第204話、シャンピエン


 もうじきこの馬車は襲われる――慧太の言葉は、一刻のちに現実のものとなった。


 いつものパターンだと、林や森など、遮蔽がとれるあたりで待ち伏せされる。突然進路を塞いだり、あるいは街道に障害物を置いて、やはり足が止まったところを、わらわらと襲い掛かるというものだった。


 だが――


 近場に遮蔽がほどんどない平原地帯。緩やかな斜面が丘を形成するも、それは街道から離れていて、接近する以前に発見も容易だった。


「騎馬だと!?」


 北側の丘のほうから武装した騎馬が十騎。こちらに向かって駆けてきたのだ。剣や斧を振りかざし、クロスボウなどを持っている。

 カーフマンは声を荒げた。


「きやがった! 盗賊だ!」


 手綱を握り、馬にペースアップを指示する。馬車後部から慧太とセラは顔を覗かせ、向かってくる盗賊の騎兵を見やる。


「こういうの、想定してた?」


 セラがどこか皮肉げに言った。慧太は短く「いいや」と答えた。輸送馬車に群がろうとする騎馬の集団――西部劇かよ、と思った。

 慧太くん、と御者台のユウラが振り返った。


「どう迎え撃ちますか?」

「そうだな……。とりあえずリアナ、出番だぞ」


 壁を叩けば、小麦粉の袋を枕に寝そべっていた狐少女がむっくりと起き上がった。

 愛用の弓と矢筒を担ぐと、馬車の後部に移動して天井の端に飛び上がって手をかけると、逆上がりをするように上へと上がった。


 揺れる馬車の屋根に乗ったリアナは、弓を手に持つと片膝立ちの姿勢で迫り来る騎馬の集団を眺めた。


 ――どれから、撃とう……。


 セオリーどおりなら、先頭の奴から順に仕留めていく。そうすれば半分も殺った頃には相手は士気ががた落ち、その足も鈍る。


 ――全部撃つなら、後ろからもあり、かな。


 後ろの奴が撃たれても、前の者は振り返らない限り気づかない。味方が次々に脱落していくのも気づかず、最後の一人まで……。


 ――あー、だめだめ。……まだ酒が残ってる。


 リアナは珍しく眉間にしわを寄せた。盗賊など追い払えばいいだけのこと。皆殺しにする必要はないのだ。

 盗賊の騎馬隊が迫る。荷物で重くなっている馬車が、より軽い騎馬からは逃げることなどまず不可能だ。


 ――だから。


 まず投射武器。弓矢で先制するのである。

 リアナはその最大射程に入った敵騎馬の中から、彼女の必中距離に侵入した者から狙撃を開始した。

 放たれた矢は風を切り、突撃の声を上げる盗賊リーダー、その脳天を貫いた。



 ・  ・  ・



 シャンピエンは、この一帯――ジュートラント地方では大規模な盗賊団として知られる。

 その構成員は末端まで含めると三百とも五百とも言われている。

 広い範囲で、細々とした襲撃をやるときもあれば、実戦部隊と称される騎馬や魔獣を用いた規模の大きな攻撃を行ったりする。


 シャンピエン盗賊団の団長、ダシュー・ヴァデラーは元騎士だった。位も高く、そのまま王国の騎士団にいれば将軍にもなっていたかもしれない人物だった。

 目じりは鋭く、角ばった顎に、がっちりした体躯。なるほど騎士鎧を日頃身に付けていても平然としていそうな偉丈夫である。


 丘のてっぺんに陣取るシャンピエンの戦闘部隊。本当なら、投入する戦力はいま馬車を襲撃している一個隊程度で済ませるのが普通だが、今回は違った。


 昨日、荷馬車を襲撃した隊が獲物を逃がしたという報告を聞くや、ダシューは主要部隊をすべて召集した。ここ最近、団員の戦技が低下しているのではないか――ダシューが抱いていた危惧が現実となったような失態。

 結果、演習を兼ねた大規模な襲撃を行うことになった。


 慧太たちには不幸であったが、盗賊団はその主要戦闘部隊を今回の襲撃に投入可能な状態であった。

 先鋒として騎馬三番隊を差し向けた。馬車ひとつを相手取るなら十分な数であり、敵が傭兵を雇っていたとして、仮に苦戦するようなら、もう二個騎馬隊を派遣すれば制圧できる。……はずだったのだが。


「おいおい――」


 自身も馬に跨り、状況を望遠鏡を使って観察していたダシューは感嘆の声を上げた。


「何という腕前だ。あっという間に半分がやられたぞ」


 周りを固めている幹部連中もまた、目を見開いた。

 馬車の屋根に陣取った射手が、突撃する三番隊をしとめていく。狙いは正確、はずれ矢はない。


「このペースだと、追いついた頃には最後の一人がやられているのではないか?」

「何故、連中は引かんのでしょうか」


 幹部の一人、マオスがその蓄えたあごひげをぼりぼりと掻きながら言った。ダシューは望遠鏡片手に答えた。


「まず、頭をやられ、指揮系統を喪失したためだろう」


 それに、ああもはずれなしでポンポンとやられては、撃たれているほうもその事実が認められずに判断が遅れているのではないか――


「……やれやれ、やっと退却をはじめたか」


 先鋒の三番隊は、かなわないと見て離脱を図った。生き残りは二名だった。


「もっと早く動くべきだったのだ」


 ただいたずらに射的のまとになっていたようなものだ。マオスは口を開いた。


「団長、次は――」

「四番隊と六番隊に合図を出せ。計画通り、左右からの挟撃を狙わせろ」



 ・  ・  ・



「敵、第二波!」


 リアナからの報告に、馬車内の慧太は自然と顔を強張らせた。


「第二派、だと?」


 十騎もの騎馬だって、普通の盗賊と見るなら結構な規模だというのに。

 この上さらにおかわりが来るとは――


「敵は二個の騎馬隊。数は十ずつ。二手に分かれる」


 狐娘が敵情を報せる。慧太は、ユウラを見やる。


「どう思う?」

「それで全部だと思いたいですが」


 青髪の魔術師も、少々思っていたのと違う展開に苦笑するしかないようだった。隣で馬車を操っているカーフマンは「冗談じゃないぞ!」と恨み節だ。


「まあ、来てしまったものはしょうがないな」


 慧太は振り返り、やはりこちらを見ているセラとサターナに頷いた。


「リアナの弓だけではちょっと荷が重い。魔法でいい。狙撃、頼めるか?」

「はい」


 セラは立ち上がる。一方のサターナは面倒そうに肩をすくめた。


「しょうがないわね」

「アスモディアは――」


 慧太は眉をひそめる。

 二日酔いに乗り物酔いが加わったのか、彼女は青い顔のまま唸っている。……使えねえ。


「あの、ケイタさん」


 キアハが顔を上げる。自分にも何か、と言いたそうな顔をしているが。


「キアハはオレと待機だ。離れた敵への攻撃手段がないからな。ただ、何か馬車で面倒が起きたら、その時は真っ先に対処する役だから、その時のために備えてくれ」

「はい! わかりました!」

「いい返事だ」


 慧太は頷いた。

 振り返り、後方を見やる。


 盗賊団の騎馬部隊が、後ろから追い上げつつある。一隊が後方から、もう一隊は左側面を併走する形になっていた。

 馬車後尾からそれを見やるサターナは不満げに言った。


「側面の敵、ここからじゃ狙い難いわ。前にまわる?」

「いや、そっちはユウラに対応させる。……頼めるか、ユウラ?」

「了解。適当にやります」


 彼は答えた。

 第二ラウンドの開始である。

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