第224話、切り札

 他の手を考えないと殺せない――Kは言った。


 だが本当にそうなのか。そもそも彼女の言っていることをそのまま鵜呑みにしていいか。

 リアナは短刀『光牙』を手に、Kに挑みかかる。


 Kが反撃する。手にしたダガーが一閃――! 大抵の者ではかわすのも難しい速さ。だが、リアナにしてみれば、瞬きしてもかわす余裕がある。

 一撃をかいくぐり、懐に潜りこむ。


 Kの右腕――二の腕を切りつける。

 カン、と金属とぶつかる音と共に刃が弾かれた。服の下に防具を仕込んでいたのか。

 Kの腕が返って来る。ダガーは逆手に突きの格好だ。リアナは態勢を低くして、さらに下へ潜る。


 ――わき腹!


 関節部に防具はない。そんなものをつければ動きを制限する。Kのこれまでの動きから見てもここは抜けるはず。

 右手で光牙を握り、左手で底から押し出すように、Kの右わき腹へと一突き。

 ずぶり、と刃がKの身体へ突き刺さる。黒髪の少女は舌打ちするような顔をした。だが痛みを感じている様子ではない。……こいつには痛覚がないのか。


 再びKの右手が瞬時に肘うちの構えとなり、振り下ろされる。リアナは素早く後退。ほぼ密着状態からの攻撃と回避は、幼少の頃から訓練されている。これも予測済み。


 振り向こうとするKの、さらに先を行くように後方に回り込む。生き物というのは、後ろをとられると基本的に攻撃ができない。


 と、Kは軸足を踏ん張り、回転――回し蹴りを放ってきた。訂正、こういう攻撃パターンもある。だがそれは……。


 ――迂闊うかつ


 回し蹴りは一度避けてしまえば隙ができる。何せ軸足一本で身体を支えている状態だからだ。

 その隙をリアナは見逃さない。しゃがみ込み、Kの軸足に蹴りを当てて転ばせる――


 ガン、とリアナの蹴りがKの軸足に跳ね返された。

 まるで地面にしっかりと突き刺さった金属の棒のような硬さ! 靴の甲にガードがなければ逆に痛みで動けなくなるところだった。

 倒したところを襲い掛かる――はずが、逆にKがリアナの上に圧し掛かる勢いできた。わずかに痛む右足を気にする間もなく、すぐさま下がって距離をとる。


 やばい、と思った。改めて、Kというのが只者ではないという感情がよぎる。


 攻撃自体はかわせる。スピードでは負けていない。

 だが同時にこちらも攻め手に欠ける。喉を切り、背中を差し、わき腹をやったが、どれも倒すどころか手傷を与えたかも怪しい。


 が、諦めるという選択肢はない。

 これまで『敵』としたなら、必ず仕留めてきた。例外はない。

 リアナは再度仕掛ける。Kもダガーで応戦するが、かすりもしない。


 斬る――リアナの一太刀は、Kの右腕を切り裂いた。……腕が飛んだ。


 ――手足を全部なくしたら、どう!?


 しかし、Kは笑った。口元がニタリと歪んだのだ。


 すぐさま彼女の失ったはずの右手が生えてきた。再生――しかしこの尋常ではない再生速度は何だ?


 その右手の先には斧が握られる。ブンっ、と宙を斬る。リアナの金色の髪が数本、斧の刃に切られた。

 Kの足がリアナの脚の後ろに絡み、転倒を誘う。斧をかわすので動きが制限された矢先。


 ――なんて無茶苦茶な体勢……!


 化け物。

 こちらの体勢が崩れ、地面に倒れる。Kは悠然とこちらを見据え、凶器を構えなおす。それは、ほんの二秒にも満たないあいだ。

 だがリアナは地面に背中から落ちた際の衝撃を反動に変え、勢いのまま後転して距離をとると共に起き上がる。


「いちいち、立ち直りが速い!」


 Kが舌を巻く。リアナは、ここにきて初めて相手に対して舌打ちした。


「腕が再生するとか。あんた、伝説に聞く吸血鬼とかそういった化け物?」


 呼吸がいつもより速い。心臓がより激しく鼓動し、言い知れぬ違和感が湧き上がる。……ひょっとして、これは久しく忘れていた恐怖の感情だろうか。

 いや、しかし身体は震えていない。少し肩で息をしているけれども。


「だったらどうする?」


 Kは肯定も否定もしなかった。もし吸血鬼なら――


「嘘か誠か、心臓を吹き飛ばす……!」


 リアナは自身の左手の人差し指をかじる。血が出た。その血のついた指で、光牙の刀身に触れる。


 ――円。流れる気。円はエンとなりて、爆となる!


 突進。狙いはKの心臓。右手の短刀を逆手に。走りながら空いた左手を横薙ぎに一閃。


けつ! 狐火!」


 はねたわずかな血は、次の瞬間、火を噴いた。それはほんの一瞬で蒸発した。


 だが突然の火が現れたことで、Kは驚いた。

 そう、単なる目くらましだ。本命を叩き込むための――

 身構えたKに体当たりする勢いで突進。右手の光牙をKの左胸に突き立てる。刃先は彼女の胸をえぐり。


 ――爆っ!


 刀身に吹き込んだ気――魔術師流に言えば魔力――がKの身体に流れ込み、それは次に炎となり爆発した。

 Kの左胸を中心に、その部位が吹き飛んだ。当然、心臓など今ので木っ端微塵だ。


「……切り札を使わせるなんて、見事だよ、K」


 身体に大穴が空いたKが後ろへ倒れこむ。リアナは溜めていた息を吐く。

 勝負ありだ。Kを殺した。


 これまでに遭遇したことのない強敵だった。しかし緊張のあまり鼓動した心臓は、強い安堵と快感物質を分泌した。充実感――強敵にまみえて、勝てたという高揚。久しく味わっていなかった感覚。

 表情がほころぶ。もちろん、リアナは自覚はない。


 だがそれがいけなかった。


 ブスリ、と足に衝撃と痛みが走る。何事かと見れば、そこには矢が刺さっていた。

 耳が、その時になって周囲の音を拾った。集中しすぎて疎かになっていた周りに。


 人がいた。

 武装していた。ギャングの仲間か。ぞろぞろと現れたそれは、犯罪組織の会談の場で見た連中だ。たしか、グロルハント、だったか……?

 矢がリアナの胸に刺さった。二本。


 ――普段の自分なら、こんなの喰らったりはしない、のに……。


 リアナの身体が倒れた。


 ――死ぬの……?


 なんだこれ。リアナは思う。唐突過ぎて、よくわからない。なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ――

 意識が闇に沈んだ。



 ・  ・  ・



 闇の中、光が差した。

 胸のまわりが温かい。というか熱い……?

 なんだろう。闇の中を探るように、光を求める。うっすらと広がる視界。閉じていたまぶたが開く。


 ――まだ生きてる……?


 Kがすぐそばにいた。というか、彼女はリアナの胸に手を突っ込んでいた。比喩ひゆではなく、実際にKの手首から先がリアナの身体の中に入り込んでいるように見えた。

 痛くはない。だが見た目のインパクトはもちろん、あまり気分はよくなかった。


「なに、してるの?」

「治療行為」


 Kは答えた。この黒髪の、ツリ目がちで、どこか飄々とした少女は心なしか疲れた表情をしている。


「何で、あんたが手当てを……?」


 淡々とリアナは問う。


「いや、何か巻き込んでごめん」


 Kが謝った。当然ながら、リアナは何故謝られたかわからなかった。


「あんたが矢を喰らった原因。あれ、あたしを殺すつもりでやってきた連中」

「そう」


 リアナは顔をしかめた。つまりこの女――Kは、リアナをギャングとの闘争に巻き込み怪我をさせたから助けた、というわけか。……つい先ほどまで本気で殺し合いをしていた相手を。


「わけがわからない」


 思わず言葉に出た。


「何故助けた? わたしはあんたを殺そうとしていたのに」

「何故……」


 Kは俯いた。両手がリアナの胸の奥の傷から引きずり出され、真っ赤に染まっていたが彼女が傷口をあわせるように押さえると、その傷がみるみる塞がっていった。

 魔法、なのだろうか?

 かすかに目を見開くリアナを他所に、Kは視線を逸らし、言いにくいような顔をして言った。


「何故なんだろうな。あたしにもわからない」

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