第160話、トラハダスの手


 アイレスの町、中央から外れた薄暗い路地。

 慧太、セラ、リアナ、キアハの四人は、黒フードにマントという黒ずくめの集団と対峙する。彼らはそれぞれ武器を携帯し、襲ってくる気満々だった。


「白昼堂々と襲撃か?」


 様子見も兼ねて慧太は言ったが、黒フードたちは問答無用だった。武器を手に一気に突っ込んでくる。


 ――殺しにきてるな、これ。


 慧太は両手に棍棒を出した。路地という場所を鑑み、振り回しても干渉しにくい短めの武器での対応だ。敵も、それよりリーチの短い短剣や爪手甲で挑んでくる。

 リアナは二本の短刀を抜く。セラも銀魔剣アルガ・ソラスを構えるが、白銀の鎧は発現させなかった。

 キアハは背中に背負う金棒に触れたが、抜くのはやめ、左腕に小型盾だけ装着した。場と人数を考え、金棒を振り回すのは味方を巻き込んで危ないと判断したのだ。


 ――そう考えると、連中は、初めから路地で戦うこと想定してたな。


 向かってくる黒フードの戦士たちを見やり、慧太は思う。先陣きって突撃するが、一番速かったのはリアナだった。

 低姿勢のダッシュ。狐人特有の身軽さが、黒フードたちを幻惑した。

 自分に向かって来ると身構えた戦士とは別の戦士へと向かい、瞬きの間にすれ違う。次の瞬間、狙われた戦士は首を切られ出血、その場に崩れ落ちた。


「はい、よそ見しない!」


 狐人の動きに惑わされた戦士の顔面を、慧太の振るうメイスが強打する。ひっくり返る黒フードを無視し、次へ。

 リアナが先頭きって敵を血祭りに上げる一方、左右を抜けた者たちがキアハ――とその前にいるセラに迫る。

 金属同士がぶつかる音が路地に木霊する。セラが剣を、キアハは盾を武器に迎え撃つ。

 正面は、リアナが切り開いたので制圧は時間の問題だった。慧太は挑んできた黒フードの戦士の爪攻撃をかわし、その振るわれた腕をメイスをぶつけて叩き折る。男は悲鳴をあげた。


「ぐぅあぁっ!?」

「骨が折れたかな」


 左手のメイスを振り回し、相手の横っ面を張り飛ばした。

 視線をセラとキアハへ。彼女らと戦う敵の背中を突くか――そう思った時、路地の向こう側からも黒フードの戦士らが駆けてくるのが見えた。


 ――挟み撃ちか!


「ケイタ!」


 リアナの声。見れば彼女が全力疾走で引き返してきた。真っ直ぐ慧太めがけて突っ込んでくる。

 瞬時に慧太は理解した。バレーボールでレシーブするように構え、両手のメイスを棒状から盾――板型へと変化させる。

 リアナが速度を維持したまま小さく跳んだ。着地地点は、慧太の腕の前、その板の上。彼女の軽い身体が着地の衝撃を与えた瞬間、慧太は仰け反り、リアナをカタパルトの如く打ち出した。

 金髪を風になびかせ、狐娘はセラとキアハらの戦闘を飛び越える。反対側の路地に現れた黒フード連中の前に着地すると、そのまま獲物に喰らいつく獣の如く、その恐るべき殺人技を発揮した。


 連中を返り討ちにするのに、さほど時間はかからなかった。こちらはキアハがかすり傷を負った程度。対して敵は十名死亡。生き残った数名は逃走した。


「……」


 慧太はポーチをちぎり、小さな分身体を作ると例の如く逃走者の後を追わせた。漆黒の子狐は建物の影を辿るように走ると、やがて視界から消えた。



・  ・  ・



 ユウラたちの行き先を辿るのは、さほど難しくはなかった。

 白昼の黒フード集団の襲撃で、食糧調達を切り上げた慧太たちは、町の中央を走る大通りに沿って進む。リアナの嗅覚で追うこともできるが、そこまでしなくても、適当な現地人にこう尋ねれば事足りた。


「旅人向けの、馬車を置いておける宿はあるか?」


 そして馬車が通行できる場所となると、この大通り沿いしか存在しなかった。大通りをはずれてしまえば、この町の道は建物間に張り巡らされた通路も同然のものしかなく、馬車が通行できないのだ。

 アルフォンソの出した分身体がお迎えに出た頃には、慧太たちは、すでに宿の目と鼻の先にいた。

 レンガ造りの建物だ。一階の半分とその隣の敷地が馬車置き場となっていた。宿の入り口は二階部、石造りの階段を登った先にある。なかなか豪奢な建物だ。高さにすれば三階ほどになる。部屋も多そうだ。


「早かったですね」


 というユウラに、慧太は部屋へと促す。カウンターのある二階部から、客室のある三階へ木製の階段を上がる。通された部屋は二人部屋。ベッドが二つ。他に机と椅子、荷物置きと鍵付きの貴重品入れなどがあった。

 慧太はユウラと机を挟んだ席に座り、先の襲撃の件を話した。


「トラハダスですか」


 黒フードの連中の姿は、ナルヒェン山で一戦交えた戦士らと同じ。その上、悪魔顔に文字の入った紋章――襲撃者の身体にあったそれは確認済み。間違いなかった。


「真昼間、それもひと気の多い場所で襲ってくるとは」


 ユウラが顎に手を当て思案する。リアナはドアの脇にもたれ、セラとキアハはベッドに腰掛けている。アスモディアは部屋の窓のそばに立ち、時々視線を外へと向けた。


「狙いは、やはりキアハさん、ですか」

「たぶんな」


 周囲の視線がキアハに向けば、当の本人は肩身が狭いとばかりに身をすくめた。


「この町に、彼らが潜伏している」

「オレたちの行き先を知っているとは思えないからな。ただ到着早々襲われたところからすると、予め張り込んでたというのも否定はできないと思う」


 普通に考えれば、ナルヒェン山から南にあるゲドゥート街道へ行く率が高いと思うのだが、こちらの行き先がわからないがゆえに、北上した時に備えてアイレスの町にも構成員を派遣していた、という可能性もあるのだ。


「あるいは、初めからこの町に構成員がいたのかもしれませんね。町の入り口にあった太陽神像の首がなくなっていたのも……邪神教団である彼らの攻撃の結果かもしれません」

「ありうるな」


慧太は頷いた。


「マラフ村を監視下に置いていたトラハダスのことだから、そこから比較的近いこの町に拠点を持っていてもおかしくはないわな」

「もし拠点があるなら。彼らは再度襲撃してくるかもしれませんね」

「だろうな。いちおう、分身体を使って逃げた奴らを追跡させてる」

「それで」


 ユウラは机に肘をつき手を組んだ。


「慧太くんは、どうしたいんです?」

「……警戒する必要はある。仕掛けてくるなら、ぶっ潰すだけだ」


 ただ、本音を言えば、慧太の本心は別にあった。

 仕掛けてくるならぶっ潰す、ではなく、こちらから出向いて始末したい。

 理由は、放っておいたら向こうがどんな罠や攻撃を仕掛けてくるかわからないからだ。アイレスの町に到着早々襲われたが、これから行く先々でトラハダスから襲撃を受ける可能性がある。しかも失敗すればするほど、次はより強力な、もしくは巧妙な手を使ってくるに違いない。


 何より慧太が気に入らないのは、トラハダス側にイニシアティブを持っていかれることだ。敵に攻撃の自由を与えては、受け身一方であるこちらが不利である。

 できれば、こちらが先手を取りたい。ライガネン王国へ目指すという本来の目的があるからこそ、こういった余計な妨害要素は速やかに排除するべきだ。後顧の憂いを断つ、である。


 ――それに。


 慧太は、一つ気になっていることがあった。正確には、思い出したというべきか。

 黒ローブの魔術師――クルアスを見た時に感じた既視感。

 セラを誘拐した狼人傭兵団、その狼人傭兵を喰らった時に見たビジョン。彼らに依頼したその人物が、クルアスと同じ衣装をまとった人物だった。

 ビジョンがあやふやだったせいで、クルアスと同一人物だったかはわからない。いや、ナルヒェン山での遭遇でのセラへの反応を見れば、別人の可能性が高い。だが、トラハダスの者と思しき者が、セラを狙っているということになる。


 キアハの件がなくても、こちらの旅をトラハダスが妨害する可能性があるのだ。

 だからこそ、早急に突き止めて、叩き潰す必要があった。

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