第178話、城塞都市ヌンフト


 リッケンシルト国境を抜けた――そう聞かされた時の感想といえば、「え、そうなの?」だった。


 道端に立てられた看板が国境だったことを告げるが、近くに町や集落があるわけでもなく、その線引きもどこかあいまいに感じられた。

 そういえば、この世界に来てから初めての外国だ、と慧太は思った。国境ともなれば、その土地を管理している領主などが関所でも設けていると思っていたのだが……。


 そんな話をしてみれば、ユウラやセラはもちろん、リアナでさえ不思議そうな顔をした。どうやら、このあたりにそういう徴収システムは存在しなかったようだ。


 かくて、リッケンシルト国からアルトヴュー王国に入り二日。道中、盗賊に襲われること二度。しかしいずれも大した問題もなく、返り討ちにした。


 三日目、アルトビュー王国の大都市『ヌンフト』へと到着した。


「……!」


 アルフォンソの牽く馬車、その荷台で思わず慧太は立ち上がった。見えてきた都市、その周囲を囲む巨大な壁の存在に。


 高い。


 ヌンフトは、リッケンシルトの王都エアリアより規模は小さいのだが、その都市を囲む壁の高さは、むしろ高く、がっちりとしていた。城塞都市の名にふさわしい偉容ともいえるが、傍から見ると壁が高すぎて街に見えなかったりする。


「凄いですね……」


 キアハが呆然とした表情で、近づきつつある城壁を見上げる。

 頑強な石造りの壁へ黒く塗られているのか、見る者に威圧感を与える。都市への入り口である巨大な門もまた、壁と同じくらい高く、いかに力自慢の巨人でも素手で押し開けるのは無理だと思わせる重厚さがあった。


「これは攻めるのが難しいそう」


 セラが、戦争にもとった印象を呟けば、アスモディアも口を開いた。


「力押しは厳しそうね。壁を登る能力を持つ種族か、飛行種族で壁の上を制圧して、門を開けさせて中に攻めるとか――」


 慧太は、御者台のユウラのそばに行った。


「なあ、ここ大丈夫だろうな?」

「大丈夫とは?」


 ユウラが不思議そうな顔をした。


「街ですよ? まさか、怖気づいたんですか?」

「ああ、ビビってる」

「あなたらしくない」

「オレもそう思う」


 だが、妙な圧迫感を感じて、嫌な予感がしているのだ。もちろん、根拠はない。


「僕らはここで食糧を補充するだけですよ。あわよくば一泊したいですが、そこは懐事情にもよりますね」


 うむ――慧太は自分のポジションに戻った。まあ、どうしても嫌な理由はないのだ。仕方あるまい。


 やがて、馬車は城塞都市の西側に位置する門へと到達した。

 昼間なので門はあけられている。馬車三台が同時に横に並んでも通り抜けられる広さがあった。都市の守備隊が警備についていて、止まれ、とこちらに合図した。

 守備隊の兵は、緑色の服に革の鎧、兜は鉄製だった。腰には剣ないし短剣を差している。

 審査を受けている商人や労働者の脇を抜けて、都市に入るための審査が行われる。他に馬車はなかった。周囲を固めている守備兵らの視線を他所に、御者台のユウラは審査担当の兵とやりとりを交わす。


「人間五人、獣人一人……」


 審査担当兵が、ユウラからの言葉を、傍らの記録担当の兵に告げる。獣人――場所によってはお断り、なんてこともあるので、傍から聞いている慧太としては緊張の瞬間だ。


「男二人、女四人」


 担当兵が荷台の上の者たちを眺める。シスター服のアスモディアが、にこりと微笑めば、担当兵はやや顔を赤らめた。


「えー、魔術師一、戦士三、シスターが一、街娘が一……」


 街娘? ――セラが自分のことかと指を差した。慧太は頷く。


「魔術師が青い髪、黒い髪の戦士が二、金髪の戦士が一。シスターは赤毛、町娘は銀髪」


 髪の色も審査対象なのか? 慧太は思わず表情を引きつらせて、セラやキアハらと顔を見合わせた。


「合致です」


 記録担当の兵が言えば、審査担当兵は口笛を吹いた。

 周りの守備隊兵らが、ぞろぞろと集まってくる。担当兵は声を張り上げた。


「全員、馬車から降りろ!」


 何だろう? 猛烈に嫌な予感がした。だが何故そうなったかわからないので、無視するわけにもいかない。ユウラに促され、全員が馬車を降りる。


「よし、では――貴様ら全員逮捕する!」


 担当兵の宣言にあわせ、守備隊兵らは剣を抜き、槍を構えた。リアナは瞬時に応戦するべく短刀に手をかけるが、ユウラが手でそれを押しとめた。


「話が見えないのですが、何故僕らは逮捕されるんです?」

「先日、通報があった」


 担当兵は、威圧するような大声を発する。


「魔人軍のスパイが、この領内に侵入したと。そしてその一行の特徴は、貴様らと合致した!」


 そうだな、と記録担当兵に言えば、紙を乗せた木のボードを持っていた記録兵は背筋を伸ばした。


「はっ! そうであります!」

「……と言うわけだ。もっともここまで合致しても、偶然の一致で魔人軍のスパイではないという可能性もある。なので貴様らは拘留、取調べが行われる!」


 スパイ容疑で逮捕だ――かくて、慧太たち一行は、ヌンフト守備隊によって逮捕、拘束された。



 ・  ・  ・



 何がスパイ容疑だ。


 慧太は思った。馬車は没収、それぞれの武器も取り上げられた。慧太は二本の短剣とポーチ。リアナも愛刀に弓矢一式、セラは銀魔剣、キアハは金棒と盾を持っていかれた。


 都市門から、守備隊の馬車に乗せられ移動する。箱型の馬車は頑丈なつくりで、小さな覗き窓がいくつか開いているが椅子はなかった。貨物運搬用か、あるいは囚人護送車かもしれない。


 都市内の主要路は石畳で舗装されていて揺れは少なかった。道自体も馬車がすれ違えるほどの余裕があり、路地なども中型の馬車が通過できるくらい広かった。町中でも頻繁に馬車が通るからだろう。窓から見えるのは小奇麗な町並みで、格式の高い家屋が立ち並ぶ。


 が、しばらく進むと左側――北側の地形が岩肌がむき出しの大穴となっていた。

 炭鉱、なのだろうか。

 数十メートルぶんの深さがあって、ごっそりと土砂がなくなっている。下から、ツルハシやらを叩きつけて掘る音がしており、無数の労働者の姿が見える。そしてそれらを監視する守備隊兵たちも。

 何だか強制労働の現場を見ているような雰囲気だった。そもそも、通常の労働者なら、このような監視など必要ないはずだから。


「なあ、ユウラ」


 慧太は窓を離れ、隣に立つ青髪の魔術師に言った。手にはめられた手枷のせいで、動き難いたらありゃしない。


「どうにも嫌な予感がしているんだが」

「ええ、さっき聞きました」

「スパイが確定したら、オレたち殺されるのかな?」

「それは困りますね」

「何とか潔白を証明しないと」


「最悪――」


 セラが口を開いた。彼女もまた手枷をかけられている。


「こちらの身分を明かして、解放するよう促すしかないかもしれないですね」

「信じてもらえるか、という問題はありますが」


 ユウラは他人事のように言った。


「魔人軍のスパイだ、という通報があったという話ですからね。誰がそんなことをここの連中に吹き込んだかは知りませんが、僕らの特徴を正確に伝えていたところからして、簡単には誤解は解けないかもしれません」

「……何よりマズイのは」


 リアナが他所に視線を向けたまま言った。


「こちらは時間を置くと、大変立場が危ういということ」

「どういうことですか?」


 セラが問えば、リアナは窓から外を見た。


「いまは昼だからいいけど……夜になると」


 あ――セラは、先ほどから顔を青ざめさせている大柄の少女、キアハを見た。


「……」


 今にも泣き出しそうな顔をしている黒髪の少女。半魔人である彼女は、夜になると肌の色が変わり、額に角が生えるのだ。


「確かに、夜になる前に決着つけないとマズイな」


 慧太が言えば、ユウラはやはり他人事のように告げた。


「まあ、無理でしょうね」


 考えるべきは、潔白を証明することよりも、ここをどう脱出するかかもしれません――と彼は言った。

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