御伽のすれ違い
広大な敷地で、木々の緑が不意に吹いてきた夏風にサワサワとざわめきを立てる。高台から見渡せるウッドデッキに黒のロングブーツは立っていた。
乾いた風が吹くたび、国の威厳という深緑色のマントが背中で揺れ、襟元に結んだオレンジ色のリボンが軽やかに舞う。
カーキ色のくせ毛が乱れたのも気にせず、優しさの満ちあふれたブラウンの瞳が農園を、
「兄貴、もう帰ったすよ」
「残念っ、僕は
今日は早番ではなく
兄貴が選んだ道だ。野郎どもは、ただただカッコいいと思うのだった。他の人がやっていないこと、熱さマックスでやってのける、俺たちの兄貴。しかも、兄貴の旦那。若造は目をキラキラ輝かせた。
「アツアツっすね!」
謙遜、恥ずかしさが出てくるところだが、このボケている男は、羽布団みたいに柔らかに微笑んで、こんなこと言う。
「そうです。僕と彼は結婚さんに、永遠の愛という呪縛をかけられちゃったんです。ですから、こんなにアツアツなんです」
「
「僕の名前は貴増参です。本名で呼んでくださいね♪」
どこまでもマイペース。そんな兄貴の夫の前で苦笑して、若造は去っていった。
白の細身のズボンとシャツは、深緑色のマントを下にして座る。あの熱い男がいつも座っているロッキングチェアーに。すると、心地よい揺れが起きて、今日までの日々に、貴増参を
――やってきました。僕の番です。
僕は寛大な性格なので、バイセクシャルの複数婚に関しては、全然ノーリアクションでした。
……んんっ! ノープロブレムの言い間違いです。
僕はどこまでも落ち着いちゃってるんです。ですから、今まで驚いたことがないんです。明引呼にプロポーズされても、へっちゃらでした。
僕は時代の流れをこう解釈しちゃってるんです。
神さまの上には、神さまがいて、さらに神さまがいてと、世界は永遠に上へ積み上がって存在してるそうです。
ですから、上の世界からの実験をするということがあっちゃうそうです。その例が、老いとか悪だったそうです。
そういうわけで、バイセクシャルの複数婚も、その実験のひとつなんじゃないかって、僕は思っちゃうんです。神さまの手足になれたわけです、僕たちは。それって、素敵なことだと思いませんか?
僕は今年で、二千三十八年人生楽しんじゃってます。ですが、二十三歳という設定です。若々しくハッスルしてます。
年齢の誤差ですが、諸説あっちゃうんです。一番の理由は女性のためではないかと僕は思うんです。こちらの世界は永遠ですが、女性はいつまでも若く美しくいたいみたいです。
ですから、十八歳以降は、自身の好きな年齢で止めて、永遠を生きられるようになってるんです。そういうわけで、僕たちの義理の父上は年齢が三十二歳なんです。僕たちとあまり変わらないんです。
お遊びはここまでだ! です。こほんっ! それでは、十五年前までの話です。
悪がいました。僕はいかつい感じで、こうドーンと仁王像のように強くいて欲しいって言われちゃったんです。決まりは決まりですから、従わなくてはいけなかったんですが、僕は非常にやりづらかったんです。
僕にも困ったもんで、ボケてしまうんです。天然ボケっていうやつです。そちらをしてはいけないと言われても、こう難しいんです。知らないうちに、ボケてしまいますからね。
それでもドーンと、悪と対峙する守り神みたいな日々を送ってたんです。
あ、そうでした。僕としたことが、ついビックリしてました。
……んんっ! うっかりの言い間違いです。
僕も明引呼みたいに護法童子作っちゃったんです。名前は
今は僕の五歳の息子です、二人とも。彼らは悪と本当に戦ってましたからね、僕より強いんです。ですから、武術大会などに出て、葛は準優勝にまでいったんです。その時の優勝者は、独健のお父上の息子さんです。
悪との戦記。ドキュメンタリータッチの主演映画にも出ちゃったんです♪ 僕よりも彼らは全然有名人です。パパとしては嬉しい限りです。
僕も明引呼と同じように結婚してませんでした。女性と話したこともなかったんです。ですから、もちろん女性の口説き方も知りません。まわりがみんな結婚してゆくんですが、僕に運命の出会いはやってきませんでした。
子供がいましたからね。母親が必要だと思ったんです。ですから、僕はお見合いをすることにしたんです。
ですが、僕はしたことがありません。あ、当たり前でしたね。ですから、陛下に同行を頼んじゃったんです。しかし、大人なんだから、一人で行くようにと断られてしまったんです。
えぇ、陛下に恐れ多くも頼んだですか? いや〜、照れる話です。
……んんっ! 恥ずかしい話の言い間違いです。
とても素敵な女性でしたよ。彼女と新しい人生を歩んでいこうとすぐに決めちゃいました。僕は陛下の元で、治安維持、そちらでいうところの警察みたいなお仕事です。そちらをして、平和に暮らしてました。
妻との愛の結晶もあっという間に生まれて、子供は男の子五人と女の子三人、全部で八人です。頑張っちゃいました。多くはありません。普通です、こちらの世界では。
明引呼とはパパ友でした。僕と彼は錠前みたいなものです。形――性格は違っちゃってます。ですが、ぴったり合っちゃうんです。僕としてはいつ結婚してもよかったんですが、彼はみんなの兄貴です。
他の方々への影響もあります。みなさんも家庭を持ってますからね。理解するのが難しい方もいるかもしれません。ですから、僕は彼に気持ちを伝えずじまいでした。
ですが、運命の時はやってきちゃったんです。明引呼からドキドキワックワクのプロポーズをされちゃいました。僕はもちろん即答です。
僕も明智家の仲間入りです。明智家はとあることで有名な家系なんです。ですから、職場の皆さんに祝福していただいちゃいました。無事に婿養子にきました。
しかし、人数が多いですからね。配偶者は僕が知ってる人ばかりではなかったんです。
蓮と夕霧はパパ友でした。焉貴は以前の子供の担任教師。
光とは以前、ゲームのイベントで一緒に出演したことはありましたが、挨拶程度で話はほどんとしないまま、その後は会ってません。
孔明はビジネス戦略を中心とした塾の講師です。国家機関に勤めてる僕とは、関係がないんです。
ですが、光も孔明も有名人です。ぜひ、この機会に彼らのハートをゲットしちゃいたいと思い、僕も頑張りました。あ、そうでした。
初めは長年の片想いを、にゃんにゃんする日々に変えちゃいました。明引呼とは一緒によく過ごしました。二人きりでデートに行かせていただいたこともあります。
小さな子供を預けて出かけるというのは、気がとても引けます。ですが、奥さんも旦那さんもたくさんいますから、彼らに甘えてデートに行っちゃいました。
手をつないで歩きました。ですが、やはり他の方は不思議そうな顔をして、僕たちに注目するんです。
仕方がないんです、バイセクシャルは珍しいんですから。ですが、この世界に差別は存在しません。みなさん、すぐに納得して、微笑ましげに僕たちを見て去ってゆくんです。
そういえば、明引呼に聞いた、あれを試しちゃいました。夫チームだけの8Pです。落ち着いてよく考えないと、八人でつながらなくなるんです。ですから、僕が誰と誰をするかを考えないといけません。
そうでした。倫のことを話さなくてはいけません。彼女と僕は、十五年前に一メートルほどの至近距離に迫ったことはあります。ですが、話したことはありませんでした。葛と禄は話したことがあると言ってました。
僕たちは十六人で夫婦です。当然、仲のいい順位は決まってきます。そちらがあって当然だと、僕は思います。
本当の平等は十人いたら、たったひとつの方法で対応することではなく、ひとりひとり違う対応をすることが誠実といういうのではないでしょうか?
倫と一番仲がいいのは、光です。
その次は、焉貴、月です。
その次は、孔明。
その次は、蓮。
その次は、夕霧。
その次が、明引呼と僕です。
こちらの順位を誰も不服だと思ってません。僕もいいと思います。特に、光は彼女のために、活動中止しましたからね。焉貴と月も常勤から非常勤に変わってます。
僕は仕事の時間を短くはできないんです。国家機関ですからね。ですから、僕と彼女の距離は遠いままでした。
みんなと彼女の間に子供が生まれ始めました。僕も彼女との子供が欲しくなったんです。ですから、数日前に誘っちゃったんです。
――僕と
と。彼女は今日は無理なのでということで、後日ということになったんです。
ですが、それっきりです。僕も彼女も他に配偶者が十六人いますからね。お互いに先約が入ってしまうんです。
――僕と彼女はいつまで、御伽の国で切なくすれ違い続けちゃうんでしょう?
そうでした。こちらの話をしなくてはいけません。僕は昔から独健のことを愛しちゃってたんです。ですが、彼は結婚してましたからね。
しかし、バイセクシャルの複数婚を僕はしましたから、独健をゲットするチャンス到来、
そうして、とうとう僕は、独健に愛のチェックメイトをしちゃいました。
――――制服の細身の剣、レイピアが風で舞い上がったマントで揺れた。膝の上に両肘でいつの間にかもたれかけていた貴増参は、丸テーブルに視線を向けた。
すると、そこには明引呼が普段嗜んでいる、ミニシガリロのケースとジェットライターが、夕日を浴びて、オレンジ色の光を発していた。
シガーケースを開けて、見よう見真似で火を付ける。香水のような芳醇な香りと辛味。青白い煙を吸い込み、カウンターパンチを打ち込むボクサーみたいな兄貴の鋭い眼光と、この優男は自身の視線を重ね、煙を黄昏れ気味に吐き出す。
「ふー」
国家機関の制服に、自由の象徴のような葉巻。ミスマッチのはずなのに、まるでどこかの国の気品高いナイトが、ウッドデッキで一休みしながら、悩ましげな流し目をしているようだった。
星が
「明引呼のミニシガリロの香りを、独健に届けに行っちゃいましょう」
別の惑星にいる、もう一人の夫を思い浮かべながら、深緑色のマントは立ち上がり、再び風になびき始めた。
「それでは、瞬間移動です」
クルクルっとその場で、スケートのスピンをするように回ると、カーキ色のくせ毛は消え去り、ささくれ立ったウッドデッキの床で、砂埃が小さな竜巻を起こしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます