第111話、絶望の雨
容赦なく降り注ぐ雨。タフさがウリの
無人となった廃村。アジトまでの通過点であるこの廃墟で雨宿りを余儀なくされた傭兵団だったが。
『追手だと!?』
廃屋に駆け込んできた見張りの報告に、リーダーであるラドローは思わず歯を剥き出す。
『間違いないのか?』
『遠目ですが、確かに二人組です。馬に乗ってます』
『どこで馬を調達しやがったんだ?』
『わかりません……』
まあ、そうだろう。見張りにしたところで、ずっと追跡者を監視していたわけではない。あくまで村にやってくる者がいないかの確認のために出していたに過ぎないのだ。
それにしても――
速すぎる。
この雨だ。臭いを辿ることは困難だし、耳のいい狐人でも雨音がうるさ過ぎるはずだ。痕跡も雨の影響で見つけ難くなっている。
にも関わらず追ってきたということは、よほど追跡に天才的スキルを持っているか、偶然にもこちらの痕跡を早期に見つけることができたということだろう。
こちらがツイてないのか、あちらがツキ過ぎてるのか……あるいは両方か。
『全員に伝えろ。廃屋の中で身を隠せ。音は立てるな。奴らが仕掛けてくるまでは手を出すな。……あとお前、足跡残さないように気をつけろ』
ラドローは見張りに告げた。雨の中、他の仲間たちが潜む建物へと走る。
『ボス、待ち伏せしないので?』
部下の一人が言ったが、ラドローは唸り声を発した。
『奴らが本当に臭いで辿っているなら、この廃村で止まる。そうでないなら通過するはずだ。奴らは手ごわい。極力やり過ごす』
了解、ボス――部下二人は建物の窓の裏側で身を隠す。外は大粒の雨が容赦なく降っている。
ラドローも扉の横に張り付き、外の様子を見やる。
伝令は個別に連絡し終わったのか、建物の外に姿は見えない。残っている連中は皆、それぞれの廃屋に身を潜め、息を殺している。
地面に目を向ければ、水はけが悪いらしく全体に薄く水が張っている有様だ。雨がはじかれ、土色に濁る。ラドローは、一歩家の奥へと引いた。
来たのだ。
黒い馬に乗った黒髪の人間と、同じく馬に乗る金髪の狐娘。
――あいつら、本当に痕跡辿っているのか?
ラドローは訝る。先頭を進むのは狐女ではなく、人間のほうだ。臭いを辿るなら狐人が前のはず。それはつまり、雨で臭いが辿れなくなっているのは間違いない。
二頭の馬は走っていた。何もなければ廃村に侵入し、そのまま駆け抜けてしまう勢いである。
――そうだ、そのまま行っちまえ!
廃村に二頭の馬が差し掛かった。そのままラドローの潜む建物の目の前を通過――するに見えたが、そこで不意に足を緩めた。
――気づかれた……!?
ラドローは目を見開く。だが彼らは騎乗したまま、村をゆっくりと見回している。こちらが潜んでいるのを確かめようとしているのか、それとも雨宿りしようとしているのか……?
――くそ……。
強い焦りがこみ上げる。この雨の中、追跡を強行するのは難しいと判断したのだろうか。
雨宿りなどされたら、隠れている部下と鉢合わせ、そのままなし崩し的に戦闘もありえる。
――来ンな、来ンな、来ンな。あとお前らも早まんなよ……!
心臓が激しく鼓動を繰り返す。息を殺し、彼らの動きを注視する。
・ ・ ・
明らかに、狼人らの挙動がおかしかった。
セラは呼吸を静め、狼人らを注視する。
何かから身を隠す仕草だ。狼人の言葉はセラには理解できなかったが、尋常ではない様子なのはわかった。彼らは、いま建物の外に意識が向かっている。
何を恐れているのか? この状況で考えられる可能性は……。
ケイタたちが来ているのだ。それもすぐそこに。
セラはそう結論付けた。そうであるなら、今すべきことは、ケイタたちに自分の居場所を伝えることだ。
武器も服も取り上げられ、魔法も封じられて無力なセラに出来ることはそれくらいしかない。
だが、具体的にどうやって伝えればいい?
リアナの耳のよさを頼りに大声を出すか? しかしこの雨だ。先ほどから天井に当たる雨音が雑音となって、外にいるだろうケイタたちがどこでどういう状況なのかさっぱりわからなかった。すぐ近くならいいが、意外と距離があったら? たちまち狼人によって黙らされる。
いや、何をやるにしろ、行動を起こせるのは数秒。それ以後は狼人らに取り押さえられて阻止される。
扉から飛び出す? 建物の外にいれば、それで見つけてもらえるかも――
いや、その扉のすぐ横に狼人が一人いる。傍らを通過する前に捕まる可能性大だ。
――早く……何かないの!?
セラは焦る。
このままケイタたちが気づかなければ、この危機を脱する機会はない。千載一遇のチャンスなのだ。
視界に、床に転がっている木の棒が入った。
先ほど狼人が座ろうとして砕いてしまった椅子、その足の一本だ。……これを外に投げたらどうなるだろう?
ケイタたちの視界にそれが入れば、この廃屋に何か潜んでいることがわかる。例え直接見なかったとしても雨とは違う異音にさえ気づいてくれれば……不審に思い調べる――
時間がない。正直、うまくやったとしても、気づいてもらえない可能性もある。だが何もしないという選択肢はない。
賭けだ。
セラは覚悟を決めた。音を立てないように、静かに立ち上がる。正直、狼人が気づいたら、全裸である姿を見られてしまい……その、下腹部とか、胸とか見られるのは恥ずかしいのだけれど……。今だけは、我慢だ。
狼人らは外に神経を尖らせている。つまり、すぐ近くにいるのだ。ケイタたちが。
ちらちらと彼らの様子を伺いながら、セラは椅子の足だった木を拾う。両手首がほぼ固定されている手枷のせいで、投げるのも不自由ではあるが、最悪窓の外に投げられなくても、窓枠に当たった音がすれば……。
すっと、その窓にケイタの姿がよぎった。
その時の安堵感は、セラがいまだかつて味わったことがないほどのものだった。やはり彼は助けに来てくれていたのだ!
だがまだこちらに気づいていない。手にした木を窓の外に。それで――気づいてぇ!
ガバッと、背後から毛むくじゃらの腕が、セラのお腹まわりをよぎり、身体を持ち上げた。
「……!?」
ついでに、木片を投げかけた腕が真上へと持ち上げられる。背後に回りこんでいた狼人の右腕がセラを抱え上げ、左手がセラの拘束された両手を固定していた。
これでは投げられない!
裸である羞恥がよぎったのは一瞬だった。いま、この機会を逃すわけにはいかないのだ。
彼は、壁を挟んだ向こう側にいるのだ。声を――叫べば気づいてもらえる……!
扉脇に潜んでいた狼人が、ぐんと迫り、セラの口を右手で押さえ込んだ。
「おいおい、いけねえなお姫さん」
小声ながら、人間の言葉でそう告げる狼人。自由な左手が、セラの胸を触った。
「!?」
「俺たちを怒らせないほうが身のためだぞ。狼人の中には人間の女だって構わず犯すようなクレイジーサイコがいるんだからな……!」
じわっ、と涙がたまる。無力感と羞恥がない交ぜになり、セラは俯く。
窓の向こうに見えたケイタの姿はもうない。移動したのだ。窓に張り付いていた一人が何事か吠えれば、セラの口をふさいでいた狼人が西方語で言った。
「行きやがったか。こっちも肝を冷やしたぜ……。残念だったなお姫さんよ」
くっく、と笑う狼人。わざと聞かせているかのようだった。
セラは顔を上げられなかった。果たしていま自分がどんな顔をしているのか。考えたくもなかった。
おそらく、泣きそうで、どうしようもなく弱くて、恥ずかしくて、情けない顔をしているのだと思う。
もう助からない。彼らに連れ去られて――どうなるんだろう? セラは不安でいっぱいだった。
奴隷商人に売られる? 邪神を崇める連中の手に掛かるとか――嫌だ。そんなの……。
こらえきれず、涙がこぼれた。
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