第239話、ヴェーアヴォルフの奇襲

 

 サターナがそれに気づいたのは、空を飛んでいたからだ。


 ユウラがズィルバードラッケの一匹を叩き落し、アスモディアが追撃する。

 囮役をこなしていたサターナは、自身を追っていた銀竜が墜落するさまを空中に静止して見守った。そこでふと、視野を戦場一帯に広げたとき、セラが銀魔剣を抜いて立っているのが見え、彼女に迫る狼型魔獣の姿を目撃した。


 雪山に狼……いや、あれは獣化した魔人、スキロデ人の戦士だ。


 ――ヴェーアヴォルフっ!


 銀竜との戦いのどさくさに紛れて、襲撃してきたのだ。その狙いは白銀の勇者の末裔であるセラ。こちらが分散している隙をついて、標的を殺害しようというのだろう。


「そうは、させないわよ!」


 獲物の急降下する猛禽もうきんのごとく、サターナは空を翔る。風を切り、雪が肌に当たるが構わない。手にした槍をかざし、地上を疾駆する狼型の側面を貫く――!


 タイミングは完璧だった。あと数秒で敵を串刺しにしてやれる、というところで、サターナの側面を電気の塊が直撃した。


「っ!?」


 何が起きたかわからなかった。横合いから襲い掛かるはずが、自らが逆に側面を攻撃された。


 焦げた臭いが鼻につく。攻撃を食らった。

 しかも表面が焼けるような攻撃、おそらく魔法!


 背中の左の翼が動かなかった。結果、サターナ自身が、先にユウラによって撃ち落とされた銀竜と同じ運命を辿る。そのまま硬い地面に激突、派手に叩きつけられ十数メートルを転がる羽目になった。……もしこれが生身だったら瀕死の傷を負うか、死んでいたに違いない。


 ――シェイプシフターの身体に感謝ね。


 痛み自体はさほどでもないが、全身が麻痺したような重さを感じ、のろのろと立ち上がる。

 だがその時、サターナの周りには黒い戦闘服をまとった魔人たちがクロスボウを構えて立っていた。その先端は矢じりではなく、赤い魔石がついている。


「あら、あなたたち、誰に向かってその矢を向けているかわかっている?」


 七大貴族の筆頭、サターナ・リュコスである。一年ほど行方不明であったとはいえ、魔人軍の者なら、特に特殊部隊の構成員ならその顔を知らぬ者はいないはずである。……いちおう敵として認識されているとは思うが、もしかしたら惑わすくらいはできるのではないかと、とっさに考えたのだ。


「もちろん、知っているとも」


 トカゲ顔カラドレザンの魔人兵は言った。彼から伸びる影がサターナに届くくらいの至近距離。


「サターナ様に化けるシェイプシフターめ!」


 赤い魔石付きの矢が放たれた。それはサターナの身体に直撃し、次の瞬間発火。小さな爆発ともに、彼女の身体を炎に包み込んだのだった。


「よし。こっちは片付けた」


 カラドレザン兵は、倒れ、燃え上がるサターナだったものを見下ろす。

 ひとたび炎上すれば、シェイプシフターは弱い。奴らは低脳だから、炎から逃れるべくのたうつが、打ち消すより遥かに早く身体のほうが燃えるのである。


 魔人兵らは味方に合流すべく、その場を離れた。


 

 ・  ・  ・



 勘が働くことがある。


 胸のうちが、締め付けられるような圧迫感を感じる。

 リアナは銀竜と戦う仲間たちをよそに、戦場の気配監視に務めた。……自身の攻撃が銀竜に通じないため、一歩引く立場に身を置いたのだ。

 注意深く耳を澄まし、目を凝らしていると、渦巻く風の中、矢の飛翔音を拾った。発生源へと注意を向けたとき、視界に何かが動いたのを見逃さなかった。


 その瞬間、リアナは反射的に矢を抜き、弓に番えるとそれを放った。何もない場所めがけて放たれた矢は、突如見えない『それ』を貫き、鮮血を飛び散らせた。


 悲鳴。露になるトカゲ顔の変種魔人の姿。


 隠れていた。

 周囲の景色に溶け込み、気配を殺しながら、攻撃の機会を窺っていたのだ。

 ヴェーアヴォルフ――サターナの言っていた魔人の特殊部隊だろう。ここ最近の妙な気配も、おそらくこいつがそれほど離れていない場所から監視していたのを感じたのだと思う。


 ――そういう敵なのか。


 リアナは、左手で短刀『闇牙』を抜き、のたうつ魔人の傍までくると、その首を斬りつけトドメを差した。


 おそらくこいつ一人だけではないだろう。リアナは闇牙を自らの顔に近づける。光をこぼさない黒塗りの刀身についた魔人の血。それをひと嗅ぎ。……臭いを覚えた。


 ぴくりと狐耳が動く。かすかなクロスボウの引き金を絞る音。直後に放たれた矢は、リアナが先ほどまで立っていた場所に当たる。


「まだ、隠れられているつもりなの……?」


 周囲の背景に隠れる魔人めがけて、リアナは機敏に迫る。相手が息を呑むのを感じた。

 狐の狩りが始まった。



 ・  ・  ・



 大型の機械兵じみた姿になった慧太とアルフォンソの分身体は、銀竜を一匹仕留めた。

 だが、その直後、アルフォンソ本体が攻撃を受けて燃えているのを慧太は察知した。


 炎に包まれている――シェイプシフターは炎に弱い。セラとキアハのもとにいたアルフォンソが炎の攻撃を受ける可能性を考えた時、銀竜以外の存在だと判断した。 


 こんなところでそんなことができるモノがいるのか? だが可能性を潰していけば、結論に行き着くのに時間は掛からなかった。

 魔人軍の特殊部隊だ。サターナは『必ず仕掛けてくる』と言った。ではその想定で動く。違ったら、その時はその時だ。


 慧太を構成するシェイプシフター体の半分はアルフォンソの分身体だ。そして敵はアルフォンソ本体を『炎』で攻撃した。


『分裂だ、アルフォンソ』


 慧太は自身の身体を元の身体に戻しながら、アルフォンソの分身体から離脱。その分身体も五体ほどの人型に分身した。


 赤い弾が放たれたのはそのわずか二秒ほど後のことだ。分身の一体が弾――赤い魔石がついた矢――を胴に喰らってたちまち炎上した。


 どうやら敵も、銀竜が倒れたことで本格的に殺しにきたのだろう。慧太は両手に斧を展開し、姿を現した魔人兵にアルフォンソの分身たちと共に突撃した。


「どけよ、お前らっ!」


 アルフォンソ本体が攻撃された。そばにはセラたちがいたはずだ。つまり、彼女たちもいま襲われているのだ。


「お前らと遊んでいる暇はねえんだよ!」


 応戦する魔人兵の胴を斧が切り裂く。視界の端で、別の魔人兵が慧太めがけてクロスボウを構える。――なるほど、敵を仕留めた直後ってのは隙ができるもん、な!


 慧太は自らが倒した魔人兵の影に回りこむことで、射手の死角へと逃れる。攻撃タイミングを逸した魔人兵。だが次の瞬間、慧太が盾にする魔人兵の身体から鋭い突起が飛び出て、射手の身体を貫いた。


 高度に連係する敵だ。各々が勝手に動けば、各個撃破を狙ってくるに違いない。分身体たちも勝手させると数をすり減らされるのがオチかもしれない。


 ――分身体お前ら、分裂しろ。


 魔人兵に挑みかかった四体の分身体が、慧太の指示にその身体をはじけさせた。ネズミほどの大きさに分裂、その数を一気に数倍に増やした。


 魔人兵らは突如、小さく、そして増えたシェイプシフターに困惑し、その狙いを大きく迷わせた。

 そうこうしているうちに足元を走り回る分身体たちは、魔人兵の傍に寄ったものから飛び上がり、自身の身体を剣に変え体当たり。次々に串刺しにしていった。

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