第237話、対竜戦闘


 もう一匹の銀竜ズィルバードラッケの飛来。

 内心で慧太は舌打ちした。そちらの銀竜はユウラたちが迎え撃つようだ。アルフォンソが負傷のキアハと治療のセラをこの場所から退避させるのを確認する。


 ――とりあえず、目の前のこいつを何とかしないとな。


「リアナ!」


 狐娘は岩の台地に登り、弓でズィルバードラッケの顔めがけて矢を放つ。しかし矢は全弾当たっても、銀竜の岩石のような鱗に阻まれ、すべて弾かれている。


 だがズィルバードラッケにとっては、わずらわしい攻撃だったのだろう。怒りの咆哮と共に、慧太からリアナへと標的を切り替える。……先ほどから慧太の攻撃が、銀竜相手に蚊ほどダメージを与えられていないからしばらく無視する腹積もりなのだ。


 確かに物理的打撃では、あの重装甲に守られたズィルバードラッケを傷つけることはできない。慧太は攻撃的な魔法を操る術を持たない。あるのは変身、分離による物理打撃がメイン。何とも相性がよろしくなかった。


 ――それなら……!


 慧太は銀竜の尻尾をかわし、その足元へと走りこむ。一歩間違えれば踏み潰されて圧死――することはないのがシェイプシフターの身体。


 ――ちと、でかいが……!


 セラが見ていない今なら、こいつを喰らうこともできるか。

 影喰い――墓場モグラマクバフルドを身体に引き込み、飲み込んだ技で。


 銀竜の咆哮。その注意はリアナに向けられたままだ。慧太は銀竜の真下に滑り込むと、自身の影――その身体を一杯に広げた。

 無数の触手じみた腕が、銀竜の身体へ伸びた。



 ・  ・  ・



 まったくもってズィルバードラッケは堅かった。

 ユウラは地面から岩のスパイクを生成して、銀竜を串刺しにしようとした。大きさだけなら、その身体を貫くほどの巨大な岩の槍だ。

 だが刺さらない。

 貫かない。岩のようにごつごつした鱗は、押し上げることはできても、次の瞬間、銀竜の重みに耐えかね潰れてしまった。


 アスモディアは炎を、サターナは氷の槍を放ったが、これらも銀竜の守りを崩すどころか防がれ、砕かれていた。


 装甲の厚さ、そして堅牢さ。それがそのまま魔法に対しても有効な防御として機能した。ユウラに言わせれば、それも当然ではあるが。魔法などといっても、相手に傷を与えること自体は物理打撃とさほど変わらないのだから。


「電撃っ!」


 ユウラは腕をかざし、電気の塊を放つ。それはズィルバードラッケに吸い込まれ、わずかに麻痺させたように痙攣を引き起こさせた。


 ――効いてはいる。……しかし。


 決定打にはならない。電撃弾の威力を高めないと、倒すには至らないだろう。要するに。


 ――こちらも『本気』で掛からねばならないということだ。


 ズィルバードラッケが吠えた。サターナが叫ぶ。


「来るっ! ブレス攻撃!」


 銀竜の口もとに青白い光。放たれたのは、風の渦と共に雪、いや氷の欠片だ。

 氷のブレス。

 それがアスモディアを包み込むように飛ぶ。背中に翼を展開したアスモディアは素早く上方へと退避。彼女が先ほどまでいた場所は、氷の柱が無数に突き刺さり、地表が凍ってしまっていた。


 さすがにあれを喰らったらたまらないな――ユウラは銀竜の視界から逃れるように走りながら、次にどう攻めるか考えを巡らす。

 上空から軋むような竜の声が響き渡った。顔をあげ、それを見た者たちは瞬間的にほぼ同じような反応をした。

 三匹目の銀竜が、飛来したのである。……ぐずぐずしていたらこれだ。


「アスモディア、サターナさん! とりあえず、一匹ずつ銀竜の注意を引き付けていただけませんか!」

「承知しました、マスター!」


 アスモディアは即答だった。サターナは口もとを歪める。


「何か、策があるということかしら? ……いいわ、やってあげる」


 アスモディアは銀竜のまわりを飛び回り、サターナもまた翼を展開して、新たに現れた銀竜を迎え撃つ。


 さて――ユウラは立ち止まり、魔素による地形走査を試みる。ユウラの魔素の見える目で、周囲の地形、特に地下の構造を調べるのだ。

 魔法の源である魔素。それらは大気や土、あらゆるものに多かれ少なかれ存在する。その視点で見ると、ユウラの世界は青く染まる。色の強弱でそこが地面なのか大気なのかはもちろん、鉱物や植物、生き物の有無までわかるのだ。


 ――地下に穴……。


 おそらく銀竜が掘り進めた巣の一部だろうか。かなり複雑に入り組んでいるようだ。……ということは。


 ――壊す箇所は少なくて済みそうだな。


 とりあえず地中深くに魔力を送り込み、空洞になっている部分の天井に当たりをつける。

複数箇所に同様の魔力を送り込み、さらに壁にも同じく魔力の塊を注入。あとは――


「爆破」


 地下の竜の巣の天井と壁が数箇所、一挙に吹き飛んだ。

 地上では地震が起き、それは銀竜の足元を大きく崩した。落盤。その巨体を地面に開いた穴へと引きずり込まれる。

 そのまま地下に埋もれろ――と思うのだが、ユウラも自信はなかった。ズンと地下でズィルバードラッケと岩塊と土砂が落ちた音がする。この程度で果たして銀竜が動けないようなダメージを受けたのだろうか……?


 が、構わない。周囲の目から奴が消えたことが肝心なのだ。ユウラは陥没した大穴のふちから、胸もとまで埋まってなお顔を動かしている銀竜を見下ろした。


 ――外がダメなら、内側から……。とはいえ、これは少しばかりエグいので、あまり使いたくないのですが。


 ズィルバードラッケ、その胴体には周囲を圧倒する高い魔素が見て取れる。竜のブレスなど所詮魔法と同じ、というのがユウラの持論である。であるならば、その魔素を外側から操作してやれば……。


 爆発。ズィルバードラッケの長い首が内部から吹き飛んだ。肉片と血が土や岩に付着する。……一匹は一匹だ。


 ユウラは視線を転じた。

 慧太が一匹の銀竜を飲み込もうと影を広げている。……これが成功すれば、単にシェイプシフター体の容量が増えるだけではない。次は銀竜クラスの竜に変身が可能になるだろう。


 ――飲み込めれば。


 青髪の魔術師は眉をひそめる。慧太の影喰いに捕らわれた銀竜は、その大きな翼を目いっぱい羽ばたかせ、上昇に転じたのだった。



 ・  ・  ・



 くそったれ――慧太は思わず罵った。

 ズィルバードラッケの影を侵食するように広がり、無数の影の腕でそのものを飲み込むべく引っ張る。重量がある上に、支えるべき地面がその役に立たないとあれば、銀竜の運命はシェイプシフターに喰われるのみのはずだった。


 だが、銀竜には翼があった。その大地を震動させるに足る重量を、空へと持ち上げる恐るべき馬力の翼を。沈みかけた足を引き抜くようにズィルバードラッケが翼を活発に動かす。負けじと慧太は銀竜を無数の腕で引っ張る。

 なんだこれ――慧太は思う。なんでオレは竜相手に力比べっていうか綱引きもどきをやってるんだ?


 ――やべぇ……ッ!


 ズィルバードラッケの上昇する力が、慧太の引き込む力をわずかに上回っている。ぐぐっと、少しずつだが巨体が持ち上がっていく。こっちが地面から引きはがされそうだ。

 今から数本の腕を伸ばしズィルバードラッケの胴に巻きつけるか……つか、ダメだ。んな余裕ねぇぇ!

 とうとう、銀竜の足が影から抜ける。だがまだシェイプシフターの腕は、銀竜を空へと逃がさない。奴が翼を限界まで羽ばたかせているが、それに耐え切れなくなったら再びこちらに引き込める。


 しんどい。我慢比べだ。


 慧太もまた力を込める。だがそこでズィルバードラッケの口から赤い光のようなものがこぼれだしていることに気づく。その顔が地面――慧太のほうを向いて。


 ――ッ! くそがっ!


 身の危険を感じ、とっさに慧太は銀竜を捕らえていた腕をすべて放した。そして、素早く竜の腹の下にもぐりこみ、尻尾へと抜ける。


 直後、ズィルバードラッケは足もとめがけて炎の吐息ブレスを吐き出した。地面を構成する岩が銀竜の炎によって燃え上がり溶けていく。

 もう一秒でも反応が遅れていたら、慧太の身体は炎に包まれていた。……こっちは炎には耐性がないのだ。あんなものが直撃したら、まず助からない!

 飛び上がるズィルバードラッケ。こうなると慧太には対抗手段がない。あの強固な防御を抜く攻撃方法を思いつかない限り、手も足も出ないのだ。


 ――まったく、とんだ化け物だな、ドラッケってのは……!


 まるで怪獣に立ち向かう軍隊、その兵隊の気分だ。一般的な兵器ではまるで歯が立たない相手。光の巨人とかスーパーロボットだったら、ドラゴンの一匹くらい正面から戦えるだろうに……。


 ――まてよ……。


 慧太の中で、ひらめくものがあった。そうか、そういう手があるか。

 銀竜との戦いは続く。

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