第205話、逃げる馬車、追う盗賊


「たまげたな」


 ダシュー団長は、自分が目にしている光景に半ば驚きを隠そうともしなかった。

 輸送馬車一台を襲撃する、さほど難しくない仕事だ。……もちろん油断すれば命を落としかねない危険なものではあるが。

 騎馬十騎が、たった一人の射手の弓に撃退された。運び屋は傭兵を雇っていたのだ。

 それならばと、さらに騎馬隊二つ、二十騎を投入したのだが――


「傭兵は、魔術師の集団だったのか……!」


 これは想定外の事態である。

 街道を進む荷馬車。その箱型の荷車からは、光の弾をおぼしき魔法、氷つぶて、稲妻の弾が放たれ、接近しようとする騎馬を牽制、または撃ち落していった。


 魔法使いが傭兵をやるのは希少な例だ。時々、護衛に雇われている者に魔法を使う者がいることもある。だがそれは、ごくまれな出来事であり、まして複数もいるなんてことはこれまで、間違って魔法教会の馬車を襲撃してしまった時以来だ。


「魔法を使っているのは、何人だ?」


 自身も望遠鏡を覗き込みながら、ダシューは言った。監視を担当する部下が声を上げる。


「三人かと!」


 光、氷、電撃――ダシューの見ているものと数は一致している。控えている幹部連中はざわめき、あごひげのマオスが唸るように言った。


「これでは馬車に近づけませんぞ!」

「敵は移動式砲台、三門で武装していると想定」


 ダシュー団長の声は、いつもと変わらなかった。動揺するでもなく、声を荒げるでもない。


「襲撃の際は、迂闊に固まるなと全員に徹底させろ」

「全員……」


 幹部たちが顔を見合わせた。


「それでは、我らも」

「おう。大規模攻撃演習にはうってつけの、歯ごたえのある敵だ」


 もっとも、もはや演習などと言ってられない状況だが――その部分をダシューは口には出さなかった。


「襲撃隊も投入する。が、まずは、足を止めねばな」


 普通に追っていては、徒歩で移動する襲撃隊が馬車に追いつけない。

 幹部のひとり、頬傷のリッケンが一歩前に出た。


「五番隊が先回りしていますが」

「狼煙で合図しろ。五番隊には襲撃ではなく街道を塞げと。……ラオ、魔獣隊は連中の前方に進出しているな?」


 バンダナを巻いた痩身の幹部が、口もとをゆがめた。


「ええ、まあ。進出っていうか、足が遅いので先にそちらに移動させてただけですが」


 不幸中の幸い、そう言いたいのだろうが、ダシューは無視した。


「では、全隊、移動だ」


 出発! ――街道を望む丘から、大盗賊団シャンピエンの本隊が動き出した。



 ・  ・  ・



 追手の騎馬部隊は、二方向に展開していたが馬車に近づくことができないまま、その数をすり減らしていった。

 セラの放つ光弾は弾速が速く、かわすのが困難。またサターナの氷塊は光弾よりも遅いが、近づくと飛んでくる数と攻撃範囲が増すため、距離を詰めさせなかった。そしてユウラの電撃弾は、側面部隊の頭を押さえる形で飛来するため、その機動を大きく制限した。


 それならばと、敵騎馬は馬上で弓やクロスボウを使って、こちらの術者を狙撃しようと試みた。馬上弓は、扱いが難しいとが、盗賊の中にはそれを苦なく扱う者がいるようだった。

 だが、それらも、弓のスペシャリストであるリアナが兆候を掴むと真っ先に射抜いたため、慧太たちは無傷であった。


 今のところ、こちらが有利だ――慧太は前方のユウラ、後方のセラ、サターナを見やり異変がないか確認しつつ、移動しながら戦況を見ていた。


 盗賊たちは有効な手立てが打てず、消耗していくのみ。命を惜しむなら、諦めて逃げ出しもおかしくない頃合だが、盗賊たちも中々にしぶとい。

 敵は早々に退却できない理由を抱えているかもしれない。ここで襲撃を成功させないと今日明日にも食っていくものがない、とか。あるいは……。


 ――何か手が残っていて、それを使うタイミングを待っている、か?


 増援、という言葉が真っ先に浮かんだ。

 慧太は舌打ちしたい気分にかられる。どうか取り越し苦労でありますように。


 街道を進む馬車。右側が土が盛り上がり、さらに木々が鬱蒼と生い茂る森に差し掛かった。……なるほど、騎馬が左側に展開したのは、右は森にぶつかるからか。このあたりをテリトリーにしている盗賊なら、地形は当然把握している。


「慧太くん!」


 ユウラの声。御者台のところまで移動し、青髪の魔術師の視線の先を追う。

 左側面にいた騎馬が速度を落とし後方へと下がっていく。


 何故だろう。不思議に思い、地形の先を見やる。

 左側の地形が街道のすぐ横から傾斜していて土手になっていた。おそらく左から追走しても土手で登れなくなるために側面から離れたのだ。……と、いうことはだ。

 慧太は右側の森を見る。前方から後ろへと流れていく木々。


「……!」


 風を切る音。

 矢が飛んできた。二本、三本――おそらくもっと。森に弓を持った盗賊が潜んでいたのだろう。うち数本が荷馬車の天井や壁に突き刺さる。


「ひぃっ!?」


 カーフマンが悲鳴を上げる。御者台、彼の座る股ぐらの近くに矢が一本刺さったのだ。


「危なかったな!」

「危ないどころじゃないっ!」


 わめく彼。馬車の天井から、リアナが覗き込むように顔を出した。


「第一波、すれ違った。まだ森に第二、第三の弓隊が潜んでいるかも」

「……止まらず進めってことだな」


 走っている間は、敵も一撃を放つので精一杯といったところだ。慧太は髪を掻く。


「いったいどれだけ盗賊野郎はいるんだ?」

「知らない」とリアナ。ユウラも「僕が知るわけないでしょう」と言った。慧太は肩をすくめた。


「今のは独り言だ」

「あー、森の話だけどな」


 冷や汗を流しながらも、カーフマンが言った。


「たぶん、この先に潜んでいる連中はそんなにいないと思う」

「何故だ?」

「じき、街道と森が離れるからだ」


 要するにこの先、森と街道のあいだの距離が開くということか。弓の射程から遠ざかるというなら、たしかに森に隠れての待ち伏せはないかもしれない。

 カーフマンの言ったとおり、街道に沿って走る馬車は、次第に右の森から離れていく。

 慧太は振り返る。


「後ろはどうだ?」

「敵はついてきてるわよ」


 サターナが答えた。


「ただ、距離を詰める気はないみたい」


 付かず離れずといった距離感。セラがこちらに顔を向けた。


「嫌な感じ。何かを待っているような……」

「考えたくないな」


 慧太は視線を前方に向ける。同じく前、特に森とは反対側の左側を見ていたユウラが口を開いた。


「土手の下。……あれ、盗賊じゃないですか?」

「……あー」


 少し先に、なにやら巨大なトカゲじみた魔獣が数頭と、盗賊らしい人影が十数人。街道下の土手に展開していた。


「嫌な予感がしてきた」


 こちらが街道を進めば、あの魔獣と盗賊どもが土手を駆け登り、側面を突いてくるというパターンか。かち合いたくないからと足を止めれば、追跡している騎馬が追いついてくる、と。

 嫌な挟み撃ちだ。 


「!? ああっ!?」


 カーフマンが、素っ頓狂な声を張り上げた。突然なんだと慧太は眉をひそめる。


「前、まえっ!」


 彼が言う前方――街道上で、木が倒れていて、しかも火がついていた。明らかに馬車を止めようとする障害物だ。馬が怖がるようにご丁寧に火まで点けて。……そんなことしなくても、馬車は跳んだりしないぞ――


「いいか、左の土手には逃げるなよ。そっちは盗賊がいる」


 あのトカゲの魔獣と相対して、馬車が通過できる可能性はほぼない。

 そうしている間にも、馬車は街道上に置かれた燃える大木の障害物に近づいていく。


「足も止めるな」

「いや、でも――」

「止めるな」


 慧太はカーフマンの肩を叩き、ついで後ろの様子を見ようと下がる。

 左がダメなら右へ。森から距離が開いたので、街道からは外れるが一応走れるだろう。だがその分、馬車の揺れは今以上に酷くなるので、セラたちにも警告しようと慧太が口を開きかけたまさにその時だった。

 馬車が道をはずれ、ガクンと大きく揺れた。同時に傾く――左へ。


「おいおいおい!」


 慧太は踏ん張って転倒を免れると御者台に戻った。


「なんで、左へ行った!?」


 馬車は土手、その緩やかな傾斜面をくだっていた。当然ながら、その前方には魔獣を含めた盗賊連中が待ち構えている。


「だって止まるなって!」

「右へ逃げればよかっただろう!?」

「右には盗賊の騎馬隊がいたんだ!」


 カーフマンが怒鳴った。要するに、もう一隊、敵騎馬隊が待ち構えていたということだ。

 じゃあ、何で止まらなかった? ――と聞いたところで、多分答えは決まってる。止まるなって、言ったじゃないか、と。


「もう、止まるしかないな」


 土手へと下ったところで、カーフマンは馬車を止めた。前方に魔獣と盗賊。側面と後方には盗賊の騎馬隊。

 この状況を一言で表すなら、『最悪』だろう。こちらは完全に足が止まり、多数の盗賊たちに包囲されてしまったのだから。

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