第221話、ケジメ


 シアードの町を出て、街道に沿って東へ。分身体の蓄えを得たアルフォンソが馬車を形成することで、再びその移動距離が伸びた。

 後は身の程知らずの盗賊連中が現れないことを祈る……。


 とはいえ、ここらを狩場としている盗賊団シャンピエンの主要部隊が壊滅したためか、幸いなことに襲撃はなかった。

 そうなれば、客車の雰囲気も暗いはずもなく、太陽の光が心地よいということもあり、青空を眺めながらの移動を楽しんでいた。


 コロコロとサイコロが転がる。キアハが振ったそれを、馬車後ろに乗る面々は注目する。……出目は六だった。

 慧太は口を開いた。


「キアハの勝ち」

「やりました」


 黒髪短髪の大柄少女はニコリと笑った。


「では、次にお話するやつを選んでくれ」


 暇つぶしのお話。

 以前、サイコロで出た数字が低かった者が話をするというゲームをやった。今回はルールを少し変えて、一番出目が高かった者が一人を指名して、指名された者が話をすることになった。……出目を操作したインチキの可能性を指摘された前回の反省を活かした格好である。少なくとも、慧太が連続で勝たない限りは、そのような見方はされないはずだ。


 キアハはその前髪の間から覗く右目で、顔を逸らしている狐娘を見やる。


「……リアナさん、お願いします」


 この前の続きを――という言葉に、ビクリとしたのは指名されたリアナではなく、慧太のほうだった。


「殺し屋Kのお話。犯罪組織の幹部を全滅させた後、どうなったんですか?」


 じろり、とリアナが慧太を見た。……いや、オレは何もしてないぞ。


 馬車の手すりに肘をついていたサターナが、キアハを見やる。


「どうしてKの話を?」

「ヌンフトで助けてくれたじゃないですか、K」


 少し興奮した調子でキアハは言った。

 城塞都市ヌンフト。処刑寸前の彼女を救ったドクロ仮面の少女――は慧太の変身だ。その時『けい』と名乗ったし、キアハは慧太が人間ではないことを知っているのだが。


「Kがヌンフトにいたの?」


 その場にいなかったセラが驚きの声をあげた。……まずい、これはよろしくない展開だ。慧太にとっては冷や汗ものである。


「どんな人だったの? Kって」

「Kは女性――」

「あー、それな!」


 慧太は割り込むように声をあげた。セラは慧太が人間ではないことを知らない。そのことをキアハが知らないとなれば、知っていると思って口を滑らせるなんてこともありえる。


「助っ人! そう、脱出作戦に人手が必要でな。たまたまケイっていう名前の傭兵に手伝ってもらったんだ!」


 セラが慧太の言葉に耳を傾けている間に、キアハの横にいたアスモディアが彼女に何やら耳打ちをする。おそらく慧太の秘密を他言しないように、と釘を刺してくれているのだろう。


 慧太は視線をリアナに向け、早く話を始めろ、と合図する。しかしそのリアナはいつもの無表情のまま、どこか吹いてくる風に身を預けるようにのんびりとしていた。


 ……わざとやってるだろ! ――慧太は心の中で吠えた。


「それじゃあ、前の話の続きを」


 リアナは淡々と語り始めた。



 ・  ・  ・



 犯罪組織の代表者らが集まった会合の場を襲撃した殺し屋K。

 リアナがまだハイマト傭兵団と出会う前、フリーの殺し屋をやっていた頃の話だ。

 当時、有名となりつつあった、『その姿を見た者は例外なく死ぬ』と言われた謎の殺し屋K。犯行現場に残していく『K』の記号(この世界ではアルファベッドがないので文字としては認識されていない)だけが、彼の仕業であることを物語る。


 ギャング『赤い天秤』のリーダー、タオザの護衛で雇われたリアナだったが、Kは他の犯罪組織幹部もろともタオザを殺害し、暗殺を成功させた。


 しかも誰にも見咎められず、忽然こつぜんと現れ、忽然と姿を消した。


 完璧な仕事をこなしたKに対し、依頼を果たせなかったリアナは面目を潰されたに等しかった。……もっともそれは周囲が思っているだけで、リアナ本人はまったく気にしていなかったが。とことん周囲のことに関心がなかった。

 リアナの心境を一言で表すなら。


「どうでもいい」


 これに限った。 

 だがリアナがいかに無関心を装うと、リーダーを殺されたギャングたちはそれで納得できなかった。

 ギャング繋がりで通うようになった酒場で、『赤い天秤』の若頭以下、配下たちが食事をするリアナを取り囲んだ。

 店には他に客はいなかった。出入り口はひとつ。殺し屋家業に身を置くものとして、テーブルで一人食事を取る時も、入り口が視野に納まる位置取りは欠かしていない。


「てめえのせいでタオザが死んだ!」


 若頭は声を荒らげた。銀色の長髪、頬に傷にある二十代半ばに見える男だ。人間としては中々モテそうな顔をしているが、声はドスが聞き、周囲を威圧する。


 わたしのせいじゃない――リアナは肉の挟んだパンをかじる。

 護衛を命じられたタオザ本人から、外でKと戦えと命じられたのだ。依頼者の言うことは優先するのがリアナの流儀であるが。


「てめえはタオザを守らなくてはならなかった! にも関わらず、タオザはKに殺され、てめえはのうのうとパンをかじってやがる! この落とし前はどうつけてくるんだ、ああん?」

「タオザが離れろと言った」


 淡々と抗弁するリアナ。もっとも、すでにブチ切れている若頭に通用するはずもなく。


「てめえは護衛だろうが! タオザが何と言おうが離れるべきじゃなかった!」

「結果論だよ、それ」

「だからなんだ? 守れなかった事実は揺るがねえ。この無能キツネ!」


 面と向かって罵倒された。リアナは冷めた目を向ける。


「失敗のケジメはつけなきゃなんねえ。タオザはてめえの腕を買っていたがな。てめえはあの世でタオザに詫びてこいっ!」


 次の瞬間、若頭はテーブルを蹴った。それは席に座るリアナを挟み込んで動きを封じる――はずだったが、その身体はすでに席を離れていた。


 空中に飛び上がったリアナの身体は一回転。倒れた椅子とテーブルのあった場所に着地した時には、両の手には光牙、闇牙が握られていた。


「なに? やる気?」

「殺せ! キツネ女を殺すんだ!」


 若頭が叫び、配下のギャングたちが一斉に短剣や手斧、爪甲を構えた。


 ――あー、そっちがその気なら……。


 殺しちゃうよ。

 赤い天秤が贔屓ひいきにしていたのは、亡きタオザだけ。ただでさえ仕事としての付き合いしかない連中に何の遠慮などなかった。

 まばたきの間に、三人が血を噴いた。リアナはギャングたちの間を縫うように、するりと抜け、すれ違いざまにギャングを沈めていく。


 ――こんな狭くて障害物の多い店内で密集とか、自分たちの動きを制限するだけなのに。


 爪甲を持ったギャングの引っかきを跳んでかわす。


 ――せめて、上の空間を使えるくらいじゃなきゃ……。


 そのギャングの頭を踏み越える。身軽な狐人の、さらに戦闘に長けた者特有の空間戦闘術は、同じ室内であってもその機動に人間とは雲泥の差があるのだ。


「なめんなよ、キツネ!」


 若頭が何かを投げた。そんなもの、防げないとでも――反射的にリアナはそれを短刀で切り払う。

 だがそれは刀身に触れた瞬間、さっくりと切り裂かれ、中の粉塵をばら撒いた。


「……!?」


 細かな粉が飛散した。とっさに呼吸を止めたが、それでもわずかに吸い込み、次の瞬間リアナはむせた。


「馬鹿が! こっちが何の対策もしていないと思ったか!」


 若頭の手には小型のクロスボウがあった。ダーツのように小さな矢で、殺傷距離は短いが、この室内では充分だ。


「くたばりやがれ……!」

「あー、くせーくせー。せっかくのメシが不味くならぁ」


 若い女の声が唐突に室内に響いた。若頭は、耳元から聞こえた突然の声にビクリと肩を震わせ、振り返った。


「っと、あぶね。武器を人様に向けんなよ」


 クロスボウの先端の向きを手でずらしたのは、黒髪の少女だった。

 つり目がちで、どこか中性的な面立ち。生意気そうに見えて、淡々とした、一見するとつかみ所のない表情。黒の服装に腰のツールベルトと短剣。傭兵のようだった。


「んだ、てめえは!?」


 若頭が怒鳴る。傭兵風の少女は、間近からぶつけられた怒気にもまったく動じず口もとを緩めた。


「殺し屋」


 すっと、若頭の首をダガーの刃が切り裂いた。何が起こったかわからぬまま、突然の血に驚き、そして悶えながら若頭は膝をつき、うずくまった。


「あんたら、ギャング?」


 リーダーを仕留めた少女は、残った手下たちを見下した。


「挑む相手を間違えてるんじゃないかな、かな?」


 殺戮の宴は始まった。なお、その一分後には宴は終了していた。

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