第203話、馬車を買おう


 翌日。

 お金があるなら馬車を買いませんか、と提案してきた時、慧太とサターナは同じく顔をしかめた。


 ライガネン王国を目指す道中。徒歩で移動するのと馬車で移動するのとでは、速度的にはともかく、疲労度が段違いに変わる。もちろん、ないよりあるほうが断然楽ではあるのだが。


 ――誰が馬の面倒見るんだよ。


 手の掛からないアルフォンソというシェイプシフターがいるのに、餌とか水とか余計に手間のかかる馬を連れて行くのは面倒だと思うのだ。……実際、お金がかかるが馬がいたほうが楽にはなるのは間違いない。だがより便利なものがあるとそちら贔屓ひいきで見てしまうものである。


『何も、馬を買わなくても。馬車の客車なり荷車でいいのでは? 馬はアルフォンソがいるわけですし』


 ユウラが至極まじめに言えば、慧太は盲点だったと自らの短慮を反省した。……馬車というから当然馬も買うのかと思ったのだ。


 対してサターナは、それでも渋った。余剰分を確保できれば客車だって作れるのに、という意見だ。

 そうなれば買ったものも無駄になる、と言うサターナだが、ユウラは涼しい顔で『余剰分』を確保できるのはいつですか、と返した。


 かくて、馬車を調達することになる。朝早くに出かけたのは慧太とセラ、ユウラにサターナという面々。アスモディアは二日酔いらしく、ベッドから動けず、またリアナも「飲みすぎた」と横たわったままだった。キアハは二人の介抱に宿に残った。


 出掛けた調達組だが、慧太は思う。……こんな小さな村で馬車が手に入るのかという疑問。しかし、やはりユウラは言うのだった。


「こういう街道上に位置する集落というのは、旅をする人間にとっての中継拠点。そういった旅人たちが必要なものが一通り揃っているものです。当然、馬車で旅をする者がトラブルに見舞われた際の、修理場などもね」


 そしてその修理場。広い庭には数台の馬車の客車や荷車があり、朝にもかかわらずハンマーで木材を叩く音が響いている。職人たちは必要な部品をつくり、修理が必要な馬車にその部品――例えば車輪などをはめ込んでいる。

 慧太たちは、工場こうばの職人たちの仕事ぶりを遠くから眺める。セラが慧太の肩を軽く叩いた。


「あそこに並んでいるのが、売り物じゃない?」


 敷地の柵の端に、三台ほどの荷車が並んでいる。近づいてみて、サターナが首をかしげた。


「でもちょっと小さくないかしら」

「もう少し大きいのは――」


 視線を巡らせていると、砂を踏みしめる音が聞こえ、そちらに顔が向く。修理場を訪れた客か、と思えば、その人物――二十代半ばと思われる青年は、慧太たちに近づいてきた。


「あんたたち、昨日、酒場にいた傭兵だろ?」

「ん?」

「何やってるんだ、ひょっとして、おたくらも馬車を取りに来たのか?」


 随分と気さくな男だった。日焼けした肌。ほっそりと長身。身なりはそこそこ整っていて、年季のある外套をまとう。武器は、腰に短剣。傭兵や戦士――ではなく商人か。  


「も、ということは、あんたも?」


 慧太が問えば、青年は苦い笑いを浮かべた。


「まあ、ね。昨日、賊から逃げた時に少しやられてね」


 盗賊の類(たぐい)だろう。町や村を出れば、そこは無法者が出没するなんてのは、この世界では珍しくない。

 ユウラが口を開いた。


「僕たちは客車や荷車を買おうと思ってきたんです。馬はいるのでね」

「へー、ここの中古をね」


 青年は腰に手をあて、感心したような声を出した。サターナは嘆息する。


「でも、あいにくとよさそうなものがなくて」

「あー。まあ、ここは新品扱ってないからな。お嬢様のお気に召すようなものはないと思うね」


 あくまで、ここは修理がメインらしい。


「あんたたち、どっちを目指してるんだ? 西か東か」

「あんたにそれが関係あるのか?」


 警戒感を露にする慧太。青年は片手を前に出して小さく振った。


「いや、もし東のシアードへ行くのなら、一緒にどうかと思ったんだ」

「東に行くのは、こちらとしても願ったりですが」


 ユウラは片方の眉をひそめる。


「何故?」

「簡単な話さ。あんたら傭兵なんだろ?」


 青年は笑みを浮かべたままだが、どこか寂しそうな目になる。


「昨日、賊に襲われて、護衛に雇った奴がやられちまってな。長年の相棒も死んじまって……」


 セラが同情的な目になった。慧太は察した。


「それで、オレたちを護衛に雇いたいと?」

「まあ、そういうことだ」


 悲しみを振り払うように青年は笑う。


「シアードまで護衛を頼みたい。報酬は、俺の所有する馬車を譲渡するってことでどうだ?」

「馬車を?」


 これは驚いた。ユウラは考え深げな表情で問うた。


「あなたにとって必要なものではないのですか?」

「今回の仕事が運び屋としての最後の仕事だったんだ」


 青年は肩をおとした。


「そこそこ蓄えができたし、運送業ってのも危険な仕事だ。ほんとは前回で最後のはずだったんだけど、常連さんからどうしてもって頼まれてな。だから、今回の仕事が終われば、もう俺は馬車はいらないんだ」

「……売れば幾らかになるのでは?」


 ユウラが聞けば、青年は苦笑した。


「まあ、そうかもしれないけど、正直言うと、馬車はこの仕事が終わったら相棒が引き継ぐはずだったんだ。その相棒も死んで……。……すまない」


 悲しくなったのだろう。少し間があった。どうにかこみ上げてくるものをこらえようとしているようだった。

 セラがユウラを見た。


「この方の好意を受け取っては?」

「本来なら、乗せてもらえるなら、僕らのほうがお金を払うべきなんでしょうが」

「護衛の代金で、むしろこっちがもらうほうだろ」


 慧太は真顔で言った。護衛してもらう傭兵から金を取るなんて聞いたことがない。

 同時に、少し話がうま過ぎる気がした。とはいえ、多少の荒事なら問題はないだろうという自負は、こちらにもある。


「利害は一致しているわけだし、その話、乗ってもいいぜ」

「じゃあ、契約成立だな」


 青年は微笑を浮かべながら、手を差し出した。


「俺はカーフマン。シアードまでよろしく頼む、傭兵さん」

「慧太だ。こっちこそ世話になる」

 握手をかわす。とりあえず、これで次の町までの足が決まった。



 ・  ・  ・



 昼前、カーフマンの所有する馬車と合流した。


 二頭牽きの馬車。車体はボックス型、屋根と壁があり、多少の風雨も凌げる。多くの荷物が積み込めるよう大きくなっていて、大の大人が十人くらい余裕で乗り込めるスペースがあった。ただ、いまはシアードという町まで運ぶ荷物が相乗りなので、手狭であったが。

 積荷は、小麦粉のほか、工具が詰まった箱など。運ぶ次いでと便乗する品もあるらしい。


「町から町へ運ぶってのは危険と隣合わせだからなぁ」


 御者台にカーフマンが言った。


「そうなると、行き先が同じだからと当初の予定にないものまで預けられることもある」

「へー、そうなんですか」


 カーフマンの隣に座るユウラが相づちを打った。後ろが狭いので、御者台にいるのだ。キアハもまたそんな二人の後ろにいて、御者台からの景色を堪能している。


 一方、後ろでは運ばれる荷物の隙間をぬって、残る面々が腰を据えていた。

 積荷の間に挟まるように、サターナがちょこんと座っている。リアナは小麦粉の袋の山に背を預け、二日酔いで先ほどから唸っているアスモディアは、工具を詰めた箱の上でアルフォンソが変身したシェイプシフターベッドで横になっていた。……これでは、どちらが便乗かわからないな、とは慧太の皮肉である。

 慧太はセラと馬車の後尾にいて、そこから流れていくのどかな平原を眺めていた。


「盗賊、出ると思う?」

「まあ、出るんじゃないかな」


 慧太は淡々と言った。そのやる気を感じさせない口調に、セラは小首をかしげた。


「根拠は?」

「昨日、この馬車は襲われた」


 視線を馬車の壁、目新しく補修された箇所に向ける。


「取り逃がしたと思っているなら、村から出てきたところを襲おうと見張っているはずだ。特に護衛がくたばった今、格好の標的だろ」


 第二に――慧太は小さく溜息をついた。


「オレたち昨晩派手に酒場で金を使った。サターナはあんな身なりだし、奴隷なんか持ってる時点でそこそこ金持ちだって思われたはずだ。たぶん、あの場にいた賊の仲間にマークされただろうな」

「あの酒場に盗賊の仲間が?」

「油断するなって言ったろ」


 ここらに出没する盗賊なら、旅の拠点に出入りする行商や旅人を確認していてもおかしくない。


「そんなわけだから」


 慧太は迷惑そうにサターナを一瞥してから、視線を外へと戻した。


「たぶん、もうじき、この馬車は襲われる」

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