一匹狼の兄貴
鋭いアッシュグレーの眼光は一瞬のブラックアウトのあと、我が家の玄関に立っていた。しゃがれた声が子供たちがキャーキャーと騒ぐ声に混じる。
「早く帰れっ時は、帰ってこねぇとよ。いつまでも――」
ガシャーンッ!!!!
何かが割れた派手な音がした。気だるい声が響くと、
「あぁ?」
「あぁっっ!?!?」
たくさんの子供の驚き声がわき起こり、長さの違うペンダントヘッドの上で、あきれたため息がもれた。
「またってか?」
ウェスタンブーツのかかと部分についている、丸い金属、スパーをカチャカチャさせながら、萌葱色の絨毯を横切り、玄関ロビーの吹き抜けにたどり着いた。長いジーパンの膝下で、子供たちが輪になって、少し離れたところに集まっている。
「あ〜あぁ〜」
やってしまった的な声が上がるそばで、藤色の長めの短髪を持つ
「おう。ガキども」
子供たちはパッと全員振り返って、満面の笑みで、カモフラシャツに走り寄ってくる。
「あぁっ!
「お帰り〜」
小さい人たちが群れをなして自分に寄ってくる向こうに、割れた花瓶と無残にも床に落ちた切り花。白と黒のボールが転がっていた。
「サッカーは外でやれよ」
明智の分家では、子供たちの最近のブームと言ったら、室内サッカーなのだ。頭が痛い限りである、親としても。
誰がどう注意しても、こうなってしまうのである。子供たちから次々と意見が上がる。
「え〜? お庭狭い〜」
「そうそう」
「
この家は、五歳児が一番上であって、それ以上の兄弟はいないのに。お兄ちゃんが出てきた。
「輝来?」
とにかく、親戚が増えすぎて、人の名前を覚えるのが大変なのである。兄貴の胸のうちに、
「輝来は、ボスんちのサッカーやってる中ボーだろ? 何で今出てきやがんだ?」
隣の本家の息子――義理の弟。それなのに、チビッ子は純粋な目と真剣な顔を向けながら、こんな話をし出した。
「お庭で練習してたら、
「おじいちゃんちの灯篭壊しちゃう」
孫は孫で、精一杯気を使っているのだ。大好きなおじいちゃんのために。婿に来た身としては、義理の父親のことを出されては、強くも言えず。
「しょうがねえな。庭も広くしねぇとだな」
アッシュグレーの鋭い眼光は日が暮れた庭に向けられていたが、日に焼けた頬の横で、壊れたはずの花瓶と花が、逆再生する映像のように戻ってゆき、さっき破損事故なんてありましたっけみたいな顔で、台の上で綺麗な姿を見せた。
「ったくよ、兄弟が増えたからよ。サッカチーム二つできちまって、こうなんだよな」
またボールを蹴り始めた子供たちのそばにあった、低めのベンチにジーバンは腰掛け、男らしく足を直角に組み、黄昏れ気味に天井のシャンデリアを見上げた――
――オレってか? あんましこういうこと語るのもどうかと思うんだけどよ。
あぁ〜っと、どっからにすっか?
そうだな……。オレはよ、二千年ちょっと生きてんだよ。からよ、悪がいた頃を知ってんぜ。結婚はしてなかった。
でよ、悪っつうのが、これがひでぇ話でよ。悪は手ぇ貸してよくてよ、こっちはダメだっつうんだぜ。人を蹴落として、人殺しをすりゃ、てめぇの地位も名誉も手に入るって話だ。
それでも、何とかしてぇって思ってよ。がよ、大人はダメだからよ、ガキ。五歳のガキな。その
そのガキだけはよ、倫と話したことあんだよ。十五年前によ。
そのあとすぐによ、統治が変わって、平和になりやがった。オレのそばに残ったのは、その化身だけだ。化身っつうのは、男と女の間に生まれたガキと違ぇんだよ。
からよ、成長しねぇんだよな。五歳のまま、永遠に生きるってな。
女王陛下がよ、それは平等じゃねぇっておっしゃってよ。同じ心持ってんのに、ガキとして将来の夢が持てねぇのは、おかしいっつう話になってよ。ガキ二人がオレの息子になりやがった。
オレは子持ちの独身だ。離婚歴はねぇ、子持ちの独身。そっちじゃ、あり得ねぇ話だろ? オレも最初、どうすっか困ってよ。
前の統治者はよ、嫉妬心があってな。仲良くすっと、消滅させられちまうんだよ。いくら死ななくてもよ、存在がなくなんだ。からよ、おとなしく仲良くすんの控えてたんだ、みんなよ。
っつうことで、わかりやがねぇんだよ、一人でガキ育ててくなんてよ。
がよ、陛下に統治が変わってからは、次々にまわりが結婚していきやがって、オレも運命の出会いっつうのか? それに遭ったんだよ。
あぁ〜っと、そっちでいうところの図書館みてぇなとこだな。そこの番人やってた女と結婚してよ。ガキがそのあとも生まれて、全員で六人だ。野郎四人と
オレは商売やりたかったんだよ。ずっとよ。で、何にすっか考えたんだ。こっちはよ、メシ食わなくても生きてけんだよ。がよ、陛下がグルメでよ。食事すんのが当たり
そこに目つけてよ。食用の肉を生産する農家になったんだよ。酪農じゃねんだよ。動物さん、っつうか、他の種族を育ててんじゃねぇからな。
ここら辺はわかんねぇ話だろ? 今、説明してやっからよ。
こっちの世界っつうのはよ、人だけじゃねぇんだ、普通に生活してんのは。猫とか犬とか二本足で歩いてよ、イルカとかは浮遊してんだよ。龍とか蛇もいてよ。念力使って字ぃ書いたりすんだよ。
言葉も普通に話すんだ。同僚が動物さん、なんっつうことはよくある話だぜ。
からよ、食用の肉があんだ。じゃねぇと、誰かの家族殺しちまうことになんだろ? 殺人事件になっちまうだろ? それこそ、法律違反で、しょっぴかれんぜ。
木に肉が実として
でよ、色恋沙汰の話だ。オレはノーマルだったんだよ。もともとよ。野郎どもに囲まれてっけどよ、そんな目で見たことなかったぜ。
がよ、人生何があっかわからねぇよな。ガキが世話になってた、
――惚れたんだよな。
あれはよ、おかしいんだよ、全体的に。
失敗することわざと選びやがって。自分がすんならいいぜ。あれの特異体質なんだろうな。やらせてほしいってやつが出てくんだよ。必ずよ。でよ、あれやらせんだよ、マジで。
――で、
てめぇは痛い目遭わねぇで、実験結果だけは手に入るっつう寸法だ。あれも、ひでぇことしやがる。おかしな野郎だって、プライベートで付き合い出してから、マジで思ったぜ。
でよ、あれがまた結婚したって言うからよ。幸せなら、いいんじゃねぇかって思ってたんだけどよ。オレに飛び火してきたんだよな。
明智にならねぇかって言うんだよ。明智んとこのボスは知ってんぜ、よくよ。十五年前に話したりしたからよ。がよ、その三女は知らねぇんだよな。
蓮もよ、あとから生まれただろ? でよ、ガキつながりでもねぇんだよ。同じクラスじゃねぇんだよな、全員。有名人だからよ、顔は知ってても、他人なんだよ。
でよ、他にも結婚してやがっただろ?
がよ、ある日、ボスんちのガキ、
で、行ったらよ。光出てきやがったんだよな。あとで聞いたらよ。光がオレに興味示して、倫が誰か知り合いいねぇかって探したらしいんだよな。そしたらよ、弟の帝河が出てきたって話だ。
帝河も驚いたらしいぜ。ほとんど話したこともねぇ義理の兄貴がいきなり部屋に瞬間移動してきたからよ。オレのガキと知り合いじゃねぇか? って聞かれたらしいぜ。
でよ、明日来るって答えたら、ぜひ会わせろって、一方的に約束して、帰って行きやがったらしいぜ。
っつうことで、翌日、光とご対面ってか。面白かったぜ。軽い笑いの前振りとツッコミのカウンターパンチのやり合いでよ。頭いいだろ? あれはよ。でよ、オレとおんなしで瞬発力もあるしよ。しかも、オレと違って、品がありやがる。で、あり得ねぇほど、
――綺麗なんだよ。
夕霧とはよ、ガキでつながってたからよ。いいんだよ。
焉貴もそうだろ? あれはもともと小学校のセンコーだったんだからよ。担任教師と保護者で知ってはいたけどよ。あんな砕けた野郎だったとは驚いたぜ。
プロポーズは受けたんだよ。がよ、デパートに卸してる農家だろ? からよ、年末の繁忙期と重なっちまって、十二月の二十八日まで待ちやがれって、言ったんだよ。
そしたら、次の日よ。ボスからオレを最後に結婚控えろって、雷落ちたって、
がよ、孔明が先に結婚しやがったんだよ。驚いたぜ。オレは孔明なんて知らねぇんだよ。名前も聞いたことなくてよ。どうなってやがんだ? 神さんよ。知らねぇ野郎と結婚するってよ。
まぁ、約束しちったもんは、するしかねぇからよ。したぜ。オレはよ、もともと群れんの好きじゃねぇんだよ。
がよ、初日っからやられたんだよな。
――野郎だらけの7P。
でもよ、オレも案外いけんだって思ったぜ。
倫の話ってか? あれはよ、最初のオレのカミさんと全然タイプが違ぇんだよ。倫は落ち着いてねぇだろ? よく泣くしよ。カミさんはテコでも動かねぇ。どっちかっつうと、倫はオレに似てんだよな。
でよ、あれは男に媚びたりしねぇんだよ。誰にも頼りやがらねぇで、一人で何でもやろうとすんだよ。人さまに迷惑かけたくなくてよ。いい女なんだよ。
あれが今一番、大変なんだよ。オレたちの中でよ。
惚れた女守んのが男だろ?
惚れた女の夢叶えてやんのが男だろ?
がよ、あれもおかしくてよ。嫌がんだよな。猛反発しやがってよ。引かねぇ時は、
まぁ、あれは基本的に優しいからよ。オレが近づかなかったら、あれも近づいてこねぇんだよ。てめぇに気持ちがねぇって、勝手に判断してよ。なら、てめぇが相手想ったら、迷惑になんだろって考えんだよ。
がよ、オレは倫を守りてぇんだよ。からよ、後ろから静かに近づってって、必要な時は手を貸す。そうじゃねぇ時は、黙って見てる。そんな毎日だったぜ。
どっちがどっち……てか、自然とだな。がよ、セッ◯◯中に話しすぎだって、文句言われたぜ。オレはガキが欲しかったからよ、そのあと何度かして、無事に生まれたぜ。
まぁ、オレのモノに、倫は毎回驚きやがんだよ。いくら野郎どもでもよ。てめぇのモノ見せ合いっこすんのは、趣味じゃねぇ。からよ、複数で結婚してっから知ったぜ。全員、個性がありやがるってよ。オレは孔明のが一番ヤバイと思うぜ。
でよ、オレはよ。
どよ、倫が言ったんだよな。ボスの言ってる本当の意味は、本人たちの気持ち優先して、てめぇの気持ち後回しにすんなって。てめぇのこともよく考えやがれって。
からよ、全員でよく話し合って、貴に言ったぜ。惚れてんぜって。あれもよ、おかしんだよな。二つ返事で、オッケーしてきやがった。
――――ピューッと、サッカーボールがウェスタンブーツを目指して、山なりに飛んできた。明引呼は持ち前の瞬発力で、口の端をニヤリと歪ませて、
「ふっ!」
座ったままでボールを蹴り上げた。ほぼまっすぐ天井へ向かっていき、優美なきらめきをもたらしていたシャンデリアにあたり、
ガシャーンッ!!!!
子供たちが全員、大きな口を開けた。
「あぁっっっ!?!?」
鋭いアッシュグレーの眼光は、次々に落ちてくる破片を映して、藤色の短髪をガシガシとかいた。
「やっちまったってか?」
父の日に焼けた頬を見上げる子供たちは、心配そうな面持ちだった。
「パパ、ママに叱られる……」
ママはいっぱいいる。九人にそれぞれから叱られる可能性大。明引呼は声をしゃがれさせた。
「内緒にしやがれ」
「し〜!」
子供たちは口の前に人差し指を立て置いて、お互いを見合わせた。大好きなパパが困らないように。
そんな親子の向こうで、逆再生する映像のように、シャンデリアはあっという間に戻り、元の平和な輝きを再び放ち始めた。
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