第181話、脱走
「まー、そういうわけだから、新入り。ここで跪け」
山賊の頭領じみた顔のむさ苦しい男が濁声で告げた。
慧太とユウラの前、一段高い台の上から見下ろす、この薄汚れたガタイのいい荒くれ男が、ここの囚人たちのボスを気取っているらしい。
囚人居住区画では、食事の時間だった。ボスらしい男のそばに山盛りとなった食器。その周りを固める男たちは、みな体格がよく手下のように振る舞っている。
「最初に格付けして立場を教える……そういったところかな?」
慧太が呟けば、ユウラは苦笑した。
「動物並みのやり方ですね」
「腕力で決まるということだろう? わかりやすい」
「わかってますか、慧太くん? 僕ら、彼らに舐められているんですよ」
「野郎を舐めたり舐められたりする趣味はないぞ」
慧太は皮肉げに笑った。
「それはともかく、外見では細いからな、オレたち」
「あと慧太くんは、こちらでは歳より若く見られがち――」
「何をお喋りしてやがんだ、ひよっこども!」
ボスは怒鳴った。取り巻きたちはニヤニヤしていたが、離れた場所で食事中の男たちの中にはビクリと身体を奮わせた者が何人か。……あっちが底辺組か。慧太は一瞥だけした。
「さっさと、跪くんだよ! お前らもその邪魔な手枷、はずしてほしいだろ?」
手の中で鍵を弄ぶボス。……そういえばまだ手枷ついたままだった。慧太は自身の両手首を拘束する鉄板を見た。
「あとメシの時間も決まってる。早く喰わないと深夜までお預けだ」
そういって取り巻きの一人が、新入りである慧太たちの食事の乗ったトレイを見せる。今頃昼とは、ここの昼飯は遅いのだと思った。……それに、随分と盛りが減らされているように見える。
「とりあえず、ランク決めの儀式なんだろう」
慧太は呟いた。ここで簡単に膝を屈して連中の言いなりになるか、少しは骨のあるところを見せて、取り巻き格に置いてもらうか、という。
「どうせ長居する気はないんだ。適当にあしらっておけばいいよな、ユウラ?」
「どうぞ、お好きに」
ユウラは数歩下がった。一方で慧太は前に出た。
「無視してもいいけど、それじゃああんたらが絡んでくるから、先に言っておくわ。せっかくの申し出だが、お断りさせてもらう」
「なぁにィ?」
ボスは顔をゆがめ、迫力を増す一方で醜さが増した。
「ここでオレ様の好意を無駄にするとは、馬鹿な奴だな」
「頼み方がなってないんじゃないかな? 跪いてください、って言ってみなよ」
慧太は嘲笑した。ボスは豪快に笑った。
「言うじゃねぇかガキの癖に。だが口だけ回っても、手も足もでねえのはお前のほうだろうがよ!」
笑いは引っ込み、顔を真っ赤にして怒鳴る。ボスが指を鳴らせば、取り巻きの
「地べたに這いずりまわらせて、みっともなく詫びを入れさせてやらぁ。軽く捻ってこい!」
男どもが迫る。とりあえず三人。慧太は手枷をかけられた腕を少し前に出した。
「手も足もでないってのは思い込みじゃね?」
「足が出るってか!? だったらやってみろ」
先頭の男が、丸太のように太い腕を振り上げた。それを慧太めがけて叩き込む。
ガキン、と鈍い音。慧太の腕を拘束する鉄の手枷に拳が直撃したのだ。痛がる男に、慧太は呆れ顔。
「あのさ、お前ちょっとオレを馬鹿にし過ぎてね?」
皆の視線が、痛がる男に向けられた刹那、慧太の手首から先が細くなり、手枷の穴からその手を抜く。
「はい、これで両手が自由になりました」
慧太は手枷の穴を掴み、鉄板状のそれを武器に、次に向かってきた男の顔側面を殴りつけた。
「おうふっ……」
二人目が殴られた箇所を押さえながら、その場に倒れこむ。
「野郎っ!」
三人目――慧太は鉄板を返すが、男はそれを避け、殴打の姿勢。だが慧太は素早く鉄板を往復させ、男の膝に鉄の枷をぶつけた。激痛にのたうつ男の顔面にパンチを入れて悶絶させる。
周りがどよめく。慧太は手にした鉄の手枷を捨てた。そして両手を前に出し、指をくいくい、と。
「次はどいつだ?」
「くぅう~。やっちまえ!」
らぁぁっ、と声を張り上げ向かってきたのは五人。――まあ、そんなものだろう、取り巻きの数は。
慧太は迫る拳や蹴りを、自身の腕でいなす。まるで両腕が剣であるように使い、相手の攻撃を弾き、滑らせていく。そして蛇のように内側に潜りこませてカウンターを入れる。襲ってきた奴から順番に仕留めた結果、十秒もかからなかった。
「傭兵を侮るなよ」
慧太は、ボスに迫る。山賊の頭領じみた風格のあったボスは、しかし滑稽なほどうろたえている。
「ま、待て! お前、腕が立つな! どうだ? オレ様の片腕となれ。そうすればここでいい生活をさせてやるぞ!」
「長居するつもりはないんだ。……それに、オレはお前を信用しない」
「えっ?」
慧太は頭突きをかました。ボスは、石の直撃に等しい一撃を喰らい、昏倒した。
「……手枷の鍵なんか持っている囚人が信用できるかっての」
大方、ここの守備隊――看守連中の仲間か、つるんでいるのだろう。囚人連中を統括し、余計な分子や反乱を未然に防ぐための。……まあ、単に手癖が悪いだけかもしれないが、どうでもいい。
慧太は自身の首にある首輪を撫でる。先ほどから違和感が半端なかった。撫でてみて、鍵穴を確認。自らの指を突っ込み、形を鍵にあわせて回す。首輪がはずれた。
どたどたと外が騒がしくなった。周りで様子見を決め込んでいた連中が、離れるような仕草をとる。……どうやら看守を呼んだやつがいたらしい。
複数の足音。ここで連中がやってくると厄介だ。事情説明するのも面倒だし、だいたい何を言えばいい? 問答無用でこちらをここに放り込んだ奴らだ。
そうであるなら、慧太はその場で姿を変える。
服装が、ここの看守と同じ緑色の服に。頭には同じく緑色の革帽子を被る。顔つきもまた、三十代後半程度の無骨な男のものに変わる。
それを目撃した囚人らは目を丸くする。やがて、看守たちが踏み込んできた。
「貴様ら、何をしているか!」
怒声が駆け抜け、ざわついていた囚人たちは押し黙る。看守に化けた慧太は、気絶しているボスの傍で、ゆったりとした仕草で振り返った。
「囚人同士の乱闘だ」
落ち着いた口調で言えば、駆けつけた看守らは、その場でのたうつ男たちを見やる。
「あと、新入りが一人逃げたぞ。まだそう遠くへ行っていないはずだ。捕まえろ!」
「脱走!?」
看守たちが慌てて、部屋を出て散らばる。
「お見事です、慧太くん」
傍観者に徹していたユウラが皮肉げに言えば、看守姿の慧太は彼のもとへ歩み寄った。
「オレがいてよかっただろ」
青髪の魔術師の手枷、続いて首輪を、先の指の形を鍵に変えることで解除する。ユウラははずされた首輪を見やる。
「助かりました。この白い石、魔法を封じる効果があるので、いざという時、本領を発揮できないところでした」
「この石がね」
妙な首輪だとは思っていた。
「まったく使えないのか?」
「普通の魔術師なら」
「あんたは普通の魔術師じゃないだろ」
枷をはずした慧太だったが、すぐに自らの身体から、首輪と手枷を模写したものを作ってユウラへとはめていく。
「まあ、僕なら威力は抑えられたでしょうが使えました……で、慧太くん?」
「外を出歩く時、あんたが手ぶらだと他の看守たちが怪しむだろう」
慧太は、囚人を護送する看守のように振る舞い、ユウラの背中を軽く叩きながら部屋の外へ出る。
「他の囚人たちは、どうするんです? 騒ぎになりませんかね?」
「すぐには騒ぎにはならないだろう。……正直、一瞬で看守になったりする奴を見て、自身の目を疑っているところじゃないか?」
人間、自分の理解を超えるものを目の当たりにすると、呆然としてしまうものだ。
「とりあえず、リアナを探して――」
「ここにいる」
ふっと背後から降ってきた。金髪碧眼の狐娘だ。自力で脱出し、どうやら天井に張り付いていたらしい。
「早々に合流できてよかった。怪我はないな?」
「愚問」
リアナは答えた。そんな彼女に慧太は、やはり手枷をかけていく。リアナは手枷のついた手で、首もとを指した。
「これ」
はずして、という意味だろうが、慧太は帽子のつばに触れながら答えた。
「後でな」
さて、ここを脱出だ――慧太は言った。
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