第179話、取調べ


 慧太たちを乗せた馬車は守備隊本部拠点へと到着した。

 馬車を降りると、そこにいかにも上官といった風の男が待っており、何やら書かれた紙と、慧太たち囚人を見比べて、二つに分けた。


 セラ、アスモディア、キアハと、慧太、ユウラ、リアナの二組だ。前者三人は本部建物の入り口へと兵たちに連行され、後者三人は再び馬車に乗せられた。


 慧太は焦る。セラたちと引き離されたのだ。これではいざ何かあった時に、助けられない。

 移動する馬車。いったいどこに向かうのだろう。慧太はユウラを見やる。


「取り調べのはずだよな?」

「そのはずです」

「じゃあ、なんで引き離された?」

「さあ、僕が知るわけないでしょ」


 ユウラは正直だった。慧太は次の質問を浴びせた。


「なんで、セラとアスモディアとキアハなんだ? 男女でのグループ分けならリアナもそうだろ?」

「……狐人だから、かも」


 青髪の魔術師は肩をすくめた。手枷をかけられたまま、リアナは無言を貫いている。


「なるほど」


 慧太は視線を転じた。馬車は例の街の北側に突入した。石畳の舗装がなくなり、途端に馬車の揺れがひどくなる。思わず壁に寄りかかって、転倒を免れる。


「ひどい道ですね」

「取り調べのはずだよな?」


 先ほどの問いを繰り返す。


「オレたち、まだ取り調べされていないぞ?」

「そうですね」


 ユウラは溜息をついた。


「慧太くん、セラさんやキアハさんが心配なのは分かりますが、少し落ち着いてください」

「アスモディアはいいのかい?」

「彼女は死にませんから。……いちおう」

「いちおう?」


 聞き返せば、ユウラはそっけなく言った。


「いちおう解体する方法はあります。彼女を正しく魔力の具現体であることを理解すればね。もちろん、そうなれば彼女は死にますが」

「!」

「大丈夫ですよ。そう簡単な話ではありませんから。アスモディアは問題ありません」


 慧太は小さく首を振った。小さな窓から外を見やる。ちょうど採掘している壁面が見えた。足場が組まれていて、そこで服装に統一感のない連中が岩を削り、掘っている。


「……あれは」


 慧太はじっと凝視する。岩肌の中から鉄のようなものが剥き出していた。作業している連中はそれを掘り出しているようだった。そしてそれは――巨大な人型。


「ロボ……ット?」

魔鎧まがい、ですか」


 ユウラも隣の窓からそれを見やり呟いた。

 マガイ――たしか、以前その言葉を聞いたような。慧太は記憶をたどる。ハイマト傭兵団のアジトを脱出した際に出くわした機械ゴミの山『ジャンクヤード』で出た話だ。

 この世界での遥か昔にあった文明が持っていたとされる、人が入る機械製の大鎧。鋼鉄の巨人兵とか言われ、その残骸が発掘されることはあるのだとか。……つまり、ここもそうした遺物の発掘場だということか。


 やがて、馬車は止まる。馬車を降りて、広大な採掘場を視野に捉えれば慧太は皮肉げに口もとをゆがめた。


「取り調べはカットされたらしい」

「ええ、どうやら僕らは調べられることなく有罪を言い渡されたみたいですね」

「……」


 リアナは無言。ユウラは続けた。


「まあ、尋問されなくてよかったと思います。この手の取調べなんて、どうせ理不尽に殴られるだけですから」


 正しい取り調べはされない、ということか? ――慧太は肩をすくめた。


「有罪だとして、とりあえず死刑でないなら、強制労働ってところかな?」


 懲役何年だ? ――と冗談を言えば、ユウラは笑った。


「終身刑かもしれませんよ」

「笑えない冗談だ」


 これから待っているのは、ここの薄汚れた作業員だが囚人ともども、古代遺産掘りだろうことを想像するのは難しくなかった。



 ・  ・  ・



 ヌンフト守備隊本部の尋問室――いや、それは拷問室といって差し支えなかった。

 壁には、囚人をつなぐ鎖や、拷問用の鞭や棒、そのほか口に出すのはばかられる、拷問具が並んでいる。

 ここに通されたのはアスモディアとキアハだった。

 手枷をはめられた腕を鎖につながれ、両手を上に引かれる形で吊られる。足はつくから、腕がしんどい以外は特に問題はなかった。


「こんな時でも、お姫様は待遇が別なのね」


 セラがここにいないのは幸か不幸か。別種の尋問を受けているだろうことは想像に難くない。……ここより酷い拷問とかでなければいいけれど。


 宿敵であるアルゲナムの姫――アスモディアは、かつての敵である彼女の身を案じる。何かと苦手意識はあるが、いちおう仲間であるわけだし。


 ――そう思うのも、マスターとの契約のせいかしら?


 セラ姫を守れ――それはアスモディアの契約の中に含まれている。だから、彼女の命が危ない時はアスモディアは身を挺して庇ったりした。


 ――あのお姫様は口が裂けてもわたくしを仲間とは言わないでしょうけれど、わたくしは、彼女に仲間意識を持ち始めている……。


 とはいえ、今ここでアスモディアができることなど、ほとんどない。

 先ほどからかわいそうなほど脅えているキアハを、せいぜい庇ってやるくらいか。身体は大きいが、中身はまだまだ子供なキアハである。


 ――どんな尋問、もとい拷問が待っているのかしら?


 不謹慎な言い方ではあるが、アスモディアは胸の奥が疼きだしていた。元来のマゾっ気が、こんな場でも顔を覗かせた。

 本当のところ、拷問といえば心を砕き、身体を破壊する行為であり、好き好んで受けるものではない。手足を壊され、二度と歩けないなんてこともあれば、身体の大事な部分を喪失して人として生きられなくなることが普通だ。


 レリエンディール時代から、アスモディアは拷問がどんなものか見てきたし、対象となった者の末路もまた悲惨であることを知っている。

 にも関わらず、彼女が拷問を受けてもいいと思える心理は、マゾっ気だけではなく、自ら『死なない身体』になっていることが最大の要因だった。たとえ壊れても身体は元通りになる――その安心感があればこそ、だった。


 どこまで苦痛に耐えられるか、身をもって実験できるまたとない機会。……ああ、どんなことをされてしまうのかしら?


 怖さはあったが、好奇心と性欲が勝った。尋問官を性的暴力の方向へ誘導できないかと考え始める。主導権を持っている尋問官から、逆にその主導権を奪う――それができれば、少なくともキアハへの被害は抑えられるだろう。

 何せ彼女は、召喚奴隷であるアスモディアと違い、壊されたら二度と直らない身体なのだから。


「さて……」


 鞭を手に尋問官が言った。年齢は三十代半ばと言ったところか。意地の悪そうな顔つきをしており、さもこの手の尋問が好きそうです、といわんばかりの軽薄そうな男である。


「ヌンフト潜入早々捕まるとは、間抜けな魔人どもだ」


 魔人ども? ――アスモディアは眉をひそめた。何故、魔人ども、とわかるのか。少なくとも、キアハはまだ半魔人としての特徴は身体に出ていないし、アスモディアも魔人の角や尻尾は消していて、外見上正体が露見することはない。


 つまり、普通に考えれば、バレていないはずなのだ。


 だが実際、魔人軍のスパイ容疑で逮捕された。そしてこの部屋に連れられた二人――アスモディアが魔人で、キアハも半魔人ないし魔人。的確に正体バレしていたということだろうか。……少なくともスパイ容疑で通報した奴は知っていた。いったい誰だ、通報した奴は!


 アスモディアは思考を巡らす。通報者はともかく、これから尋問しようとしているヌンフトの連中は、まだ魔人であるかを確かめていない。おそらく手荒い尋問で確認して、証拠を掴もうとするはずだ。……最悪、自白に追い込んで罪をでっち上げようとするかもしれないが、構うものか。やることは、いやできることは限られている。


「すみませんが兵隊さま」


 アスモディアは、あからさまに不安そうな表情を作った。


「神に使える身である私を『魔人』と仰せになるのは、神への冒涜に他なりません。太陽神さまへの信仰を疑われてもしょうがない所業。いますぐこのような神に反逆するような行為はおやめくださいませ!」


 敬虔な太陽神教徒らしく振る舞う。シスター服である今の姿に感謝である。

 だが――


「貴様のような修道女がいるか! 魔人め!」


 尋問官殿はお怒りだった。


「その修道服、正規のものとは違うだろう! しかもところどころ如何わしいつくりになっておる……神の名をかたり、しかし色欲に人を引き込まんとする悪魔の所業だ!」


 当たらずとも遠からず――アスモディアは驚くよりむしろ感心してしまった。この尋問官はむしろ敬虔過ぎて、本物と偽物の違いを看破したのかもしれない。


「まあ、悪魔だなんて酷い」


 両手を頭の上に拘束されながら、しかしアスモディアはどこか誘うような腰つきを見せる。


「私は正真正銘の人間です! 悪魔とおっしゃるのであれば、私の頭に角や尻の上に尻尾が生えているはず……どうぞ、お触りになって確かめてくださいませ。……何なら、服を脱がしていただいて、身の潔白を証明いたしましょう」


 口調と態度が一致していなかった。

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