第163話、レリエンディール七大貴族


 宿のアスモディアらの部屋。全裸で拘束されている変態女魔人を椅子代わりにしているサターナは、ベッドの慧太に言った。


「戦争賛成派と、反対派、それに中立派。七大貴族の意見は、この三つに分かれたの」

「中立派?」


 慧太がキョトンとすれば、サターナは一層、不愉快そうに眉根を寄せた。


「戦争に対して、どちらにつくでもなく、ただ主とする魔王の意向のままに、というやつよ」

「どういう風に割れたんだ?」


 慧太は問う。サターナは指を二本立てた。


「戦争賛成派は、ワタシのところのリュコスと、ベルゼ……シヴューニャの二家」


 ベルゼといえば、先日、彼女の連隊とぶつかったのが記憶に新しい。……戦争派だったのか。


「中立派は、リオーネ家とゴール家の二つ……そして」


 サターナは忌々しげにアスモディアの尻を打つ。


「反対派はカペルと、ルナル、メールペルの三家だったわ」

「二・二・三、か」


 慧太は思案する。


「えっと、魔王が戦争しようとしているわけだから、中立派が魔王の意志に従って戦争派ってことだよな……。四対三ということか」


 それで今の魔人軍による侵略が始まった――


「違うわよ、慧太」


 サターナは、たしなめるように告げた。


「あくまで中立派は中立なのよ。七大貴族内での意見だから、魔王の意志は関係ない。戦争するかしないかで言うなら、二対三で、反対派が上回った」

「でも実際に戦端は開かれた」


 慧太は眉間にしわを寄せる。


「三つの国が魔人の手に陥ち、リッケンシルトも危ない。七大貴族内で反対派が多くても、実際には魔王の意志どおりになってる」

「ええ、魔王が七大貴族に働きかけて、戦争賛成派を増やしたのよ」


 そうよね、アスモディア――とサターナが振れば、椅子にされている女魔人は弱々しく「はい」と答えた。

 慧太は顔を上げる。


「中立派を賛成派にとり込んだのか?」

「いいえ、中立を宣言したリオーネ家とゴール家は貴族派でね。ワタシやベルゼ、アスモディアら魔王の血族である王族派と、あまり関係がよろしくないのよ。特にリオーネ家の自称堕天使ちゃんが、ワタシとベルゼをライバル視していたから、いかに魔王といえども賛成派に引き込むのは難しかったと思うわ」


 ゴール家の次期当主は、リオーネ家にべったりだし――サターナは舌を出した。


「戦争賛成派は、サターナとベルゼだもんな」


 ひょっとして中立などと言い出したのも、賛成派がライバル視する二家だったからではあるまいか……いや、さすがにそこまで稚拙な動機は――と慧太は首を傾げるのだった。


「すると、反対派から寝返りを出したってことか?」

「そういうこと。ルナル家が賛成派に回ったのよ」


 賛成三、反対二に逆転したわけか。サターナは笑い出した。


「戦争するなんて金がもったいない、なんて言っていたルナル家が、一転して戦争賛成派に回ったものだから、反対派の中心だったカペル家は大慌て……そうよね、アスモディア?」


 舐るようなサターナの言に、アスモディアは言葉もないようだった。


「要するに、魔王がルナル家を金で買収したか、何か見返りを約束したのかもしれないわね。ルナル家は貴族派だけれど、お金に弱いから」


 ふーん――慧太は姿勢を正した。


「何か、意外だな。アスモディアが戦争反対派なのは」


 セラを追いまわしたり、集落ひとつ滅ぼして、慧太たちの家であるハイマト傭兵団を壊滅させた女が、この戦争に対して前向きではなかったという。


「命令の結果よ」


 サターナは、人間椅子と化しているアスモディアから腰を上げた。


「一度、戦争と決まれば、魔王の旗の下、皆が目的を果たすために行動する。アスモディアは第五軍の指揮官でもあるわけだから、決定後の反対は反逆罪に問われるわ」

「戦争、か」


 慧太の表情に影が差す。……戦争だから、と言えば何をしてもいいわけではないんだぞ――心の中で呟く。


「でもサターナ、お前は戦争派だったんだろう?」


 何となく裏切られた気分になる。慧太を『お父様』などと呼び、従うようなそぶりを見せているが、率先して戦争に参加していたとなると、お世辞にも愉快な気分とは言えない。


 ――いや、だからか。


 彼女が戦争派で、積極的に戦争に参加したからこそ、スプーシオ王国は崩壊。その際、召喚され、シェイプシフターとなった慧太は、彼女と戦い、復讐とばかりに喰い殺したのだ。


「戦争に踏み切らなければ、レリエンディールは内部崩壊を起こしていたわ」


 サターナは、慧太を真っ向から睨み返した。


「くだらない理由で同族が殺し合う。……どれだけ無益な血が流れたと思う?」

「……人間の血なら、いくら流れてもいいと?」


 慧太は口もとを引きつらせた。魔人の仕掛けた戦争で、多くの人間が傷つき、命を失ったのだ。


「ええ、構わないわ」


 サターナは平然と答えた。


「でも、それを恨むのは筋違いよ。人間だって、魔人がいくら死のうがまったく気にもとめないでしょう? 魔物、化け物、悪魔の類……人間の宗教観や心理からすれば、魔人を殺そうとも罪ではないのだから」


 非難する権利などない、と、サターナはきっぱり言い捨てた。


『初めて、人を殺しました』


 そういったセラの言葉が、慧太の脳裏をよぎった。

 魔人や魔物を切り捨ててきた彼女も、人間を殺したのは襲撃してきた盗賊が初めてだったと言っていた。その時、少なからぬショックを受けたようだったが、果たして魔人を初めて殺した時は、どうだったのだろうか……?


「自分たちが生存するためなら、他の生物を滅ぼすこともやむおえない。……それは人間も魔人も、おそらく獣人亜人とて同じではないかしら? 文明を持たない下等な生き物ならば、よりシンプルだと思うわ。自身の腹を満たすために、そこにある食物を摂る。他の者に何の遠慮がいるというの?」


 慧太は押し黙る。彼女の言うことに、とっさに反論意見が浮かばなかったからだ。もちろん、すっきりしたわけではない。


「戦争以外に、方法はなかったのか?」


 その言葉に、サターナはベッドへとやってきて、慧太の隣に寝転がった。


「カペル家のように戦争以外の道を模索した家もあったけれど、正直手遅れになる可能性もあったし、魔人の多くが豊かな土地、生活を望んでいた。ただ――」

「ただ?」

「少なくとも、戦争反対派も含めて、魔人の誰一人として、人間と交渉して援助を求めたりしようと考える者はいなかったわ。ええ、無駄だもの。人間たちが魔人の国に助けを求めることなど皆無なのと同じように」

「確かに。……人間が魔人に救いを求めるなんて、考えられないな」


 正論過ぎて、慧太は胸を詰まらされた。魔人が悪、などいうのは人間の見方だ。それが当たり前で、何故そうなのか考えたこともなかった。

 サターナは微笑んだ。


「ワタシからも聞いていいかしら、慧太。あなた、魔人を殺すことに何かしら躊躇ったことがある? 魔人の血がいくら流れてもいいと思ってる?」

「……これ以上、苛めないでくれよ」


 慧太は苦笑い。先ほど自身がサターナに聞いたことを、そのまま返されたのだ。自然に彼女の答えに気分が害された自分、その迂闊な思考が恥ずかしい。


「逃げないで、慧太」


 サターナは優しく言いながら、さらに距離を縮めた。


「言いなさい。ワタシは怒ったりはしないわ」

「……魔人を殺すことを、躊躇ったことはない」


 慧太は溜息交じりに答えた。


「これまでも、まったく、何も感じなかった。ただ敵だとしか」

「意見が合うわね、慧太。……正直、あまり気持ちのいい答えではないけれど」


 サターナは慧太の肩に触れ、そっと抱き寄せた。


「ワタシも、人間相手に躊躇いを覚えたことは、一度もないわ」


 不思議なことに、今度は不快さをさほど覚えなかった。人間には人間の、魔人には魔人の考え方がある。そしてそれが互いに違いがないことに、非難する気も起きなかった。何故ならそれは、自身に跳ね返ってくるからだ。

 しばしその考えを頭のなかで弄んでいると、あの――と、アスモディアの声がした。


「わたくしは、いつまでこのままなのでしょうか……?」


 拘束されたままの赤毛の巨乳魔人。急に冷めたように慧太とサターナは顔を見合わせた。


「どうする、アレ?」

「さあ……放置するのはどう?」

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