気づいたらバイセクシャル
高貴を意味する紫。そのマントをひるがえしながら、ターコイズブルーの襟元のリボンが寄り添う。
ひまわり色の短髪とはつらつとした若草色の瞳。その持ち主は、国家機関、躾隊の制服のまま、仕事を終え建物を出ようとしていた。
「独健さん、お疲れ様です」
後輩の声が後ろから不意に響き、振り返ると、そこには
「おう、お疲れ」
バイセクシャルの複数婚。そんな人の男を、猫はちょっとうかがい気味で問いかける。
「今日もお夕飯作るんですか?」
「そうだが。何でそんなこと聞くんだ?」
さすがの感覚人間、独健でも不思議に思った。猫は後ろ手に持っていた、ビニールの袋を差し出し、
「実は、友人からこれさっきもらったんです。多くて食べきれないので、よかったらと思って……」
独健が中をのぞくと、若葉のような発色、朝露のようなきらめきと言われている宝石ペリドットのような丸いものが、元気な顔を見せた。
「キャベツ? いいのか? もらって」
「いつもお世話になってますから、どうぞ」
猫のハの字が跳ね上がったような口元は、微笑んだことによって、さらに曲線を強く描いた。
「そうか。サンキュウな」
人がまばらになり始めた廊下に、鼻声が舞うと、白の上下の服は、レイピアのシルバー色をそばで揺らしながら、公舎の出口へと向かい始める。
すれ違う人々の間を、幸せの詰まったビニール袋は、鼻声の挨拶を聞きながら通り過ぎてを繰り返していった。
しばらくすると、星空のベールの前で、紫の月が地平線から登り始めた景色が広がった。夜の空気がひまわり色の髪を優しくなでる。
「生活がずいぶん変わったな。もう帰る家は違うんだよな……」
黒のロングブーツはふと足を止め、丘の上で穏やかな光りをにじませている我が家を、若草色の瞳に映した――
――俺はあまり、こういうことを言うのはどうかと思うんだが……。言わないと
俺の
と、とりあえず話だ。
俺は二千年ちょっと生きてる。
俺の母親は、前統治者と親戚だった。だから、大抵のことはお
今の陛下になって、俺は尊敬と服従の意味、それと、父親の関係で国家機関に勤めることにしたんだ。十数年経ったが、陛下への忠誠心は変わらないどころか、増していくばかりなんだ。
色んなことが変わったが、学校っていうものができたんだ。それまではなかった。両親のいない子供なんかは、言葉が話せない、ということもあったらしい。
女王陛下が教育に大変力を入れていらっしゃる方々で、俺の子供も通うようになったんだ。そこで、
明智家ブームっていうのが、数年前からあるんだ。一門になりたい人がたくさんいるらしい。俺の職場にも、なりたいって言ってるやつがいるから、結構いるんだろう。
ただ明智の家長は厳格な方だから、そうそう一門に入れてもらえるわけじゃない。養子も何人か取ってるが、基本的に親のいない子供を養子にであって、大人は入れなかったんだ。
それでも、みんな憧れてた。そうしたら、三女の家がバイセクシャルの複数婚をするようになったって、話が耳に入ってきたんだ。でも、家長に必ず挨拶には行くだろう? だから、認めてもらえないと、一門にはなれない。
というか、こういうことはブームとかじゃなくて、気持ちが大切だろう? 俺はそう思んだ。家名が欲しくて結婚するのは、本末転倒だ。だから、やっぱり狭き門だったらしい。
まあ、俺にはどこか遠くの別の話だった。俺はノーマルだし、複数婚をする気もなかった。それまでの家庭で十分幸せだったしな。
平和に過ごしていたんだが、ある日、貴が俺のことを、す……す……す……きって言ったんだ。
――放心状態になった。
次はまたいつものボケで、言い間違えてると思ったんだが……。どうやっても、本気らしくて……!?!?!?!?
――焦った。
まさか、俺の身に明智家ブームがやってくると思ってなかったからな。それも、貴のことは親友であって、せ……せ……性的にはまったく想ってなかったんだが……。
気づいたら、結婚することになってたんだ。たぶん、貴の罠にはまったんだと思うんだが……。うなずいたのを取り消すのは、貴の心を裏切ることになるだろう?
だから、結婚しようと思ったんだが……。俺一人じゃ決められなかった。子供や奥さんのこともあるが、俺の家はとにかく有名なんだ。両親の名前は控えるが……。
父親は国家機関の上層部にいる。母親は
俺がバイセクシャルの結婚を選んだ時、まわりに大きな影響が出るのは、少し考えればわかることだろう? 蓮や光なんかは、社長が義理の母親になるってことだろう? 貴は上司が義理の父親ってことだ。
子供だって、そうだ。
倫の弟のひゅ? ……
だから、貴には返事は待ってもらった。
とにかく、みんなの意見を聞いてみようって、親から兄弟、親戚まで聞いた。最初は驚かれた。俺が驚いてるんだから、まわりはもっと驚くよな。当然だ。
大人が悩んでる間も、子供は子供で学校で話したらしいんだ。小さくても一生懸命なんだ。みんな仲良くが法律なんだからな。何とかして仲良くしようって、子供でも思うんだ。
まあ、まわりから固めたれたって感じだな。俺のバイセクシャル複数婚は。みんなから賛成が上がったんだ。だから、貴には返事をした。
それで、結婚式をするんだ。こっちは完全に儀式なんだ。魂を全員と交換する。だから、年齢や背丈が変わるんだ。俺は二十六歳だったんだが、みんなと同じ二十三になった。身長は百九十七センチ。少し縮んだ。
孔明だけが違うんだ。三十二歳が二十六で、二百三十センチが二百十センチだ。たぶん、倫と同じ世界で生きてた経験が本当にあるから、みんなと違うんじゃないかって話だ。
厳粛な式で、子供たちにも親の魂を全員配るから、一時間動けないんだ。夕霧の家の子なんか、落ち着きがなくて、列からはみ出そうとして、夕霧の武術の技で捕まえられてた。大変だな。
圧巻の結婚式だった。横一列に十八人並んでの式だったからな。そんな結婚式に参列……いや主役で出たのは初めてだったから、だいぶ緊張した。
そ、それで……。新しい家に婿に来たわけだが……。恒例の儀式なのか? 明智家に来ると。そ……その、BL複数をするのは……。
俺はさすがに最初からは無理だったから、待ってもらった。危うく、
――BL9Pに混ぜられそうになった……。
倫とのことだな。俺は会ったことはなかった。彼女は俺のことを知ってたらしい、十何年前から。
彼女はその……可愛いだろう? いい子だと思う。いつも一生懸命だしな。とにかく、彼女を守ろうと思った。悲しいこととか苦しいことからな。
ただ、彼女の住んでる世界の法則が俺にはわからない。何も知らない俺が行って、逆に彼女を傷つけたりしたらいけないだろう? だから、疑似体験が終わるまではと思って、彼女とは距離を取ってたんだ。
俺のことは倫は特別呼ばない。でもそれって、問題が起きてないってことだろう? それでいいと思うんだ、俺は。何かあった時のために、俺はそばにいれる存在でいようって決めてる。
仕事を辞める気はない。みんなの中では活動休止したり、非常勤になったやつがいる。それなら、そいつらの意思も尊重しないとだろう?
ただ、倫との子供はほしかったんだ。彼女はいつか死ぬだろう? それもあるんだろうな。他の奥さんたちとは違って、こう……他のやつも言ってるが、引きつける力が強いんだ。
ま、まぁ……そ、その……何だ? し……したわけだ。回数は多くないんだが、しゃ……◯精の回数は多いんだ。俺たちは全員……その……永遠なんだ。
って! 俺、何言ってるんだ? なしなしっ! 今の話カットっ! 内容はあってるんだが、俺が話したってとこが……恥ずっ!
とにかく! とにかく! 子供も授かった。話しかければ、普通に穏やかな時間を過ごせる、倫とは。俺もみんなと同じように、彼女を守って導けるように、日々、奮闘中だ。
普通は夫婦は二人だ。そ、その……よ、夜のことをわざわざ共有しなくても、お互いわかってるんだが……。十八人もいると、わからないんだ。だから、特別な理由がない限りは、共有するって決まりなんだ。
そこで聞いた話なんだが……。孔明と倫が……そ、その……む、結ばれた時の話なんだが……。孔明が手首を縛ってたらしいんだ。おそらくSMだと思うんだが……。
それだけでも驚きだったんだが、二人だけじゃなくて、光と夕霧も一緒だったって……4Pだ。俺は遠慮したい。倫と二人だけでしたいな。
それから最後にだ。俺は今のところ、好きなやつは他にはいない。だから、次に結婚するとしたら、孔明の好きな……ちょ、ちょう?
――――若草色の瞳の焦点がはっきりしてくると、星空ばかりが広がった。我が家どころか、公舎の門も見えない。激変してしまった景色。
「なっ!?」
鼻にかかる驚き声が上がる。そうして、背中に何か圧迫感を感じて、
「何がどうなって?」
まわりを見ようとするが、左を見ると、地面が自分の背中よりも下で。右を見ようとしたが、白とオレンジ色の細いものがゆらゆらと揺れているようだった。
――地面と平行に体が浮かんでいる。
そこまではたどり着けたが、星空と自分の間に、ふと割って入ってきた。カーキ色のくせ毛と、優しさの満ちあふれたブラウンの瞳を持つ
そうして、にっこり微笑みながら、こんなことを言う。
「僕が話しかけても、君が返事を返してこなかったので、倒れてはいけないと思い、お姫さま抱っこしちゃいました」
同僚たちが出入りしている役所の入り口で、ラブラブな夫二人をよけて、他の人たちが微笑ましげに通り過ぎてゆく。
「お、降ろしてくれっっ!!!!」
独健の悲鳴にも似た叫び声が、薄闇に炸裂した――――
――――無事に夕食前までに家へと戻ってきた、どこかずれているクルミ色の瞳はキラキラと輝いていた。
目の前にある、人参のグラッセという軍隊を従えて、ホワイトソースという
倫礼はどこか夢見がちに両手を組み、頬の横に添える。
「ロールキャベツ、久しぶり〜!」
空腹を満たすという最終目的。そのためならば、手段は選ばない。倫礼はナイフとフォークをしっかりと握って、いざ出陣! のはずだったが、左隣から、遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声が問いかけてきた。
「倫、表庭に行っていたのですか?」
ロールキャベツは妻の視界から一瞬にして消え失せた。食事中だというのに、両肘をついて、組んだ手の甲に神経質なあごを乗せ、一口も食べていない
「どうしてわかるんですか?」
「髪に花びらがついています」
近づいてくる、神経質な細い指先。その持ち主は、
スパーエロなピアニスト。
官能的なピアニスト。
優雅な王子みたいなピアニスト。
倫礼は釘づけという嵐に見舞われ、策略家の前で無防備にも口をバカみたいにぱかっと開けたままになった。髪がつっと引っ張られる感触が少しして、
「こちらの花は表庭にしか咲いていません」
手のひらを上にして捕まれ、淡いピンクの小さな花びらがそっと乗せられた。
「あぁ、ありがとうございます。髪についてるって教えてくれて」
倫礼はデレデレに微笑んで、反対の手で花びらをつまみ、ワイングラスに入った水の上にさらっと浮かべた、記念として。
揺れる花びらは倫礼と光命がそれぞれ触ったもの。クルミ色の瞳の中で別の景色へと取って代わる。
――湖面に浮かぶ小舟で二人きり。
月夜を眺めながら、逢瀬の野外プレイ。
妄想世界へカウントダウンに入った妻の、フォークとナイフが皿ではなく、テーブルクロスに次々に落とされる。
ロールキャベツという敵の総大将にはまったくたどり着けず、見当違いな攻撃ばかり。
そこで、凛とした澄んだ丸みがあり儚げで女性的でありながら、男性の声が語尾をゆるゆる〜っと伸ばした質問をしてきた。
「焉貴と一緒だったんですか〜?」
倫礼の視界から桜色の花びらは一瞬にして消え失せ、光命とは反対側、右隣に座っていたニコニコの笑みを持つ
サディスティックな歴史教師。
女性的な歴史教師。
残虐な遊びに酔いしれる貴族的な歴史教師。
「はい、そうです。ふふ〜ん♪」
両手に花ならぬ、両手にイケメン。鼻歌を歌い始めた妻は、とうとう飛ばされてしまった、妄想世界へと――
――どこかの城の食堂。光命と月命の二人の王子に囲まれての三人での食事。ロウソクの炎が乙女心にときめきという火をつける。倫礼姫は考える、それは今日の昼間の出来事。
二人とも、私にプロポーズしてきたの。
どちらかは選べないの。
だって、二人とも素敵なんだもの!
食事も喉に通らないほどで、彼女は悩ましげにため息をつく。
どうしたらいいのかしら……!
あぁ、そうよ! 三人で結婚すればいいのよ!
でも、みんな平等よ。
だから、これだけは譲れないわ!
でも……。
どこかずれているクルミ色の瞳は、白いテーブルクロスの上で戸惑いという線を描く。
……断られるかもしれない。
だけど、女は度胸よ。
とりゃあぁっ!!!!
勇ましい掛け声をかけると、倫礼姫は食べる手を止めて、二人の王子を交互に見た。
「――バイセクシャルなら、結婚します」
すっと暗転し、両開きの扉が目の前で開けられると、鳩がバサバサと飛び上がり、ライスシャワーが降り注ぐ中。
瑠璃紺色とピンクのタキシードを着た、光命と月命が優雅とニコニコの笑みで、教会の入り口の前に立ち、こっちへ向かって手を差し伸べていた。
倫礼姫の服はいつの間にか真っ白なウェディングドレスになっていて、全速力で走り寄り、二人の手をつかもうと、両手を前に伸ばし――
「倫ちゃん、罠にはまっちゃったかも〜?」
好青年で陽だまりみたいな、孔明の声で自宅の食堂に妻は強制送還された。びっくりして、いつの間にかつぶっていた目を見開き、
「えぇっ!?!?」
フォークに刺してあったロールキャベツが、皿にビチャっと落ちた。イケメン攻撃にやられている場合ではなかった。光命と月命の言葉は疑問形だったのだから。
「カマかけられたんだろ」
明引呼の鋭いアッシュグレーの眼光が燭台の向こうからやってきた。油断も隙もないのである。確認のために、わざと聞いてきたのだ。
光命は中性的な唇に手の甲を当てて、くすくす笑っている。
「…………」
月命は怖いくらいに含み笑いである。
「うふふふっ」
聞かれて答えたら、アウトなのである。平常を装って、情報収集されていたのだ。だがしかし、おかしいことに気づいた、妻は。
「あぁ、そうか。知ってるなら聞かないですよね?」
焉貴は言っていない、が事実として確定。だからこそ、この話はおかしいのだ。
「でも、どうやってわかった――!」
そこで、さっきから、全然、ロールキャベツ将軍を倒せない、倫礼のお腹がグーッと鳴り――本陣から速攻指令が出された。
フォークとナイフを持ち直して、緑色の柔らかい腹にナイフを入れると、敵を蹴散らし、肉汁があふれ出す。
「それより、今はロールキャベツ〜〜♪」
妻はパクッと口の中に入れて、目をつぶり味わう。もぐもぐと口を動かしているうちに忘れてしまった。さっきの焉貴と一緒に表庭にいたことが、どうして光命と月命が知っていたのかを。
花びらなど、妻の髪にはついていなかったのだ。
焉貴と倫礼が家にいないから、一緒とは限らないのだ。
誰も、二人が家を出た時のことを見ていない。
疑惑だらけなのに、いつまでたっても、妻の口からは問い詰める言葉はなく、夫全員がため息をついた。
「理論より食論……」
こうして、妻の食欲によって、事件の真相は闇に
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