博之の夢2

 驚きのあまり、博之はベッドから跳びあたっていた。

 いつもみる少女の夢。その夢の中で、彼女が鱗になった自分に唇を寄せてきたのだ。柔らかな唇の感触は、まだ交際経験のない博之には衝撃的な体験だった。

「やわらかい! やわらかい! やわらかかった……」

 唇を離した後、少女が微笑んでいたことを思い出す。それに愛しげに自分の名前を呼んでいた。

 はっきりと聞き取れた。

 ——アオ。

 少女はそう鱗である自分に言ったのだ。何度も何度も、あの艶やかな桜色の唇で。優しく、赤い眼を細めながら。

「俺は……アオ」

 ぽつりと呟いてみせる。

 なんだか浩之という名前より、蒼と呼ばれる方が落ち着くのは気のせいだろうか。

「蒼……」

 少女に呼ばれた名前を口にするたびに、体が熱くなる。頭の芯がとろけそうになって、少女の柔らかな唇の感触が脳裏にちらつく。

「蒼……」

 もう一度、少女が呼んだ名を口にする。なんだかとてつもなく恥ずかしくなって、博之はそっと目を瞑っていた。

 ——蒼。

 少女が自分を呼ぶ声が、脳裏に響く。

 ——蒼。

 自分を呼ぶその声に導かれるように、博之は眼を瞑っていた。

 ふと博之は思う。彼女の名前は、なんというのだろうか。赤い髪をなびかせる彼女は、まるで昔、追いかけて龍のようだ。

 小さな頃、龍をみたことがある。赤く少女のように可憐な竜を

 荒しの来る直前、ごうごうと風の唸る外に飛び出して、博之は夢中になってその赤い龍を追った。

灰色の木枯らしが渦巻く空の中で、龍は蒼い雷に照らされその姿を暗闇から現す。

 ——。

 その龍に置いて行かれなくなくて、とっさに龍の名前を叫んだ気がするのだ。自分で思いついたはずの龍の名を博之は思い出すことができない。

 赤い、赤い龍の名前。

 その名は、龍にとてもぴったりなものだったはずなのに。


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