第193話、「気持ち悪い」


 平原の一本道で、馬車は止まっている。

 その客車の中。

 金髪碧眼の少年は、セラの腰の上に馬乗りになり、下半身の動きを封じた上で、手枷まではめて抵抗を封じた。彼は獲物を見下ろす肉食獣じみた視線を向ける。


「狼人どもにさらわれたのは覚えているよね? あれ、ボクが彼らに頼んだんだ」

「あなたが……私を」


 セラは敵意を露に、少年――トラハダスのキャハルを睨んだ。


「怒った?」


 キャハルは、くすくすと笑った。


「だって、ボクは早く君と一緒になりたかったから。でも残念ながら、君のお供が狼人どもを退治しちゃったんだよね。案外使えない奴らだって、とてもがっかりした」


 悲しそうな顔をするキャハル。表情がころころと変わるが、どれもわざとらしい。


「だから、今回はボク自ら動くことにしたんだ。他の連中を当てにするのはやめた。……それが正解だった。こうして君を手に入れたんだからね」

「……私はあなたのモノになったつもりはないけれど」

「? ふ、ふふっ」


 おかしそうにキャハルは笑った。


「いまはまだ、誰のものでもないと言い張るわけだね。気丈だ。だからこそ押し倒してしまいたくなる。大丈夫、身も心もボク色に染めて、ボクなしでは生きられなくしてあげるから」


「頭、大丈夫?」


 セラは辛らつだった。


「気持ち悪い」


 キャハルは一瞬眉をひそめた。思いも寄らない反応だったのだろう。 


「ボクの知ってるセラは、そんなふうには言わない」

「あなたは私の何を知っているというの?」

「そう言われちゃうと……そうだね、ボクは君のことを全然知らないかもしれない」


 だけど――少年は天使のように笑った。 


「でもこれから知ればいいんだよ。ボクは君の隅から隅まで、すべてを愛したい」


 キャハルはセラに組み付き、その首筋の匂いを嗅いだ。生理的な嫌悪がこみ上げ、セラは顔を歪めるが、キャハルはその反応も愉しそうに見つめた。


「やめて」

「やめない」


 キャハル少年はセラの胸に触れた。


「女性の、胸に触るというのは……」


 嫌がるセラを無視して、その胸の感触を服ごしに堪能するキャハル。


「あなたには、早いと思うわ」

「そうかな?」

「それとも、まだママのおっぱいが恋しいのかしら?」

「ママ? さて、ボクにはママと呼べる人はいないよ」


 キャハルは、セラの胸からお腹へと指を滑らせながら、ふと半身を起こした。


「セラフィナ、君がボクのママになってくれる?」

「ひどい甘えん坊だこと。いったい何が、あなたをここまでさせるの?」

「好きになってしまったんだ、どうしようもなく!」


 キャハルは声を張り上げた。


「ボクは君を愛する! だから、君もボクを愛しておくれよ!」


 少年の手が、セラの下腹部へと伸びる。キャハルはセラの腰の上に乗っているために、じかにそれを見ているわけではないが、後ろに手を伸ばし、その感覚で、セラの大事な部分へと迫る。


「ちょっと、そこは――」

「そこは何?」


 嗜虐しぎゃくに満ちた表情を浮かべるキャハル。


「抵抗してみれば? 無理だろうね。こうして上に乗っているわけだし、魔法だってその首輪が封じているし」


 その手は、銀髪のお姫様の短めのスカート、その『盛り上がっているもの』に触れた。


「……?」


 一転して、キャハルの顔が強張った。セラは気恥ずかしげに顔を逸らしている。しかしその青い眼は、ちらと少年を見つめている。


「これ……は、なに……」

「なにって、ナニだろう?」


 セラがニヤリと笑った。その表情は、それまで羞恥に染めていた少女とは別人のものに見えた。


「誰だ、お前は!」


 キャハルは吠えた。


「ボクのセラフィナじゃないな!」

「ああ、お前のセラじゃない」


 セラだったものが変わる。黒い短髪、威勢のよさそうな顔立ちの少女――けいに。


「あと抵抗できないと見るのは甘いぜ?」


 手枷付きの手を振り上げ、キャハル少年の胸に一撃を当てた。その華奢な身体が跳ねとび、客車の壁に激突する。


「あー、気持ち悪いったらありゃしない。お前、全然ダメ。そんなんで女を口説けるかよ」


 慧は手枷を素早く解除した。目の前で別人となった少女に、キャハルは驚愕する。


「そんな! 変装していたのかっ!? ボクのセラフィナはどこ?」

「だから、お前のセラじゃねえよ!」


 手を伸ばし、荒々しくキャハルの祭服の襟を掴み上げる。


「本物のセラなら、明け方にオレと入れ替わって、町の外にいる」


 日が昇る前に領主の館に忍び込み、セラの姿で彼女を迎えに行った。物凄く吃驚(びっくり)されてしまったが……。


「バカな! 町の外に? どうやって」

「お前、ほんとにセラのこと知ってるのか?」


 呆れも露に、慧は溜息をついた。


「空を飛んだんだよ。セラは天使だからな。その羽根で城壁なんてひとっ飛びさ」


 天使と言うのはもちろん冗談だが。

 一人で飛ぶだけなら何の問題もない。ここで仲間たちを――となると面倒ではあるが。だから彼女を先に町の外へ退避させたのだ。本体・・が上手くやっていれば、ユウラたちと合流しているだろう。


「天使……」


 呆然とするキャハル。慧は正面から睨みつける。


「聖教会の司祭様ってんで、どこか適当なところまで付き合って『さよなら』するつもりだったが、お前がトラハダスの一員だってんなら話は別だ」


 邪神教団の連中なら、聞きたいことが山ほどある。……しかも、セラを狙っていた本人であるなら特に。


「……ひとつ聞いてもいい?」

「何だ?」

「君、女の子? 股間にはえてたよね……?」


 そこかよっ! ――いや、セラの変身を解く時、本来の自分の姿に戻るつもりだったのだが、何となくこいつの前で正体明かすのが気が引けて、女の子形態である『慧』の姿を選んだのだ。……今にして思えば、失敗だったかもしれない。急に羞恥をおぼえて顔が真っ赤になってしまったが、今更手遅れである。


「るせぇよ、はえてるわけねえだろ!」

「じゃあ、ボクが触ったのは……」

「知るか! このエロガキ」

「ガキっていうけど、外見上はボクより二、三歳上なだけだよね、お姉さん」


 四、五歳くらいじゃないか――と思ったが、そんなことはどうでもいい。


「とりあえず、トラハダスのこと、洗いざらい喋ってもらおうか。そしたら殴るのは二、三発で勘弁してやらんでもない」

「二、三発は殴るんだ」

「当たり前だ。お前がセラにしようとしたことを思えば、二、三発で済んでありがたいと思え」


 好きだという女性に無理やり首輪と手枷かけるような奴だ。……もっと殴るべきだろうかと思った。


「何が聞きたいの、お姉さん?」

「そもそも、トラハダスって何なんだ?」


 慧は問うた。

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