第102話、カボチャの馬車は逆走する


「止まれぇーー!」


 道沿いに、木材を使った即席陣地を設営していた王都守備隊の兵が叫ぶ。その視線の先には、ハイムヴァー宮殿方向より駆けてくる漆黒の二頭引き馬車。

 黒い頭巾と外套をまとう、見るからに怪しい御者が制しているようだが、馬車は止まる気配がない。全力で突進してくる。……このままでは折角作った陣地を壊されるだけでなく、馬車のほうも無傷とはいかない大事故になる。

 場の責任者である兵士長は手を挙げ、改めて叫んだ。


「止まれっ! 止まらんかーっ!」


 兵たちが青い顔になる。馬車が止まらなければ大惨事だ。兵士長は腰に下げていた剣を抜いた。こちらも本気だと示すアピールだ。

 だが、次の瞬間、ヒュンと矢が兵士長の傍らを抜けた。


 撃たれた。


 木材に突き刺さった矢を見やり、兵たちは動揺する。――そして悟る。あの馬車は止まらないと。


「た、退避ーっ!」


 兵士長の声に、兵たちは慌てふためき左右に散った。

 もう知るもんか! 勝手に事故れ――兵士長が民家わきの路地に避難したその時、突然木製の障害物バリケードの一つが爆発して吹き飛んだ。


「はぁっ!?」


 何が爆発した?

 道の右側にあるバリケードが四散。その結果、道が広がり……漆黒の馬車が作りかけの陣地を通過した。


「!?」


 兵士長は呆然となる。

 馬車の客車に乗っていたのは漆黒のドレス姿の少女に、銀髪の少女、そして同じく黒頭巾と外套、しかしその下は下着同然の露出女――なんだ、この組み合わせは!?


「えぇぇ……」


 去っていく馬車を見送る兵士長。部下の一人が弓を構える。――おいおい、いまさら何を狙おうって言うんだ……?

 だがその足元にどこからか飛来した矢が突き刺さり、その兵と周囲の者たちを驚かせた。


「上から!?」


 民家の屋根を何かが飛び去った。まるで馬車を追うように。……さっき飛んできた矢を放ったのはあれか? 

 兵士長は兜をはずして、湿っている髪をかいた。


「……いったい何だってんだ?」


 追いかけるべきだろうか?

 馬車が通過したこの道には、あと二つ陣地設営命令が出ており、作業が進められていた。多分、次か最悪でも城壁近くで止められるだろう。


 ・ ・ ・ 


「一つ!」


 馬車の上で慧太サターナが正面をビシリと指差した。揺れる馬車に対して、しっかりと立っている漆黒のドレス姿の黒髪少女は、不敵に笑う。

 最後尾の位置するアスモディアが声を張り上げた。


「そうしているとサターナ様を思い出すわ!」


 え、というセラに、慧太サターナは視線を寄越した。


「この姿のモデルになった女のことよ!」


 だがそこで振り返る。


「それよりあなたは、なんでそんな痴女みたいな格好してるのよ!?」

「顔は隠してるでしょ」


 アスモディアは言い返した。

 リッケンシルト側にセラを連れ出した者として手配される可能性を考え、変装するように言ったが――ユウラの砂漠の民衣装もそれだが――女魔人は頭巾こそしているが、服はといえば、胸とデリケートゾーンを守る下着じみたそれにマントのような外套と、変態じみた格好をしていた。


「踊り子のつもり?」

「あら、何なら踊るわよ。エロいやつ」

「黙ってなさい、露出魔!」


 サターナが正面へと視線を向けると、御者台に乗るユウラが振り返った。


「そう言うあなたは、いつまでその格好をしているつもりです!?」


 言われてサターナはちらりと、セラを見やる。

 銀髪のお姫様は馬車に膝をついて倒れない体勢をとっていた。その視線はサターナを見つめ返していた。


「もう少し後よ!」


 少なくとも元の姿に戻る時は、上手くやらないとセラに正体がバレかねない。


「次! 第二の関門!」


 二頭の黒馬――どちらもアルフォンソだ――が引く馬車の前、木製陣地の裏側で一メートルミータ以上の長さがある縦長の大型盾を構えた兵士が十人ほど固まっていた。陣地を一つ突破した騒ぎを見て、馬車を止めようというのだろうが……。


 ――退いてくれないかな。ひき殺されたいのか……?


 馬車に轢かれたって人は死ぬんだ。いくら盾並べてスクラム組んでも……こっちも無事では済まないかも。


「アルフォンソ! ……一つ、脅しかしてやりなさいっ、角竜!」


 サターナの指示に、黒馬二頭は同時に馬とは違う声で吠えた。

 二頭の馬は身を寄せ、ひとつに融合、形を変える。

 逆三角形にシャープな頭部、鼻の先に小ぶりな角。目の上には鋭く長い二本の角がそびえ、頭部の後ろは盾のように広がってる。

 四足で走るその姿はサイのようでもあるが、この世界でいえば墓モグラのマクバフルド並みの巨体だった。

 その『三本の角を持つ顔』を意味する恐竜トリケラトプスが咆哮を上げて突進する。その様に、リッケンシルト兵を恐れおののいた。盾の壁が無駄だと悟った彼らは慌てて道を開ける。


「衝撃に備えてっ!」


 慧太サターナは叫ぶ。アルフォンソトリケラトプスが急増陣地、その木片を体当たりで粉みじんに吹き飛ばした。

 馬車、いや竜車が大地震に揺さぶられるような衝撃に見舞われるが、ショック姿勢をとっていた分、飛ばされるようなことはなかった。……さすがのサターナも手を車について震動に耐える。傍らで顔をこわばらせているセラに、ニコリと笑ってみせる。


「スリルあるでしょ?」

「あの魔獣はなんです!?」

「トリケラトプス! 恐竜よ! 昔、図鑑で読んだの!」


 はい!? ――と、セラがわからないと首を振る。

 後方の陣地跡で、黒煙が広がる。それは煙幕――リアナが追手を鈍らせるために道に放り込んだのだ。


「次で最後……!」


 三番目の急増陣地では、荷車が陣地の隙間に置かれていた。それで道をふさいだつもりらしい。

 盾を持った兵と、今度は弓を持ち、すでに撃つ構えの兵の姿があった。


「伏せて!」 


 矢を撃たれた程度でトリケラトプスアルフォンソは止められないが、流れ弾が、乗っているこっちに当たる可能性はあった。

 セラを庇いつつ、ふと視線を上げれば、民家の屋根の上を駆けて併走している狐娘の姿が見えた。


 速い! 狐人らしい軽々とした身のこなし。その跳躍は無駄がなく、しなやかな美しさがあった。

 彼女もまた頭巾で顔を隠しているが、もとからシノビめいた衣装をしているから忍者、ないしクノイチに見える。

 加速しながら高低差など感じさせない走破力が、狐人の持ち味だ。町中でさえ、平地のように駆け抜けられるのは、暗殺者一族出身でさらに鍛えられた賜物だろう。


 すっとリアナの手に何かが握られる。

 さすがにあの加速中に弓を構えるのは無理だ。アルフォンソの速さ――巨体化した分、若干速度が落ちていることもあるが――を追い抜いたリアナは、三番目の即席陣地の真上に達すると、飛び降りた。

 兵たちは、目の前をよぎったそれが、一瞬何かわからなかった。だがその足元で、ジュッと小さな球体が火を噴き始めたのに気づく。


 爆発物!?


 そう思った兵たちはとっさに逃げ出す。それは火玉――単に一定時間を火を噴くだけの代物だが、注意をそらすには十分だった。

 当のリアナは反対側の建物の屋根へと退避。その直後、トリケラトプスが引く車が陣地に突撃した。

 木材を散らし、最後の木製陣地が踏み砕かれた。


「抜けた!」


 屋根上へと退避したリアナに親指をつき立てながらサターナは笑みをこぼした。いつの間にかサターナ慧太にしがみついている格好のセラが、正面を見据えて叫んだ。


「ケイタ! 前っ! 前ですっ!」


 道に沿って作られた陣地は突破した。

 だが正面には、王都を囲む城壁がそびえ立つ。

 無数の石を積み上げた堅牢な壁は、さすがにトリケラトプスの突進でも破れないだろう。……一瞬、墓モグラマクバフルドならどうだろう、とよぎったが――


「このままだとぶつかりますっ!」

「城壁に穴を開けるつもりはないわっ!」


 レリエンディール軍が迫っている最中、防御上の弱点を作ることはしない。王都にいる人間に致命的な迷惑をかけるつもりもないのだ。


「しっかり捕まって!」

「え……?」

「ユウラ! そこを動くないで。……アスモディア! 手はずどおりにリアナを頼むわよ!」

「了解! じゃ、ケイタ、お姫様。後でね!」


 赤毛の女魔人は竜車を飛び降りた。次の瞬間、赤い翼を展開して地面との衝突前に滑空から飛行姿勢をとる。

 トリケラトプスと車の距離が縮まる。いや、それは新たな形へとシェイプチェンジしていく。恐竜と車がひとつになって――さらに一回り大きな、翼を持つ竜の姿へと。

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