫たちが映った。
「お前たちはいいの? さっきから何も言ってないけど」
「僕はいいですよ〜。完成したら生徒に見せます〜」
湯のみから上がる緑茶の香りを楽しんでいた、月命はニコニコ微笑んだ。
「小学生に見せられる内容なの?」
倫礼はシャンデリアを見上げて、ソラで台本をさらう。
「え〜っと……一応R17じゃないです」
「夕霧と蓮は?」
倫礼はすぐ左の席に座っている夕霧命の顔を見上げる。すると、そこには妖艶なラインが描かれていた、頬からあごにかけて。
「俺は構わん」
地鳴りのような低い声のあとに、
「いい。許可してやる、ありがたく思え」
俺さまな蓮の発言に、妻は食いついた。
「許しは
そうして、ちょっとしたイザコザ、いやどんぐりの背比べが始まる。蓮は鼻でバカしにしたように、「ふんっ!」と笑い、
「そうか。なら、俺はやらない。お前らだけでやれ」
負けてなるものか。倫礼は台本をパラパラとめくり、わざとらしく言う。
「残念だなぁ。焉貴さんとペアだったんだけどなぁ〜」
「そう。俺と蓮が共演ね」
まだら模様の声が食卓の上に舞うと、全員の視線が銀の長い前髪に集中した。
「………………………………」
鋭利なスミレ色の瞳はあちこち落ち着きなく向いていたが、やがて、
「……いい、やってやる、ありがたく思え」
一歩前進。喜びをダンスで表現したいところだが、ここはぐっとこらえて、倫礼はルールの説明を続ける。
「それでですね。妻チームも今回はがんばろうということで、女性の脇役は固定で、
すぐに物言いがつく。焉貴が両手で、山吹色のボブ髪を大きくかき上げた。
「お前と知礼じゃ、ボケとツッコミだけで話終了するね」
あのとぼけた妻。光命が悪戯するのに最適であると選んだ女。ボケさせないように、話すのが大変なのである。みんな。
「恋愛じゃなくて、お笑いだ……」
モデルがいる以上、その人の特徴を拾うわけで。倫礼と知礼では、本当にそれだけで終わってしまうのである。だが、そこらへんは、妻はきちんと心得ていた。
「ならないようにしました。まぁ、保険みたいなものです。旦那さんとの恋愛が破局を迎えた時には、私と知礼さんが恋愛をして、ラブラブになってキスをして、ラブストーリーはハッピーエンド! という結末にします」
ガールズラブがいよいよ登場。
「お前、知礼とキスしたことあんの?」
まさかこんなことを聞かれると思っていたなかった、妻。いや違う。焉貴の無意識の直感――策略にやられたのだった。
「え……?」
もともとノーマルだった倫礼には耐性がなく、驚いて固まった。光命と知礼と結婚してから、バイセクシャルになったのである。
「知礼ちゃんと倫ちゃんのチュ〜?」
孔明は漆黒の髪を、つーっと指ですいてゆく。
「見てみたいな」
同じノーマルだった独健の鼻声が耳から入り込んできた。いつもまぶたに隠れているはずの、邪悪なヴァイオレットの瞳が姿を現し、
「僕が婿に来てからは見たことがありませんが……」
身震いをした倫礼は、とりあえす言葉を口にしたが、
「知礼さんとですか……。どうだったかな〜?」
ごまかした。そこへ、
「ありますよ。私は見たことがあります」
「あぁ、
燭台の向こうにある、メガネの奥にある冷静な水色の瞳を、倫礼は恨めしげに見つめた。
これは策略だ。だからこそ、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
「知礼のことどう思ってんの?」
「それは聞きたい」
焉貴をはじめとして、夫たちの視線が一斉に向いた。妻は正直に答える。
「友達よりも仲のいい女の人です。初めての妻ですから、大切な人です」
仕事先からでも心配して、電話をかけてくるような女。それが、知礼。だが、妻も一人ではない。焉貴から別の名前が告げられた。
「
彼女は危険である、色々と。倫礼は慌てて首をプルプルと振った。
「女三人で三角関係になってしまうので……。覚師さんは今回はなしです」
「そう。で、覚師とはしたことあんの?」
これは策なのだ。あの粋で、いるだけで男を悩殺するような色気のある妻。小学校の歴史教諭。だからこそ、面倒見がいい。あの女の物の言い方が、倫礼の頭を駆けめぐる。
「え……?」
二番目の妻。覚師に、どれだけ助けられたのだろう。いいことばかりの結婚生活ではなかった。それでもみんなで支えあって、今があるのである。
倫礼が感慨深く浸っていると、焉貴のどこかいってしまっている黄緑色の瞳は、的確に情報を返してくれる夫に向かった。
「どう? 光」
「ありますよ」
「あぁ、また光さんが代わりに答えちゃって……」
妻に発言権はないのだった。どんどん話が深くなってゆく。
「セック◯もしたことあんでしょ?」
焉貴だけではなく、スパーエロ二号の孔明も乗ってきた。
「彼女だったらそうかも〜?」
倫礼の脳裏にフラッシュバックする。覚師のあの指先が、自分のセ◯キを弄ぶ時の感触を。
「ど、どうだったかなぁ〜?」
「ありますよ」
「あぁ、光さんがまた答えて……」
色気妻から王子夫へと情報は共有され、光命の神経質な指先が同じエクスタシーの波間へと落とした、あの夜――
だが、話がそれているのである。今は、ラブストーリーなのだ。倫礼は色から抜けて、平常を取り戻した。
「まあ、覚師さんは攻めに攻めてくるタイプなので、気をつけないと狙われます」
「そうね」
「そうかも〜?」
焉貴と孔明が同意。妻は単純に気になった。
「ちなみに、狙われた人、手を上げてください」
全員の手が上がったのを見て、最初の夫、夕霧命が珍しく噛みしめるように笑った。
「くくく……」
それでも、あっけらかんとしている覚師の話はひとまず終了。倫礼は重ねてあった台本のタイトルを見ながら、それぞれへ配り出した。
「で、主役と脇役の台本が二冊いきます。二週間で覚えていただいて、カメラの前で演じていただきます」
結構な強行軍。光命がメガネの奥から上目遣いで見てくる。
「私たちの恋愛はないのですか?」
「え……? 旦那さん同士の恋愛?」
倫礼の手が止まった隣で、明引呼のしゃがれた声が響いた。
「考えてなかったってか?」
「ふんっ! お前の頭はネジが一本もないんだな。こんな簡単なことにも気づかないとはな」
夕霧命を間に挟んで座っている蓮を、斜め後ろからにらんでやった。
「かちんと来るな」
あってもおかしくはない。複数婚しているのだから。焉貴がまた無意識の直感をする。
「どうなの?」
「BL……ですよね?」
妻は腐女子ではない。だが、夫たちも同性愛者ではないのだ。
「BLじゃないの、俺たち。バイセクシャルだから。はい、略しちゃってください!」
「BS……」
「どっかのテレビ局みたいになっちゃったね」
「あははははっ……!」
笑い声が一気に上がった。とにかくである。妻は反省にしつつ、
「BSはまた、次回以降です!」
そうすると、やけにガッカリした声が全員から上がった。
「そうか……」
「え……? 何ですか?」
この時、妻は夫たちの気持ちを理解していなかったのである。これがのちに大変なことになるとも知らず。
「いいから、先いっちゃってください」
焉貴に促されて、違和感を持ちながらも、倫礼は話を進める。
「全て役名にすると、混乱が生じると思うので、ファーストネームだけは本名をそのまま使ってます。ただ、世界観によっては漢字ではなく、カタカナということもあります」
こういうことだ。
倫礼の場合――〇〇 倫礼。もしくは、リンレイ 〇〇。となるというルール。
独健の鼻声が突如響き渡った。
「ちょっと待った!」
「え?」
意外な人から意見が起きて、苦渋の色をにじませている若草色の瞳を、倫礼は素早く見た。
「俺はどっちも同じやつとペアなんだが、これは間違いなのか?」
「あれ? 主役と脇役が逆になっただけだった?」
慌てて、独健が出ている二冊の台本を開いて、どこかずれているクルミ色の瞳に、出演者の名前がダブっているのが映った。
「あぁ、本当だ」
「それ、変えんの?」
焉貴から聞かれたが、これは、モデルがいる以上、簡単に入れ替えはできないのである。
「いや、セリフから何から全部書き直しになるので、そのままのキャスティングでお願いします」
「オッケー」
独健はまた台本を読み始めた。デジタル頭脳の人たちは、見た先からセリフを全て記録させてゆく。孔明は登場人物を、聡明な瑠璃紺色の瞳で捉える。
「エキストラどうするの〜?」
待っていましたとばかり、倫礼は得意げに微笑んだが、内容は他力本願だった。
「それはですね。
「あははははっ……!」
絶対にある話である。
「お前、ルナスマジック利用するね」
焉貴の隣で、のんびり緑茶を飲んでいた、マゼンダ色の長い髪の持ち主を、倫礼はうかがった。
「月さんがいいと言えばですが……」
「えぇ、構いませんよ〜。小一時間ほどで集まるんではないんですか〜?」
恐るべし、ルナスマジック。どうやったら、人々を自分の思う通りに動かせるのだろうか、ここまで。今日は女装していない夫に、倫礼は丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます」
最後の言葉である。
「撮影期間は二週間です。なので、四週間後に鑑賞会ということです。それでは、よろしくお願いしま〜す!」
こうして、食堂で夫婦たちは一緒に顔を合わせるが、鑑賞会のために、それぞれの進行状況やストーリーは内緒にされたまま、日が昇っては暮れてを繰り返していった。
そして、四週間後――
食堂に、夫婦十人集合。プロジェクターもスクリーンもない。だが、最新の技術で、意識下でつながる携帯電話から、空中に映像が直接映し出される。それは、三百六十度どこから見ても、同じように見えるものだ。
ということで、席はいつも通り。細長い四角のテーブルを囲む。倫礼の左隣から、夕霧命、貴増参、月命、蓮、光命、孔明、焉貴、独健、明引呼で、再び妻に戻ってきている。
テーブルの中央には、銀や色とりどりの包み紙に包まれたものが、山積みにされていた。全ての物語のデータが入っている携帯電話を、倫礼は嬉しそうに握りしめながら、
「はい、やってきました!」
「きたね」
焉貴が言う左隣で、孔明が間延びした声で聞く。
「駄菓子〜?」
「はい、買ってきました! これを食べながら、みんなで見ようということです」
「俺、お菓子食べないよ。っていうか、フルーツしか口にしないから」
妻は夫のことはわかっているのである。
「大丈夫です。ちゃんと入ってます」
埋もれていたマスカットを、斜め前にいる焉貴にすっと差し出し、ついでに、倫礼は何かのメニュー表もテーブルの中央へ乗せる。
「で、飲み物はカクテルです!」
チョコレートならまだしも、ミスマッチもいいところである。孔明と焉貴からほぼ同時に質問がやってくる。
「どうして〜? お酒なの?」
「お前が飲みたいだけでしょ?」
倫礼は待っていましたと言わんばかりに、即答。
「はい、グリーン アラスカをぜひ飲みた――」
「却下!」
夫たち全員が阻止した。倫礼はびっくりして、椅子から思わず立ち上がった。
「何でですか!」
「お前、それ、あちこちの店でやらかしてんでしょ?」
ジンのショット数杯ぐらいでは酔わない倫礼が、手を出してしまったカクテル。そんな彼女の姿を、密かにいつも見てきた光命は、
「店からオーダー拒否されていたではありませんか?」
出しませんと言われてしまう始末なのである。細長いゼリーに手を伸ばした独健は不思議そうな顔をする。
「グリーン アラスカって何だ?」
野郎どもとよく飲みにいく明引呼は、もちろん知っていた。
「五十五パーのリキュールとジンを、ただシャイカーで振っただけの酒だ」
甘く魅惑的な酒。アルコールの匂いがしない危険な代物。酒しか入っていないカクテル。ラムネを取った貴増参は、みんなを見渡す。
「アルコール度数は何パーセントなんでしょう?」
「四十八パーセントです〜」
左の誕生日席に座っていた、月命の凜とした澄んだ儚げな声が響き渡った。
そういうわけで、倫礼はいつもノックアウトされているのである。マスカットをシャクっとかじった夫から交換条件が提示され、
「それ以外なら、いいよ」
他の夫たちが頭痛いみたいな顔をし、
「焉貴に酒を飲ませると……」
「ボクも飲みたい」
夫たちから吐息がテーブルの上に降り積もった。
「孔明に飲ませると……」
倫礼も交じって、ぼやきが入る。
「さらにハイテンションになって、大変なことになる!」
凜とした澄んだ女性的な響きだったが、月命の声は有無を言わせない口調だった。
「お酒は却下ですっ! ジュースです〜」
それぞれの席に、自動的に配達されてくる飲み物が店から届けられ、倫礼はお菓子にさっそく手を伸ばした。
「んん〜♪」
食べクズを口のまわりにつけたまま、もぐもぐと幸せそうに味わう。誰も話す人がいない食卓。マスカットを食べながら、メロンジュースを飲んでいる。フルーツだらけの焉貴から、妻に注意がやってきた。
「何、食べてんの? お前が話すんでしょ?」
「うまい◯のチーズ味に目がなくて……」
「お前、お菓子好きだよね?」
「大好きです!」
「いいから、進めちゃって」
手でお菓子のクズを払って、倫礼は夫たちを見渡す。
「どうでしたか? みなさん」
「非現実的だった……」
この世界の大人は全員浮遊するのだ。瞬間移動するのだ。それを上回ることをしないと、面白くないのである。
「とりあえず一人ずつ、作品の内容に触れない程度で、前評価をしてください」
ノリノリの倫礼とは打って変わって、夫たちからは返事が返ってこなかった。
「…………」
誰も言ってこない。孔明はヨーグルトを小さなスプーンですくい上げていたのをやめて、左隣にいる、チョコレートを食べている人に話を振った。
「あれ〜? 光、いつも最初に話すのに、どうしたの〜?」
「今回限りにしていただきたいです――」
遊線が螺旋を描く声は優雅さはなく、衝撃の内容だった。滅多にまっすぐ断ってこない光命。
「お前、光に何したの?」
椅子の上で両膝を抱えた焉貴に問い詰められ、倫礼は両手を前で急いで横に振った。
「いやいや! 何もしてないですよ! ただ、年齢設定を若干下げたんです」
「詳しく言わねぇってことは、十八より下にしただろ?」
右隣で、みかんを食べていた明引呼の言葉。光命の十八歳未満はいけないのである。解禁しては。だが、妻も負けていなかった。
「もともと、そういう設定だったんです!」
昔に書いたものなのだ、光命が演じたのは。夫たちが一斉にあきれた顔をした。
「優雅な王子じゃないな……」
もう撮ったのだ、何を言われようがいいのである。倫礼は右の誕生日席にいる夫に問いかける。
「独健さんは?」
「俺も今回限りにしてほしいな」
同じ内容が返ってきてしまった。
「お前、独健に何したの?」
「いやいや! だから、何もしてないですよ! ただ、他の人がやるはずだった役をお願いしたんです」
これも昔に書いたのだ。ただ、役どころを入れ替えただけである。惨敗中の倫礼は、鋭いアッシュグレーの眼光に迫った。
「明引呼さんは?」
「野郎どもが何て言うかだな……」
色よい返事ではなかった。
「お前、アッキーに何してんの?」
「アイテムをひとつ出しただけですよ」
これは新作なのだ。ただ、ちょっと笑いを取りにいっただけであって、本人が絶対にしないことを入れてしまったのである。
焉貴はマスカットの香りのする手で、右隣にいる人の腕をトントンと叩いた。
「で? 孔明は?」
「ボク〜? ジャンル間違ってたかも〜?」
断然否定である。
「お前、何やらしたの?」
「いやいや! だから、何もしてないですよ! ただ、他の人がやるはずだった役をお願いしたんです」
これも昔書いたのだ。ただ、孔明の頭の良さについていけなかった倫礼は、彼をモデルにした作品は持っていなかったのである。
手厳しい評価を受け続ける倫礼。めげずに、夕霧命を間に挟んだ、左隣にいるカーキ色のくせ毛を持つ夫に問いかけた。
「貴増参さんは?」
「僕は機会があるのなら、またぜひ演じたいです」
ここも配役が違うが、受け入れてくれる人もいるのである。ふ菓子を綿あめでも食べるようにしている、ニコニコの笑みの人を、倫礼は見た。
「
「僕ですか〜? 衣装を――」
「やめてください〜! そこは内容に触れるので、禁止です」
失敗すること大好き。危うくネタバレになるところであった。倫礼は隣に座っている姿勢がピンと張りつめた人に問いかけた。
「夕霧さんは?」
「いい修業になった」
切れ長なはしばみ色の瞳で見下ろされ、妻は身体中が幸せ色に染まる。だが、夫たちから修業バカが告げられた。
「全て、そこへとつなげる……」
倫礼は気にせず、再びお菓子に手を伸ばす。
「蓮は、どうだった?」
彼の天使のように綺麗な顔は怒りで一気に歪み、
「お前、俺はあんな言い方は――」
「それも内容に触れるから禁止!」
危うくネタバレである。倫礼が言ってるそばで、孔明が最後の一人に顔を向けた。
「焉貴はどう〜?」
「俺? 事務的に終了」
そこにどんな意味があるのかわからない、アンドロイドみたいな無機質な響き。
「相変わらず感情がない……」
「波乱も含んでますが、最初の作品にいきましょう! タイトルは……」
食堂の明かりが意識化センサーで、一気に薄暗くなり、倫礼は意気揚々と言い放った。
「――閉鎖病棟の
血のような赤で書かれた、おどろおどろしい文字が画面に浮かび上がった。即行、夫たちから待ったの声がかかり、
「これ、ホラーだろう!」
明かりがさっと元に戻った。
「違いますよ! ラブストーリーです!」
倫礼が書いたのだ。本人がそう言えば、そうなのである。再び、日が落ちるようにすっと照明が暗くなり、
「はい、もう一度仕切り直しです。閉鎖病棟の怪、どうぞ!」
全員の視線が空中スクリーンに集中した――――
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