第222話、においがしないという異常性
突然の乱入者。他に客のいなかった昼間の酒場。ギャング『赤い天秤』の構成員たちが血の海に沈む。
立っていたのはリアナと、突然この場に現れた黒髪をショートカットにした傭兵風の華奢な少女。
「何のつもり?」
リアナは眼光鋭く、傭兵風の少女を睨む。
「悪党が嫌いでね」
小生意気そうな顔立ちながら淡々とした表情の少女は、ぼりぼりと自身の髪をかいた。
「余計なこと、したかな?」
「あんた何者?」
「通りすがりの傭兵」
「……殺し屋って言ったよね」
「あれ、そうだっけ」
少女はすっ呆けた。小さな呟き声でも、嗅覚に優れる狐人(フェネック)の耳には充分聞こえるのだ。……どうでもいいけど。
少女を無視するように、リアナはすたすたと酒場を出る。
生暖かな空気が肌をなでる。傾きつつある太陽を横目に、通りを歩く。例の少女は、リアナの後に酒場を出て、ついてきた。――行く方向が同じだろうか?
ふだんのリアナなら無視するのだが、今回はそうもいかなかった。
「で、あんたは何でついてくるの?」
「せっかくお近づきになったんだから、少しあんたとお喋りしたいなぁって思って」
「話し相手なら、他にあたれば」
リアナはそっけない。黒髪の少女は頭の後ろに両手を当てた。
「あー、殺人人形さんは、つれないなぁ」
酒場での戦闘スキルを見るに、只者ではないと思っていたが……。同業者であれば、リアナの裏社会での通り名くらいは知っているか。
「なに、依頼?」
狐少女は立ち止まり、傭兵風の少女を一瞥した。
「冷やかしなら、殺すよ」
「おお、怖い」
少女は口ではそういいながらも、ちっとも怖がるそぶりを見せない。
「ふだんから、そんな感じなの?」
「だったら何?」
「殺すのが好きかってこと」
ずけずけとモノを言うタイプのようだ。口数の多い奴はこの業界じゃ長生きしないらしいが……リアナが気にするようなものでもなかった。
「好きとか嫌いとかじゃない。仕事だから殺してるだけ」
「じゃあ、仕事じゃなきゃ殺さないってこと?」
「……」
じっと、睨むように少女を見やる。とっさに言葉が出てこなかったのは何故なのか。リアナにはわからなかった。
何となく、不快だった。
「あんたには関係ない」
だから突き放すような言い方になる。リアナは再び歩き出す。傭兵風の少女は続きながら言った。
「こっちにとっては関係なくはないんだ。あんたが、殺しが好きなイカレ女なら……」
「わたしを殺す?」
何気なく歩きながら、しかし意識は戦闘態勢へ。相手に背を向けている状況だが、動きがあればすぐに応戦できる。
「……」
相手は答えなかった。図星だったのだろうか。まあいい。それならそれで別の楽しみもある。
「とりあえず、わたしもあんたに聞きたいことがあるんだけど」
リアナは、町外れの方向へと進みながら淡々と言った。
「あんた、Kでしょ?」
「K……?」
びっくりしたのか、少女の声に驚きが含まれていた。
「何のこと……?」
彼女が立ち止まったので、リアナも足を止める。
「あんた、人間じゃないよね」
・ ・ ・
「人間じゃない……?」
街道を進む馬車。狐娘(リアナ)の話を聞いていたセラが問うた。
「どういうことですか?」
「彼女は生き物なら、あって当然のものが感じられなかった」
淡々と、リアナは言った。生き物ならあって当然のもの――その言葉にセラはキアハと顔を見合わせた。
「それは『
体臭と聞いて、彼女たちは自分らの臭いを反射的に確認する。
個人差を除けば、身体から発する臭いというのは、基本的に汚れが原因にある。これに汗が絡むことで、やがて臭いとなり、清潔に保つ努力を怠ると悪臭へと変わる。……以前、リアナは慧太から、『雑菌』が増えるから臭うと教えてもらった。雑菌が何なのか、他の誰も知らないようなので、リアナ自身もよくわからないが。
「
ほー、と周囲が感心したような声をあげた。獣人の嗅覚は、大抵人間より勝る。
「でも同時に、彼女なら、あの犯罪組織の会談の場に忍び込んでも獣人に気づかれずに出入りできると思った」
「なるほど……」
キアハは顎に手を当て頷いた。
「臭わなければ、確かに誰にも気づかれずに出入りは可能かもしれませんね。後は、他の人の目をどうやってすり抜けたのか、ですけど」
「変装したんでしょ」
アスモディアは言った。
「入る時は、ブラド……だっけ? 密輸業者のボスに変装して入り込んで、出る時は手近なギャングの下っ端に化ければそれで気づかれないわ」
「ねえ、リアナ。ひとつ聞いてもいいかしら?」
サターナが難しい顔で言う。
「本当に、Kから臭いがしなかったの?」
「ええ」
「殺しをやった後も?」
「ええ」
淡々とリアナは頷いた。まわりが不思議そうな顔でサターナを見る。黒髪ドレスの魔人娘は、確認するように続ける。
「複数人を血祭りにあげて、その血の臭いを欠片もまとうことなく、会談の場から姿を消したと言うの? 嗅覚に優れた獣人たちが、殺しを成し遂げたKがまとう血の臭いに気づかないなんて……ありうるの?」
ちら、とサターナは慧太を見た。すかさずそっぽを向く慧太。リアナは、傍目にはわからないくらい小さくだが、口もとを緩めた。
「そう、Kの異常性はまさにそこ。会場でも酒場でも、殺しをした直後にも関わらず新たにつくはずの血の臭いすら臭わせなかった。……ただ変装しただけなら、獣人や臭いに敏感な者が気づかないはずがないから」
「あ!」
キアハ、セラ、アスモディアが改めて驚く。臭いがしなかった、という言葉の本当の意味に気づいたのだ。
「わたしが酒場の彼女をKと断定したのは、それがあったから」
リアナは自慢するでもなく、事務的に告げた。
キアハは、ゴクリと唾を飲み込む。
「そ、それで、Kとはどうなったんですか?」
「……戦った」
そっけなく、リアナは言った。
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