第161話、三大欲求の話


 日はどっぷりと暮れ、大通りに面した建物は、通りを照らす外灯がオレンジ色の光で周囲を照らしていた。

 慧太らが宿泊する宿は、大通りからひとつ奥へ入ったところにある。正面の道は馬車が通れるよう小さな広場になっており、また南側の窓からなら、あまり広くないが大通りを見ることもできた。

 慧太は窓から通りを眺める。

 その心中は穏やかではない。

 逃げたトラハダスの構成員を追った分身体が戻ってないのだ。考えられる理由は三つ。


 一、追跡がバレてやられた。もしくは帰還不能になっている。


 二、敵は依然として逃走中で、そのアジトについていないため、追跡を続行している。


 三、アジトを突き止めたが、重要な会議に出くわしたり、何かしらの発見があり、やはり偵察を続行中。


 一の場合だと、敵を追う線が切れたことであり、何か別の手を考えなければならない。二か三の場合にしろ、戻ってこないことには一と大差がない。


 宿での晩御飯のあと、それぞれの部屋に戻り、それぞれが休息をとっている。

 部屋は三つとり、部屋割りは慧太とユウラ、セラとキアハ、リアナとアスモディアという組み合わせだ。二階にある受付カウンターのあるフロアから三階に上がる階段が伸びているが、そこから順に、リアナ・アスモディア部屋、慧太・ユウラ部屋、一番奥がセラ・キアハ部屋となっている。


 ドアをノックする音がした。席に座り、宿から借りていた書物を読んでいたユウラが顔を上げた。


「どうぞ」

『失礼します』


 アスモディアだった。ドアを開け、主人であるユウラに小さく頷いたあと、視線を慧太へと向けた。


「いいかしら、ケイタ?」


 オレ? ――何だろう、と慧太は一度ユウラと顔を見合わせる。青髪の魔術師はわからないとばかりに首を捻った。


「いいから来なさい」


 深刻な顔でアスモディアは言うのだった。仕方なしについていけば、向かった先は隣――アスモディアらの部屋。

 内装自体は、慧太たちの部屋と一緒だ。相部屋のパートナーであるリアナの姿はない。


「リアナはどうした?」

「さあ、散歩してくるって言っていたわ」


 アスモディアはドアを閉める。そして慧太の右腕に自身の腕を絡めた。


「そんなわけで、いまわたくしたちしか、ここにいないわけだけど」


 その豊か過ぎる胸が服ごしに慧太の腕に触れる。柔らかな感触。外見は清楚なシスターにしか見えないアスモディアだが、その誘うような上目遣いの視線は――嫌な予感しかしなかった。


「用件を聞こうか」

「わかってるでしょう?」


 鼻に掛かったような甘い声。赤毛の女魔人はベッドへと慧太を引っ張る。


「せっかくベッドがあるんですもの。付き合いなさいよ」

「というと?」


 何となく予感はしていたが、聞いてしまった。口にしてから、無言で立ち去ればよかったと思った。が、後の祭りである。


「わたくしは飢えているの」

「晩飯は食ったろ?」

「鈍感なフリはやめなさい」


 彼女のしなやかな両手が、慧太の首の後ろへまわされ、そのままベッドへと引きずり倒される。強く引くものだから、慧太の頭は、そのままアスモディアの巨乳にダイブ。――すっげぇ柔らかい。


「ねえ、ケイタ。お願いだから、わたくしの性欲解消に貢献しなさいよ。どうせ、あなたも男の子なんだから、溜ってるんでしょ? たまには出さないと身体に悪いわよ?」

「性欲解消……まあ、オレもムラムラすることはあるよ」


 アスモディアの胸から逃れるべく上半身を起こしながら、しかし両手はシスター服ごしに彼女の双丘を押す。……もちろん、わざとである。胸を押される感触に、アスモディアが悶えた。


「忘れていないとは思うけど、オレはシェイプシフターだぞ」

「だから、エッチなことしましょ、って言ってるのよ」


 頬を赤く染め、アスモディアは口を尖らせた。


「それとも何? 人間のつまらないモラルとやらで、性行為は子供を作る時しかしませんとか言うんじゃないでしょうね?」

「……」

「もう、あなたは人間じゃないんだから、そんなモラルに縛られることはないのよ?」

「魔人っているのは、相手構わず寝るものなのか?」


 アスモディアは『身体』はとても男受けするものを持っている。慧太の心拍があがっているのだが、正直に言ってセラの裸体と遭遇した時に比べると、それほどでもなかったりする。……まだアスモディアが脱いでいないからだろうか?


「魔人にも色々いるけれど、人間ほどお固くはないわね」


 アスモディアは慧太の胸に手を伸ばし、指を這わせる。


「少なくとも、わたくしの中では、性欲は睡眠、食欲に等しい価値を持っている。寝る、ご飯を食べる、エッチする……でもそのエッチが最近ご無沙汰で気が狂いそうなのよ」

「一人で弄ってればいいのに」

「それでも限界があるのよ。特にほら、狭い馬車では、周りがいるでしょう」


 あー、と納得してしまう慧太である。


「セラ姫はわたくしを目の仇にしているし、リアナは怖いもの……この前、お肌の接触を仕掛けたら、どうなったと思う?」

「どうなった?」

「即行で手首斬られた」


 おう――唖然とする慧太。アスモディアは目を回して見せた。


「わたくしが多少の傷で死なない身体だから、あの子容赦ないのよ。次やったら手に突き刺して床に磔にしてやる、って脅されたわ」

「……リアナらしいな」


 暗殺者家系に生まれた彼女のこと。たとえ睡眠時でも、不用意な接触行為には瞬時に反撃するよう身体に染み付いているのだろう。


「最近、あのキアハって子と仲良くしたいと思っているの」


 アスモディアがそんなことを言った。


「鬼と人間形態っているのが、まだよくわからなくて、少し気味が悪いのだけれど、あの子いい身体しているでしょう? 胸も結構育ってるから揉みごたえありそうだし……」

「お前、いちおう女だよな?」

「失礼ね。れっきとした女です! それに忘れたの? わたくしが男嫌いの女好きだってこと」

「オレは、いちおう男なんだが」


 慧太が念を押せば、アスモディアは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「だから、できれば女の子に変身してくれると嬉しいわ。あ、股間のそれは、つけたままでいいわよ」

「……傍から聞くと、凄くマニアックな要求だな」

「アブノーマルなのが好きなのよ」


 妖艶に微笑み、唇からちらりと舌がのぞいた。


「でも、まあ、ケイタなら男のままでもいいわ。……それで強引に犯してくれたほうが、溜った性欲解消にはちょうどいいかも」

「お前、完全にヤバイな」


 苦笑いする慧太。アスモディアは挑発するような笑みを浮かべながら、自身のシスター服、その胸もとを掴むとグイっと引っ張った。その掴み方は服が破れる――


「平気よ。だってこの服、あなたの分身体からできてるもの」


 異様な伸び方する服は、あっという間に彼女の大きな胸を外へ露にさせた。とはいえ、その大きな胸の先は、やはりシェイプシフター製の下着であるブラが載っているが。


「どちらかといえば、魔人寄りなのに、まだ人間に義理だてするの?」


 アスモディアは服を脱ぎ去り、下着姿になる。暴力的なまでに魅力的な肢体がベッドに横たわっている。


「深刻ぶらなくてもいいのに。さっきも言ったでしょう? ご飯を食べるように、睡眠をとるようにエッチなことをするだけよ。これは言わば、単なる快感運動よ」

「つまり、お遊戯同然ってことか」


 慧太はアスモディアの身体の上に被さるようにしながら、視線を彼女の目に向けた。


「やっとやる気になった?」

「単なるお遊び、だろ?」


 慧太は彼女の豊満な胸に自身の胸を触れさせる。


「そういう仕事めいたサービスなら、お相手しましょう」


 その代わり、どうなっても知らないからな――慧太が言えば、アスモディアは恍惚の吐息を漏らした。


「ああ、シェイプシフターに抱かれるなんて、どんなことをされてしまうのかしら……!」

「安心しろ。普通のお遊びには……させないわ」

 すっと、慧太の姿が変わる。長い黒髪に、肉食獣めいた獰猛さを併せ持つ美少女の顔。アスモディアの顔が驚愕に変わる。


「あ、あ、サ、サターナ、様……!?」

「今夜は寝かさないわよ、アスモディア。たっぷり可愛がってあげる」


 彼女に馬乗りになるサターナは、手に乗馬鞭を出して、舌なめずりをした。


「さあ、覚悟なさい」

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