第162話、サターナとアスモディア
慧太はベッドに身体を預けていた。手を頭の後ろで組んで枕代わりにしながら、目の前で起きている異様な光景を眺めている。
「ねえ、慧太?」
ビシッ、と肉を打つ音が室内に響いた。そのたびにくぐもった嬌声めいた声が漏れる。
「あなたの中のワタシってこんなイメージなの?」
乗馬鞭を手に、サターナはどこか不満げな顔をした。ベッドの傍らに立つ彼女の手の届くところには全身を縛られ身動きできないアスモディアがいる。
思い出したようにサターナが鞭を振るうたびに、アスモディアは尻をぶたれ、悲鳴とも喜びの声ともつかない声を漏らす。……くぐもっているのは口に口枷をかまされているためだ。ちなみに目隠しもされている。
一部の感覚を遮断すると他の感覚が鋭くなるという説をどこかで聞いたような……。そう、盲目の剣士が聴覚で周囲のものを判別するというのと同じだ。……いやこの場合、例えとしては失礼か。
「何となく、好きそうだと思って」
慧太はサターナに化けてアスモディアとエッチな行為――互いに身体を愛撫して程度だが――をそこそこに、彼女を縛り上げると、表にいたアルフォンソ、その中のサターナを呼びつけた。
「退屈してるだろうと思って」
悪びれず慧太が告げる。
黒いドレス姿の彼女は、慧太から役割を引き継ぐと、元同僚であるアスモディアを責め立てた。アスモディアが喜んでいるようなので、まあいいかと、慧太は、アブノーマルな行為を鑑賞した。
「まあ、楽しいけれど」
どこか拗ねたような顔でサターナは言った。うん、知ってる、と慧太は頷いた。
「お前の姿で鞭を振るうと、何故か知らないが胸が躍った」
サディストの血だろう。変身する相手のことは、それ相応に知ってから化けて演じる慧太である。
フン、とサターナは、アスモディアの尻を蹴飛ばした。もちろん、本気の蹴りではなく、そういう行為用のものだ。彼女の足の使い方で、慧太はそれがわかった。
縛られた女魔人がひときわ大きな声を上げたが、口を塞がれているのでたかが知れている。……間違っても一つ部屋を挟んだ向こうにいるセラたちには聞こえないだろう。
「あなたも相当なものだと思うわよ、慧太」
サターナが言えば、慧太は天井を見上げた。
「だとしたら、この世界で喰った奴の誰かだろう」
「あら、あなたは自分が正常だと言い張るわけね」
「そうは言わない。ただ、以前のオレとは想像もつかないような姿、考え方をしているだろうことは認める」
ふーん、とサターナは、床に大きな胸をつく形で尻を突き上げているアスモディアを掴むと、その上半身をベッドに寝かせた。一方で下半身はそのままなので彼女は膝立ちの格好だ。……また鞭で打つんだろうか、と慧太が思っていると、サターナはアスモディアの口を塞いでいた戒めを解いた。
だらだらとよだれが垂れるが、縛られたままのアスモディアにそれを拭うことは許されない。口枷を解く過程で付いたアスモディアの唾液を、彼女自身の肌で拭ったサターナは唐突に言った。
「それじゃあ、尋問でも始めましょうかお父様」
「ん?」
「アスモディア。ワタシが不在の一年間、レリエンディールの話を聞かせなさい」
「……はい?」
目隠しされたままのアスモディアは困惑した。
「えっと、それはどういう……」
「プレイの一環。好きでしょ、苛められるのは?」
口ではそう言いながらも、サターナは真顔だった。プレイなどと言ったが、あくまで建前のようだった。視界を遮られているアスモディアは、すっかりその気になっていた。
「わ、わかりました、サターナ様。それで、何からお話すればよろしいでしょうか?」
「そうねぇ。……お父様、何か聞きたいことある?」
オレに振るのか――慧太は考える。突然、聞かれても浮かばないものだが……ふと、ひとつ浮かんだ。
「魔人たちは、何故侵攻を開始したんだ?」
侵略の理由だ。もし魔人軍が仕掛けなければ、いま攻撃を受けているリッケンシルト国も、セラの聖アルゲナム国も平穏無事だったはずだ。それどころか、慧太が召喚されるきっかけであるスプーシオ王国も健在ということでもある。
「それは、大陸より追われた魔人たちが、かつての土地を取り返し……迫害してきた人間たちを、追い出すためです」
行為の一環と思っているアスモディアは、慧太の問いに対しても丁寧な口調だった。サターナは腕を組み、複雑な表情を浮かべた。
「現在のレリエンディールの統治者である魔王が、人類への敵対姿勢と政策を打ち出して支持を得たのよ。前の魔王が道楽にうつつを抜かして国を弱体化させたから、その鬱積の結果でしょうね」
「前の魔王?」
「アスモディア」と、サターナが鞭を振るえば、喘ぎ声の後でアスモディアが答えた。
「二年前に、前魔王が没せられました。現在の魔王様は大陸奪回を掲げ、かくて、今日の魔人軍による進撃が開始されたのです」
「前の魔王はろくな統治力がなかった」
サターナは、膝立ちのアスモディアを椅子代わりに座った。尻に敷かれた女魔人は苦しそうに息を吐いたが、文句はいわなかった。
「おかげでレリエンディールは内部崩壊の危険さえあった。貧困や貴族諸侯内での対立……正直、前の王が死んだのは幸運だった」
死者に対して不謹慎な物言いに感じた。だが、サターナの話を聞き、裏を返せば、前王が生きていれば、レリエンディールは勝手に争い、自滅していた可能性もあったというわけか。そうなってくれたら、と思ったが、慧太は黙っていた。
「ですが」とアスモディア。
「前王の掲げた、独自発展政策が順調だったなら、戦争などしなくても強いレリエンディールになっていたかもしれない」
――独自発展政策……?
小首を傾げる慧太。サターナはにんまりと笑みを浮かべ、アスモディアの尻を叩いた。
「あら? それはリュコス家やワタシに対する不満かしら?」
「いえ! そんな! 滅相も、ありません!」
ぴしぴしと嬲るように軽く鞭を打ちつけるサターナに、嬌声交じりのアスモディアの声が響く。
「どういうことだ?」
「レリエンディールの最高指導者は魔王だけれど、その下には『七大貴族』と呼ばれる家があるのよ」
サターナはアスモディアの背中の上で足を組みかえた。
「称号でいれば、まあ元魔王の一族である公爵や、重臣たる侯爵の集まりね」
「お前やアスモディアも七大貴族の出だっけ」
「ええ、ワタシのリュコス家は七大貴族筆頭。元魔王の血族でもあるわ。……ああ、一応、アスモディアのカペル家も、魔王一族の血を受け継いでいる家よ」
サターナは鼻で笑った。
「七大貴族の意向は、レリエンディール内では結構強くてね。たとえ魔王が政策を決めても、七大貴族が総反対したら実行できないような仕組みになっているのよ。……まあ、魔王が国を蔑ろにして暴走した時のための安全装置といったところかしら」
初代レリエンディール魔王の意向でね――と、サターナ。
「それで、前王の独自発展政策が順調だったら、戦争しなかったというのは?」
慧太が問えば、「それは――」と口を開きかけたアスモディアを、サターナがまたもぶった。
「誰が発言を許可したの? アスモディア」
「申し訳、ありません……」
「――要する、人間なんて構わずに、レリエンディールは内政を頑張りましょうって政策」
サターナは額に手を当てた。
「当時、よそ――つまり人間たちの国を攻撃して、食糧難と資源不足を解消しようとする大陸奪回論がレリエンディール内で叫ばれていたの。けれど、前魔王は戦争する金なんかないって言ったのよ」
「いい魔王だ」
素直に慧太が言えば、サターナは眉をひそめた。
「その戦争する金がない原因の一端が、自身の豪遊と浪費のせい、というのがなければね」
「……」
ダメじゃねぇか――慧太は前言撤回である。
「で、前王が死に、次の……現魔王がレリエンディールを統治しているわけだけど」
「大陸奪回論、だっけか。それで侵略を開始したってことか。七大貴族もそれに賛成したんだな」
「いいえ。七大貴族の意見は割れたの」
「真っ二つに?」
「いいえ、三つに」
サターナは面白くなさそうな顔になるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます