第194話、トラハダスの目的
トラハダスとは何だ、という
「邪神教団。邪神トラハダスを信仰するエセ教団、かな」
答えてやった、という不遜な態度だ。こちらは少年の襟元をつかみ、凄んでいるのだが、まるで怖がっていないようだ。……女の姿をしているから舐められているのだろうか?
「エセ教団ね」
慧が言えば、キャハル少年は口もとをニヤつかせるのである。
「本当に神様と思って信仰しているのは、下っ端の馬鹿たちだけだよ」
「ほう、お前は違うというのか?」
「違う」
キャハルは淡々と答えた。
「教団の上のほうには、表沙汰になったら首が跳ぶような行為に身を染めている者もいる。金や女にしか興味がない俗物とか、生体実験と称して生き物を改造したりする狂人――」
「クルアスみたいな?」
「そう、クルアスみたいな」
そこでキャハルは、じっと慧を見つめた。
「ただ、そういうのは幹部でも半分くらい。残り半分は――」
意味ありげに声を落とす。
「この世界を壊そうって企んでいる」
「世界を、壊す……!」
思いがけない言葉だった。驚く慧に、キャハルは冷めた視線を向ける。
「いや、邪神なんて信仰する組織なんだ。世の中への不満や復讐心を利用して、破滅的な方向へ持って行こうとするのは、そう不自然な話じゃないよね?」
「いや不自然だろ。普通に考えて」
「だから、普通じゃないんだって」
キャハルは言った。慧は首を横に振る。
「邪神教団としては、確かに正解かもしれねぇけど、世界を壊そうなんて……」
「イかれてる?」
「そうだ」
視線鋭く、キャハルを睨む。
「とにかく、それがお前たちトラハダスの目的というわけか?」
「思想の主流はね。残る半分は世界の破滅に意味を見い出せず、私利私欲に走っているよ」
「お前はどっちだ!?」
ボク? ――キャハルは眼を丸くした。
「そうだな……ボクは『観察者』だから。組織主流派に協力的ではあるけれど、世界の破滅は別段興味はないなぁ」
どこか他人事のような言い方だった。
「今回のことを考えれば、どちらかと言えば私利私欲を優先したかも」
「どういう意味だ?」
「えー、君には関係ない話さ。個人的な理由だよ」
「……一発殴ろうか?」
右の拳を固める慧。キャハルは首を横に振った。
「野蛮だよ。ボクは協力的に君にお話しているじゃないか」
「だったら答えろ」
「うーん……。セラフィナに恋焦がれたから、ここにきた」
「ふざけるな!」
「本気だよ!」
キャハルが怒鳴った。
「さっき、君がセラフィナだと思って語ったことは全部本当のことさ。他に意味はないよ」
「本当に、そんな理由か?」
「そんな理由って……ボクにとってはとても大事な理由だったんだけど」
口を尖らすキャハル少年。年齢相応に拗ねているようだった。慧太は荒々しく息をついた。
「トラハダスがセラを狙ったのは?」
「ボクの個人的な理由。だから、トラハダスが狙った、という表現は間違い」
「つまり、お前以外の連中は、セラに関心がない?」
「今のところは」
キャハルは答えた。
「ただ、アルゲナム、白銀の勇者の末裔だから、どこかで衝突する可能性はある。……クルアスが君たちを罠にかけたようなみたいなことは、今後あるかもしれない」
「クルアス」
そういえば、トラハダスということはこの少年は、クルアスの仲間である。
「お前も、オレたちを罠にかけたんだろうが!」
「それは早とちりだよ。現に、ボクはセラフィナを町の連中の尋問から助け出したんだよ? 彼女、尋問官に殴られていたんだから」
「なんだと!?」
これにはカッとなる慧だった。
「ボクはセラフィナにしか興味がないから、他の者がどうなろうとどうでもよかった。だから今回の件で恨むなら、クルアスだけにしてくれよ」
「お前、本当にクルアスの仲間か?」
キャハルの言い分に慧は眉をひそめるのだった。
「仲良しこよしか、という問いなら、あいにく『違う』と答えておく。あいつは
一枚岩ではない、どころではない。各々が自分勝手に動いている印象を受ける。慧は、トラハダスという教団組織がよくわからなくなった。
「さあ、お姉さん。そろそろいいかな? ボクはお姉さんに問いに正直に答えたよ。ボクをどうする? 殺すの?」
トラハダスは敵――その認識は間違っていないとは思う。だが目の前の
が、それを持って殺すというのはどうなのか、と迷いを覚える。教育してやるのは望むところだが、そんな暇はない。
かといって放置するのは危険だ。何より、こちらの怒りや敵意に対して、まったく怯むところがない。死を恐れていない印象すら与える。
――本当にコイツ、ガキなのか?
一発殴ってみればわかるかもだが、それでは単に苛めているみたいで格好がつかない。
「セラのことを諦めろ――と言ったら、聞くか?」
「聞かない」
キャハルは即答した。
「彼女は自分の国を取り戻すために一生懸命頑張ってる。……それを応援してやろうという気持ちは?」
「お姉さん、それ本気で言ってる?」
「うん、オレも言っててないわーって思った」
つまり、甘いのだ――慧は、少年を放した。
「何でだろうな。たぶん、オレはお前を殺すべきだと思うんだ」
「それはね、きっとお姉さんが優しいからだと思うよ」
キャハル少年は笑みを浮かべた。天使の微笑み。……ますます殴り難い。
「お前は何でトラハダスなんかに入っているんだ?」
「言ったでしょ、ボクは『観察者』だって」
キャハル少年は客車の戸を開ける。
「『見る』ことが仕事なんだよ」
「……行くのか?」
「だってここにはセラフィナいないし」
キャハルは外に出た。慧はその後ろにつく。
「じゃあ、これからセラを探すのか?」
「そうしたいけど、お姉さんはそれを許してくれないでしょ」
ニコリと笑顔でそんなことを言うのだ。慧は苦笑した。
「わかってるじゃねーか」
「その言葉遣いは乱暴だよ、お姉さん」
「ほっとけ」
女の格好をしているが、本体は男なのだ。……それを知ったら、この少年はどんな顔をするだろうか? この余裕ぶった態度も崩れ、みっともなく喚き散らすだろうか。
――ま、言うつもりはないけどな。
キャハル少年は御者台へ。そこには初老の御者がいて、こちらの様子を眺めていた。
「ここまでご苦労さん、帰っていいよ」
お金を渡し、馬車を引き返させる。どうやらヌンフトの町で雇った者だったようだ。離れ行く馬車を眺めながら、キャハルは言った。
「ボクも実はそう暇ではないんだ。だから、しばらくセラフィナには会えないなぁ」
だからここで手に入れたかったんだけど――と少年は笑うのである。やはり一発痛い目見させるべきか――慧は拳を振るうか迷った。
「それまで、君たちに彼女を預けておくよ。……彼女に傷をつけないでくれよ、お姉さん」
「言われなくてもそのつもりだ」
慧は苦々しい気持ちになる。……これがガキでなくて、武器や魔法で攻撃してきたら返り討ちにしたものを。半端な悪党で、まだ幼い外見となると、命まで奪うのを躊躇ってしまうのだ。……つくづく甘い自分に歯噛みする。
「だがな、覚えておけよ。あくまで執行猶予だ。お前がやっぱり捨て置けない外道なら、すぐにあの世に送ってやるからな」
「怖い怖い。まあ、覚えておいてあげるよ、お姉さん」
生意気な笑みと共に、キャハルは背を向けて歩き出した。完全にこっちに小馬鹿にしている。
「……言ったからな。トラハダスの評判どおりの悪党だったら、どこにいようと瞬時に――」
――殺す。
すでに『種』はつけた。何もせずに見逃したりはするほどお人よしではないのだ。
慧も
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