第238話、見えない一撃


 竜の咆哮が雷鳴のように聞こえる。慧太たちが巨大な竜と戦っているのだ。

 セラは意識が戻らないキアハにひたすら治癒魔法を試みていた。


 ――死んでない。……死んでない! さっきは脈があったもの!


 雪がちらついていた。寒さが指の先に伝わり、吐く息が白い。銀髪の戦乙女は、キアハの胸に両手を当ててひたすら回復を祈る。治癒魔法を使う。

 余計なことを考えるな、と自身に言い聞かせる。グレゴが死んだ時のことがまぶたの裏にちらつくが、それを振り払う。外套をまとい、さらに服ごしでは胸に手を当てたところで脈など感じ取れない。だから不安になる。まだ生きていると信じたいが、もしかしたら。


 ん――


 ぴくっ、と、ほんのかすかにキアハの頭が動いた。痛みを感じているのか、表情が曇る。


 ――生きてる……!


 安堵感が一挙に押し寄せる。だがまだ意識が戻ったわけではない。セラは治癒をとめない。


「キアハ、がんばって……」


 風が唸る。肌を冷気が刺し、思わず顔をしかめる。

 そんなセラはふっと背後に気配を感じた。思わず振り返れば、それは漆黒の筋肉質な大男型に変化したアルフォンソだった。

 ひゅん、と矢が風を切った。セラのすぐそばに矢が突き刺さる。アルフォンソは両手を広げ、まるで矢からセラを庇うように立っていた。……矢、攻撃!?


「アルフォンソ!」


 二メートルミータ強の大男型に変化したシェイプシフターが、矢を放った敵へと身体の向きを向けたとき、その胴に矢が突き刺さった。矢じりに油をしみこませて燃え盛っている火矢が。


 たちまちシェイプシフターは炎に包まれた。それはあっという間の出来事で、セラにはどうすることもできなかった。炎にのたうつように、腕が溶け落ち、その身体がうっすらと雪が積もりつつある地面に突っ伏した。容赦なく燃える炎にアルフォンソは溶けていく。


 アルフォンソ――セラは悲鳴じみた声で呼びかけるが、反応はなかった。


「よくもっ!」


 セラは銀魔剣を抜いた。矢を放ってきたやつ――敵はどこ!?


 再び、矢が飛来した。だが矢の先端に炎がついていたから、遠目からでもすぐに判別がつき、かわすことができた。

 だが、一本の矢がかすめた時、そのわずかな火の粉がセラの来ている外套に触れたらしく、小さく発火した。

 この外套はシェイプシフター製だ。先ほどのアルフォンソ同様、火に弱いのかもしれない。

 とっさにセラは外套を脱ぎ捨てる。どのみち、戦闘となれば鎧の上の外套など動きを阻害するだけなのだ。

 雪の中、大型の狼型の魔獣が数頭駆けてくる。その姿にセラは覚えがあった。ハイマト傭兵団のアジトから脱出した際、セラたちを追ってきた魔獣だ。


 ――魔人軍……!


 例のヴェーアヴォルフか。セラの脳裏にそれがよぎった。セラは銀魔剣アルガ・ソラスを構える。以前は逃げに徹したが、今回はそうはいかない。傍らには、傷つき倒れているキアハがいる。


 ――絶対に守ってみせる!


 左手に魔素を集め、先制の『光の槍』を――

 矢が飛来した。狼型に注意を払っていたタイミングだった。しかも今度は火矢ではなく、通常の矢。それゆえ、反応が遅れた。


 左腕に矢が刺さった。


 

 ・  ・  ・



 雪がちらつく。

 風が荒れ始めている。これは天候が悪化する――空を飛びながらサターナは思った。さすがにドレスで飛ぶのは空気抵抗その他であまりよろしくない。銀竜一匹程度を引き付ける囮なら、それでも充分だが――

 慧太たちが相手をしていたズィルバードラッケが空に飛び上がっていた。


「ああ、もう!」


 サターナの服装が、セラの白銀の鎧、その漆黒バージョンへと変わる。一角獣の角を模した騎兵槍スピラルコルヌを前に突き出し、飛び上がってきた銀竜の側面から突撃。幸い、敵はまだこちらに気づいていない。モノのついでだ。


「ひとつ貸しよ、お父様!」


 貫け――スピラルコルヌは、銀竜の羽ばたく右翼の根もとを貫き、引き裂いた。にぶい音。風に舞うドラッケの羽根。

 次の瞬間に起きたのは、片翼を失い、自らの身体を支えることができなくなったズィルバードラッケが墜落し、地面に右腕、右足から激突した。派手に岩が削れ、弾かれた。

 銀竜が苦悶と怒りに混じった声を響かせる。地面に叩きつけられたことで、右腕が潰れ、右足の骨が折れたのだ。

 身動きができなくなったところへ、機械造りの魔法人形ゴーレムじみた姿のアルフォンソの分身体が後方からぶちかましをかけた。すでに潰れていた右腕箇所にさらに傷みが走り、銀竜が吠える。


『そうだ、単純なことなんだ』


 ゴーレムの頭部にある単眼が赤く光る。紡がれたのは慧太の声。


『相手がでかいなら、同じく大きくなればいい』


 特撮モノで巨大化した怪人に巨大メカで立ち向かう、みたいな。アルフォンソの分身体を取り込み、さながらロボット兵のような姿になった慧太は、ズィルバードラッケ相手に格闘戦を仕掛ける。

 上背は銀竜が上だが――丸めた拳が竜の顔面を殴る。


 硬い! 硬いがこちとら鋼並みの強度に固めた拳だ。表面は傷つかなくても、大きくなった分、その打撃はこれまでの非ではない。連続して拳を叩き込む。


 ――どうだ? 脳みそがぐらついたか?


 銀竜の口から赤い液体がほとばしった。右に左に拳を打ち込まれ、殴られる一方になっている銀竜。

 やがて、白目を剥いてズィルバードラッケは大地にその身を横たえた。



 ・  ・  ・



 あれは魔鎧まがいの類だろうか。


 ユウラは、慧太がシェイプシフター体として構成した機械じみた魔法人形ゴーレムの姿にそのような感想を抱いた。角ばっていて、鋼鉄の鎧をまとっているように見えなくもない。

 自らの身体を倍化して銀竜と殴りあうとは――慧太くん、やはりあなたは面白い。

 残るは一匹。サターナを後ろから追っている個体のみ。

 そのサターナが頭上を飛びぬけた。結果、ユウラの真上をズィルバードラッケの巨体が飛び去る。風が渦を巻く。さらにそれをアスモディアが追っている。


 ――少し手間取っているようですね……。


 サターナとアスモディアが連携をとれば、もう少しやりようがあるようだが。……仕方ない。


 ユウラは両手のあいだに魔素を集める。バチバチと小さな紫電が走り出す。魔素を変換――電竜並みのフードゥルを喰らわせてやろう。


 サターナが上空を旋回。その後方の銀竜もそれを追う。――そこだ!


 ユウラは両手を銀竜の飛行進路上に向け、紫電の束を放った。強烈な一撃はズィルバードラッケの身体を貫き、たちまち全身の筋肉を麻痺させた。いかに分厚い装甲じみた鱗を持ってしても、その膨大な電流を防ぐことはできなかった。

 結果、銀竜は力を失い落ちてきた。飛行中だったために惰性で一定距離を進む。


「! ……おっと!」


 ユウラは思わずその場から離れた。危うく墜落してくる銀竜との衝突コースに立っていたのだ。すぐ傍らを落ちた銀竜が地面を砕きながら滑っていく。

 それをアスモディアが追った。トドメを刺そうというのだろう。あの電撃でも銀竜が死んだかはわからない。確認は必要だろうと、ユウラは思った。


「さて……」


 ユウラが振り返ったその時、胸に連続した衝撃が走った。何かが当たった――にぶい傷みが走り、思わず顔を下げれば外套の上から矢が二本、刺さっていた。


「これは――?」


 三本目が外套の胸部に刺さった。

 何故、矢が刺さっているのか。まるでわからなかったユウラだが、視界のなかで、空気が『揺れる』のが見え、それに気づいた。


 ――なるほど、姿を背景に溶け込ませていた、わけですか……。 


 こんなことができるのは――

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