第192話、警戒線突破


 派手な爆発が起きた。

 ヌンフトの町の南側――倉庫街のほうだ。もうもうと上がる黒煙は、そこで大規模な火災が起きていることを物語っていた。

 都市城壁東門。賊の脱出に備え、警備を強化していたニーダ騎士長は、やってきた騎兵の報告に耳を疑った。


「なにぃ!? 連中の馬車が火薬倉庫に突っ込んだ!?」


 時々、聞こえてくる爆発は火薬の誘爆か。しかし疑ったのは、中央広場から仲間を救出した例の賊たちが逃走の果てに事故を起こし、爆死したことだった。


「かなり無茶な逃げ方をしていましたから……曲がりきれなかったかと」


 報告の騎兵は首を振った。ニーダ騎士長は厳しい表情のままだった。


「それで、連中は一人残らず……?」

「はっ。馬車が火薬庫に突っ込んだ後、強烈な爆発に倉庫ごと吹き飛びましたから……あれで生きているなんて、ありえません」


 死体は確認できないほどバラバラに――そう続ける騎兵を、ニーダ騎士長は止めた。


「もういい。……まだ現場は燃えているのだろう? 消火活動が必要だ。他の物資に燃え移ったりしたら厄介だ。……カーマリアン!」


 騎士長は、門の前に待機している三台のゴレム――鋼鉄の二足歩行兵器に視線を向けた。


 高さ二・五ミータメートル。四角い胴体、その上面に操縦席があり、搭乗員が上半身をむき出しの格好で乗っている。胴体側面には、細く長い腕が二本。脚もまた逆関節――いわゆる鳥脚型のものが二本あって、石畳の上に立っている。地面との設置面を増やすために、つま先とかかと部分が鉤爪型に長くなっていた。


「倉庫区画へ移動! 消火作業の支援に向かえ!」

「了解です!」


 操縦席の騎士カーマリアンは、操縦桿とフットペダルを操作し、ゴレムを歩かせた。

 機械音を響かせ、カーマリアン機と僚機である二台のゴレムが続くが、その動きはどこかぎこちなく見える。……実は鋼鉄製の戦闘兵器と銘打ってあるが、その歩行速度は早くなく、機動性に問題ありだった。


 ニーダ騎士長は連れてきた部下たちを率いて、自身も消火活動に加わるべく移動する。……本当に連中がくたばったのか、この目で確かめる必要があった。


 東門が平常どおりに戻る。いや、本来いるはずの待機分隊が中央広場に狩り出されたため、最低限の人数で動かしていた。

 町の外からやってきた狩人と、担当官がやりとりを交わす。

 そこへ、町から外へと出ようとする黒いフードと外套に身を包んだ一団がやってきた。何とも不審な一行だが、その先導をしているのは守備隊兵だった。


「おい!」


 五人いる担当官のうち、手空きの二人がその一団の前、先導する兵を呼び止めた。


「そいつらは何だ? どこへ連れて行く?」

「町の外だ」


 先導する兵は答えた。担当官を務める年配の兵は怪訝な表情になる。


「……お前、エリックだったな? 西門担当の」

「そうだ」


 先導する兵――エリックは頷いた。彼は後ろにいる黒いフードで顔を隠している一団を見やる。


「昨日、巡礼者ということで中に通したんだが……そのうちの一人が疫病にかかっていたことが発覚してな。撒き散らされるとヤバイってんで、即刻追い出せってさ」

「お前、西門だろ? なんでこっち来てるんだよ」

「知らないのか?」


 エリックは兜のひさしを撫でた。


「先ほど西門で爆発があってな。いま封鎖中なんだ」

「爆発!?」


 東門の担当官らは驚いた。エリックは頷いた。


「なんか今日はどこも大変みたいだな。採掘場とか広場とか……ついさっき倉庫街でも爆発があったって?」

「ああ、先ほどまでニーダ騎士長殿がここにいたんだ」

「へぇ、騎士長殿が」


 エリックは頷いた。


「で、オレは、この一団を町から追い出すよう命令されてるけど……通していい? それとも、うちのボスの確認をとるか」

「……ヤバいのか?」


 担当官の一人が、疫病に掛かっているとされる人物を見やる。よくよく見ればフードの奥で包帯らしきものが見えた。


「ああ、さっさと追い出したい。うつされたくないから、あんたらに任せて西門に帰ってもいい?」

「あー、お前の任務だろ、お前がやれよ」


 面倒は押し付けるな、と担当官らは首を横にふり、さっさと行けと指で指し示した。エリックは嘆息した。


「……どうも。東門の連中は親切すぎて泣けるね」


 たっぷりの皮肉を込めてエリックは言うと、黒フードたちを急かした。一団が門を抜けていくのを担当の兵らは見やり、首を振り、そして仕事に戻った。

 エリックはそんな部署違いの兵たちを眺め、黒フードの一団の後尾につける。城塞都市を抜け、一本道をひたひたと。


「……そろそろいいですか?」


 黒フードの一人――ユウラが口を開いた。エリックは首を振った。


「もう少し待て。まだ城壁上から見えてる」


 ヌンフトの町を囲む壁は高いのだ。少し離れた程度では、まだまだ視界に入ってしまう。


「エリック、ですって……?」


 黒フードを被ったまま、アスモディアは口もとをゆがめた。


「ほんと、こっちはヒヤヒヤものだったわ」


 なおフードの奥の彼女の髪は、ふだんの赤毛ではなく金髪であり、また髪を三つ編みにしていた。……もともと魔人の特徴を消すことができる召喚具現体の身体だ。髪の色を変えるくらいわけがなかった。


「ケイタならこれくらい問題ない」


 包帯を巻いた少女――リアナが呟くように言った。黒フードを被った狐少女は、ヌンフト守備隊の手配特徴に一番引っかかりやすいため、守備隊が調べるのを躊躇うような疫病持ちを演じたのだった。

 キアハが口を開いた。


「ケイタさん、その顔は――西門にいた人の、ですか?」

「ああ、オレたちを審査した兵士の後ろにいた記録係」


 エリックは、その顔を本来の慧太のものに戻した。都市入場の審査の場にいた兵士の顔は何人か頭の中に入れてあった。短い間でも、周囲の人やモノを観察する。それがシェイプシフターの能力を活かすために必要な力である。


「後は、セラとサターナ、アルフォンソと合流すれば、一件落着だな」


 慧太は守備隊兵の格好で、城塞都市を見やった。



 ・  ・  ・



 こんなはずでは――ヌンフトの町の東門へ向けて、黒い魔術師ローブをまとうクルアスは歩いていた。

 肩で風を切りながら、速足で進む。

 内心では、激しい怒りにも似た感情が滾っていた。自然と眉間にしわがより、元来厳しい表情である彼を、さらに近寄り難い雰囲気をまとわせていた。

 サンプルであるキアハが、こちらに不服従の態度をとったので切り捨てた。彼女を奪い、トラハダスに敵対した連中も、城塞都市の者たちを利用し投獄――それで始末がつくはずだった。


 だが結果的にみれば、クルアスの想定とは違う形となった。

 奴らは脱走し、あまつさえ中央広場からキアハを救い出して逃走するという離れ業をやってのけた。……他に手引きした者がいなければ、ここまで素早い奪回行動など不可能だと思う。


 とはいえ、連中は町を逃走している最中、火薬倉庫に突っ込んで、あっけなく死んでしまった。さすがに、そうそう都合よく世の中回らないということだろう。

 ざまあみろ、という言葉をクルアスは使わないが、それが連中に向ける言葉としてあっている気がした。……こちらの予想以上に動いて見せた連中にしては、お粗末な最期であったが。


 ――もうこの町に用はない。


 すっきりしないものを抱えつつ、クルアスは通りに差し掛かる。


 建物の影から、すっと人が現れた。


 漆黒の黒髪をなびかせた、十代半ばくらいの可憐な少女だった。同じく黒のドレスをまとう姿は、ただの町娘には見えず、どこかの貴族令嬢のようでもあった。

 ふと、少女と目が合う。その瞳は、紅玉色。


「あら――あなたが、クルアス?」


 少女がその名を口にした。初対面に違いないその相手から、名前を当てられたことと、彼女がまとう只ならぬ気配に、クルアスは警戒を露にする。


「貴様、何者――」

「アルフォンソ!」


 少女は声を張り上げた。

 ふっと、クルアスは影が太陽光を遮ったことに気づき、振り向く。


 そこにはのっぺりした仮面をつけた身長二ミータメートルほどの大男が立っていた。あまりに至近。そして気配を感じさせずにすぐそばまで来ていたことに、クルアスは驚愕する。


 だが次の瞬間、仮面の男の拳がクルアスの腹部に炸裂した。身体は九の字に折れ、魔術師は石畳の上に倒れ伏す。

 意識を失う寸前、黒髪の少女が艶やかに笑みを浮かべながら見下ろしているのが目に入った。それはまるで、哀れな犠牲者を残虐までに見やり、改造手術を行わんとする研究者のような冷たさだった。

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