第223話、リアナ VS K
町外れの林。人の気配はなく、日が傾きつつある現在、急速に辺りは暗くなりつつあった。
リアナは、黒髪の少女――Kと正面から対峙した。
「わたしを付け回す理由を聞こうか」
腰の二本の短刀に手をかける。
「あんたも殺し屋なら、依頼人がいるでしょ? そいつはわたしをどうしたいって?」
「別にあんたをどうこうするつもりはなかった。それは本当」
少女は肩をすくめた。
「あたしの依頼は、悪党幹部が集まるから、その親玉たちを始末すること。……その依頼は果たした」
その視線が鋭さを増す。
「個人的に『殺人人形』なんて異名をもつあんたがどんな子か確かめたかったっていうね……。もし殺しを愉しむようなイカれ女なら、ご想像どおり、始末しようとは思ったけど」
「それで、あんたの判定は?」
「わからない」
黒髪の少女は真顔だった。はぐらかすでもなく、まっすぐとリアナを見つめる。
「殺しの腕は確か。それは酒場でよくわかった。ただ相手が、死んでも良心の痛まない悪党だからね。……あんたが無抵抗なやつを意味もなく殺すようなら、話は簡単なんだけど」
少女は腰のダガーの柄を握りこむ。まだ抜かない。
「ただ……イカれ女かもしれないとは思ってる」
「そう?」
「……だってあんた、いま笑ってるよな」
笑ってる――そう言われ、リアナは一瞬自分がどんな顔をしているのかわからなかった。鏡でもあれば別だが。
「笑ってた?」
「……自覚がないのか?」
笑う、というのがよくわからなかった。人が笑っているのは見ている。だが自分自身、人から笑ったどうこうなどと言われたことがなかったし、どういう時に笑うのかよくわかっていない。
「いい笑顔だった?」
「……凄みはあった」
少女は苦笑した。
「どうする? あたしは、別にあんたと戦うつもりは、今のところない」
「本気で言ってる?」
嘲笑。もちろんリアナ自身は無自覚だ。
「あんたは、正体不明の暗殺者。あんたを見た奴は例外なく死んでる。……正体を見たわたしを生かす理由はないでしょう? 口封じ」
「あー、なるほど」
少女は今気づいたとばかりに手を叩いた。
「確かにそうか。でもさ、あんたが見ているあたしが、本当の姿だとどうしてそう思う?」
「?」
「この場で別れたら、あんたはこの姿のあたしと二度と会うことはないと思うんだけど」
変装か――密輸業者のブラドに変装して誰にも気づかれなかった実力者だ。しかもリアナは、彼女独自の『におい』を知らない。一度でも姿を見失えば、追う事もできない。
「確かに」
リアナは認めた。腰の短刀をすっと抜き、構える。
「だけど、あんたを見逃すという理由にもならない。だってあんたは、わたしをいつでも殺せると宣言したわけだから」
においもない。姿も変えられる。これから接する相手すべてが彼女の変装である可能性を意味する。今は理由はなくても、後日、リアナの暗殺を請け負った時、彼女はまったく予想のつかないところから攻めてくるだろう。……職業柄、リアナはいつ誰に恨みを買ってもおかしくないのだから。
潜在的な脅威。
そうであるなら、取り除かねば生涯、Kの影に脅えることになるのだ。
だから――殺す。
リアナは地面を蹴った。またたく間に距離を詰め、わずかに反応が遅れたKの首を狙い、右手の光牙を振るった。
手応えあり。リアナの短刀は彼女の喉元を切り裂き――
「え……?」
リアナは呆気に取られる。伝説的な殺し屋と祭り上げられているK。それが何の抵抗もなく、あっさり急所を切られるとか。
「なに今の……あんた、本当にK?」
喉を裂いた以上、この女は直に死ぬ。こんなにあっけない最期でいいのか。
どさりと膝をつく黒髪の少女。リアナは血のついた光牙の刀身を見やり――
血がついていない……?
同時に耳が音を拾った。黒髪の少女はダガーを手に、リアナの側面を付こうとしていた。
素早く飛び退く。空を切るダガー。もう半テンポ気づくのが遅れていれば肩をやられていた。
「確かに喉を切った」
リアナは再度身構える。黒髪の少女は、まるで屍人のようにふらりと立っている。
「速すぎて、見えなかった」
少女は唇の形を歪める。笑み――しかし見る者に恐怖を感じさせる狂気をはらむ。
「単純な斬りあいじゃ、たぶんあんたのほうが上だね。この身体でなければ、たぶん勝てない」
「……屍人ではない。でも」
「あんたは言っただろ? 『人間じゃない』って、さ!」
少女は一歩を踏み出す。だがその瞬間、飛ぶように一気に距離を詰めてきた。予想外の速さ。迫るダガーの一閃を弾き、リアナは距離を取るように見せかけて後退。
しかしすぐに地面を踏みしめ、逆に飛び掛る。この切り替えしの速さは、人間にはまねの出来ない獣人ならではの瞬発力。Kの背中に急接近!
刺突。
左手の闇牙が、Kの左背中――広背筋あたりに一撃を乗せて食い込ませる。その切っ先は後ろから心臓を――突如、右肩がつかまれ、すさまじい力で引っ張られた。そのままKの右肩に沿って一回転、地面に叩きつけられた。
正直、わけがわからなかった。
少なくとも、相手に致命傷を与えたと思った矢先だった。頭の中では疑問が浮かぶが、身体は素早く反応していた。
背中を打ちつけた痛みにかまける間もなく、起き上がり、右手の光牙を構えて牽制する。左手にあった闇牙は、Kの身体に刺さったままだ。
そのKは、武器が刺さっているにも関わらず痛むそぶりも見せない。
「たしかに人間じゃないね、あんた」
リアナは認めざるを得なかった。喉を裂かれても、身体に短刀を押し込まれても平然としている人間などいるものか。
「怪物の類」
「察しのとおり、魔物の類だよ」
Kは笑みを貼り付けた。
「さあて、どうする? 他の手を考えないと、あんたにあたしは殺せないぞ」
・ ・ ・
「そ、それから……?」
固唾を呑んで話を聞くセラ。
のどかな草原を走る一台の馬車。風はやや冷気を帯びるが、ぽかぽかと降り注ぐ陽光で暖かく感じる中、Kと刃を交えたリアナは淡々と告げた。
「諦めた」
「……え?」
「斬っても刺しても殺せないんじゃ、抵抗するだけ無駄だもの。降参」
「そう、ですか……」
意外にあっさりした引きに、セラは何とも言えない顔になる。自分ならまだ魔法という手があるが、リアナには――
だが他の面々の反応はといえば。
『そりゃ、ケイタさん、金棒で殴っても生きてたし――』
キアハが内心で呟けば、サターナも。
『まあ、そうなるわね』
『シェイプシフターってやたら物理耐性はあるのよね』
アスモディアも納得するように頷く。もっともサターナとアスモディアは魔法戦に切り替えればやりようがある、とセラと同様の感想は持っている。……二人とも、慧太にしてやられたことがあることは棚に上げている。
この場で、K――慧太がシェイプシフターであることを知らないセラを除き、概ねこの対決は妥当と考えた。
だが、一人沈黙している慧太は、そっと金髪碧眼の狐娘を見やる。
彼女は言わなかったが、実はあの戦いは、そんなあっさりした終わり方をしなかったのである。
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