第166話、偵察報告


 慧太とユウラは難しい顔をして、机の上に座っている分身体からの報告を受けていた。

 アイレスの町外れにある廃教会に、トラハダスのアジトがあること、そしてその地下に秘密の研究場が存在していることが告げられた。

 ひと通り聞き終わった後、慧太の表情は険しかった。ある程度、嫌な話しか聞けないだろうことは想像していていたが、分身体の話はそれ以上に酷かった。

 半魔人の人体実験――拷問同然の苦痛にさらされる子供たち。


「……」

「慧太くん?」


 ユウラがじっと見つめてくる。机の上の分身体子狐も同様だ。


「放置しておくのは、大変気が引ける話だったのですが」

「ああ」


 慧太は一言だった。傍から見ると、無表情と言っていいほど微動だにしない。これは相当腹に据えかねているな、とユウラは察した。


「とりあえず、トラハダスのアジトに乗り込む――」

「そして潰す」


 慧太は威圧するような視線を向けながら言った。


「断固として、このまま放置しない」

「はい、そうです人道的に。ただ、人道的ゆえに、一つ問題が発生します」

「何だ?」

「救出した実験体、つまりトラハダスの犠牲者たちです」


 ユウラは顔をしかめた。分身体子狐も小首を傾げる。

 彼の中では救出可能かについては、それほど問題視していないようだった。それは慧太も同じだ。よほどのヘマをしでかさなければ全員は無理でも、ある程度は助けだせると思っている。


「彼、彼女らをどう扱います? 僕らは今、セラ姫をライガネンに送り届けるという役目の最中です。保護した実験体……ああ、もちろん無事に救い出せた場合の話ですが、半魔人化している者たちを、一般の人々の手に委ねるというわけにもいかないでしょう」


 キアハの外界への怯えを見るまでもない。半魔人の実験体になった者たちを人間は拒絶する。魔人、化け物のたぐいとして排斥するだろう。元人間だとしても。


「では、連れて行くかといえば、一人二人ならまだしも十数人……ああ、これも何人救い出せたかで変わりますが、まとめて連れていくわけにもいきません」

「なら、助けないとでも言うのか?」


 慧太は睨んだ。分身体子狐もじっと、ユウラを見やる。


「後の世話が面倒だから、この状況を見て見ぬフリをすると?」

「それも選択肢の一つです」

「本気で言っているのかユウラ?」

「わりと」と、ユウラは真顔だった。


 しかし慧太は小さな笑みを浮かべた。ただしそれは好意的なものではなく、どこか意地の悪いものだった。


「あんたは、こう言いたいわけだ。目先の不幸を助けても、その後の面倒が見れないようなら助けるな、と」

「然り。行動には、責任というものが付きまといます。善意だけでは、世界は救えませんよ、慧太くん」

「なら、助けた後――ああ、もちろん助け出せた人数にもよるんだろうが」


 慧太はユウラの口ぶりを真似た。


「一般人に受け入れられそうにない半魔人やら犠牲者をその後どうするか具体的な方法があるなら、構わないということだろう?」 

「具体的な方法が?」


 ユウラは目を見開いた。慧太は机に肘をつき、口元に手を当てながら視線を彷徨わせる。


「何となく考えていたことがある。……ハイマト傭兵団のことだ」

「傭兵団の?」

「そう。……アスモディアとその部隊によってやられたわけだが、いま、アジトってどうなっているだろうかって」

「……! そうか!」


 ユウラは立ち上がった。分身体子狐は机の上でビクリと身をすくませる。


「彼らの避難先として、ハイマト傭兵団のアジトを使うと」

「あ、ああ」


 何となくぼやけていたものが、ユウラの言葉で形になった。相変わらず頭の回転の速い友人だ、と慧太は相好を崩す。自分の中でも、はっきり考えがまとまっていたわけではないので、まとめてくれた彼には感謝しなくてはならない。


「しかし、ここからでは遠いですよ。しかも、いま魔人の勢力下にあるのでは?」

「……痛いところついてくるなぁ」


 ほんと、頭の回転が速いなこの男は。


「確かにリッケンシルトを侵攻している魔人軍のことを考えれば、アジトのあった辺りは魔人の勢力圏にある可能性がある。だがな、ユウラ。実際、あのあたりが今どうなっているかわからない。魔人軍が勢力下においたのか、そうでないのか……」

「そのわからない土地に、半魔人たちを送り込もうとしているのですよ、あなたは」

「そうとも言う。だが実際、確かめる必要はあると思う。もちろん、ヤバいのなら諦めて別の手を考える必要はある」

「出たとこ勝負な案ですね」

「だな。だが、世の中確かなことなんて、早々ないんだぜ」


 慧太は腕を組んだ。


「頭で考えるより、実際やってみたほうが案外あっさり行くこともある」

「そうですね。ではもうひとつ。半魔人たちをアジトへ誰が導くのです?」


 誰かが案内しなくてはならない。それができるのは慧太、リアナ、ユウラのいずれかだ。


「ライガネンへ行く道中、誰が抜けても痛い。何より慧太くん、あなたはセラ姫に気に入られているので論外です。僕かリアナのどちらかに――」

「オレが行くよ」


 慧太はあっさり答えた。ユウラは眉をひそめる。


「僕の話を聞いてなかったんですか? あなたはこの旅に必要な――」

「ユウラ、忘れてないか。オレはシェイプシフターだ」


 ぬっ、と慧太の影から、もう一人慧太が半身を覗かせた。


「なあ、兄弟?」

「ああ、任せておけ相棒」

「……ほんと、便利なものですねぇ、あなたは」


 呆れ顔でユウラは席に着いた。分身体子狐は同意とばかりに頷いた。


「では、救出した――ええ、人数にもよりますが、半魔人ら犠牲者をハイマト傭兵団の元アジトへ、あなたの分身体が守り導くということで」


 話は決まりだ。あとは実際に廃アジトに乗り込み、制圧してからだ。


「正直に言って、僕もこの件ではトラハダスに怒りを抱いていますが、使命を優先して見捨てる選択をするかも、と思っていました」

「オレが……?」

「リッケンシルトの王都で、あなたはセラ姫に残って戦うより、使命を優先しろと説得したんでしたよね?」

「それと今回は違うぞ、ユウラ」


 慧太は苦笑した。


「あの時、王都で防戦したって救いようがないが、今回のそれは十分に勝算はある。無理なことはともかく、できることまで放棄するなんてしないぜオレは」

「それもそうですね」


 ユウラは首肯すると、再び立ち上がった。


「では、皆を集めて、トラハダスのいるアジトへ攻め入る算段の話をしましょうか。いつ攻撃しま――」

「待て、ユウラ」


 慧太は遮った。青髪の魔術師は「何です?」と小首を傾げる。


「この件に、セラやキアハを巻き込むのは賛成できないが」

「……何故です?」

「トラハダスのアジトで行われている生体実験」


 慧太が分身体子狐を見やれば、それもまたコクンと首を縦に振った。


「キアハは脅えているし、たぶんトラウマになってる。それを改めて見せ付けるのはよくないと思う」

「セラさんを巻き込みたくないという理由は?」


 ユウラはどこか冷めた言い方をした。何故、彼がそんな態度を見せたがわからないまま、慧太は言った。


「人体実験の場なんて、彼女に見せるものじゃないと思うんだ。それでなくてもライガネンに行くという道中の最中で――」

「余計なストレスを抱えさせたくない、と。……少しセラさんを甘やかし過ぎていませんか?」

「あいつは繊細なんだよ。いまは自分の国のことでいっぱいのはずなのに、余計なことで心を痛めてる」

「今回の件は、アルゲナム国と直接関係があるとは思えませんが」


 ユウラは、どこか過保護な親をたしなめるような調子で言いながら席に戻った。


「セラさんも、今回の件を知れば、迷いなく手を差し伸べるのでは」

「ああ、そういうやつだから。困っている人を見過ごすことができない」


 慧太の表情に苛立ちがこみ上げる。


「だがそれで、時間をロスしているのも確かだ。一日でも早く、制圧された国のために何かしたいと思っているはずだ。時間を失っていると感じるたび、セラは自分を責める」

「……」

「大切なモノが絡んでいる以上、穏やかでいられない。日々、焦りは強くなっているはずだ」

「セラさんは自分以外の人間に対し、必要以上に気に病んでいるところが見受けられます」


 ユウラは認めた。


「ただ、あなたがそこまで気にかけるほど追い詰められているようには見えませんが」

「あんたはもっと、人のこと見ていると思っていたが」


 慧太は嘆息した。少々がっかりしたのは否めない。


「セラは、人に自分の弱いところを見せない人間だぞ」

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