第103話、羽ばたく漆黒の飛竜
アルフォンソは形を変えた。
トリケラトプスだった部分とそれを引く車だった部分が合わさり、一つとなる。車輪は二本の足に、車体と恐竜の胴体はうろこ状の外皮に包まれた身体と、大きな翼に。
細長い首、その先の頭は竜のそれ。長い尻尾で姿勢を制御しつつ、先ほどまでの加速に逆らわず、翼を広げ、力強く羽ばたいた。
漆黒の飛竜、俗に言う『ワイバーン』だ。
一対の翼に二本の足――その形態は伝説のドラゴンよりも鳥に近い。……ドラゴンは手(前足)を含めた四本足なのだ。
その長い首の胴体の付け根付近にユウラが座る。サターナ改め、男の姿に戻った慧太と、セラがワイバーンの背中に乗っている。
地を蹴って、ワイバーンは飛翔する。
みるみる迫っていたエアリアを囲む城壁、それを超えた――
周囲はすっかり暗くなっていた。西の地平線にわずかに見えていた太陽が沈み、空には無数の星々が煌く。
「飛んでる……!」
吹き付ける風に、傍らのセラの銀髪がなびく。冷たい風だ。
いつの間にかお互いの身体を寄せている格好になっていたが、慧太もセラもそれに気づいていない。
眼下に見えるは波のようにうねって見える丘陵地帯――のはずだが、闇に包まれ、墨を溶かし込んだような平原にしか見えなかった。
「馬一頭程度の大きさだったアルフォンソが……こんな大きく、竜になるなんて……!」
「影の部分に身体の大部分を隠していたからな」
慧太は答える。
それは慧太自身もそうだが、この一年吸収して肥大化していく身体をちぎり、コツコツとアルフォンソの容量を増やしていた甲斐があったというものだ。
この巨大な飛竜の姿が、いまアルフォンソが取れる最大の大きさだろうことは、慧太にはわかった。
「これなら、ひょっとしてゴルド橋も飛んで――」
「ああ、渡れたよ。考えていたんだけど、セラは――」
「ええ、私は知らなかった。秘密にしていたから。別に責めている訳じゃないですよ」
セラは笑みを浮かべて視線を向けたが。
「あ、ケイタ? いつの間に変装を――」
「ああ」
アルフォンソが飛竜に変身する瞬間、絶対に彼女はそちらに気をとられるだろうと思って、その隙を待っていた……とはさすがに言えなかった。
「それより……あれが見えるか?」
すっと指をさして視線を誘導する。王都エアリアを囲む城壁より南側に、無数の明かりが見えた。セラは頷く。
「ええ……レリエンディール、魔人軍ですね」
「奴らは夜営している。ここまで来たんだ。おそらく後方からの味方を待って、王都を攻略するだろう」
連中がいるのはリッケンシルト国の王都。ここで迂回はない。この国を制圧するのなら、必ず攻め落とさなければならない場所のひとつだ。
そしているのは、攻城戦があまり得意とはいえないベルゼという魔人指揮官である。展開するその兵力は、王都攻略にはいささか少ないように見える。
「魔人の援軍……」
セラが唇を噛み締める。
敵の援軍が到着すれば王都は包囲され、魔人の脅威にさらされる。アーミラ姫ほか女子供が王都から離れるという話だったが……それより前に王都が囲まれれば、逃げることもままならない。
飛竜は王都上空をゆっくりと旋回している。その首元に乗っているユウラが振り返る。
「慧太くん、そろそろ王都東に。……合流地点へ」
「合流地点?」とセラ。慧太は口を開いた。
「リアナとアスモディアとの合流点さ。……ユウラ、悪いがちょっと待ってくれるか?」
「ええっ?」
吹き抜ける風のせいで聞こえにくかったか、ユウラは聞き返したが、慧太はセラを見た。
「ちょっと今考えていることがあるんだが……ひょっとしてセラも同じことを考えてる?」
「同じこと……?」
セラは目を見開き、刹那の間、地上を見つめハッとなった。
「ええ、ちょっとお願いしたいと思っていたことが……」
「オーケー……ユウラ、ちょっと寄り道する!」
「寄り道っ!?」
振り返った青髪の魔術師に、慧太は顎で地上のそれを示した。渋い顔をするユウラ。
「ええ、まあ、そんな事だろうと思いました!」
アルフォンソ――ユウラは飛竜の首を軽く叩いて振り返らせると、地上を指差して下降するよう命じた。
魔人軍の夜営地めがけて。
飛竜は翼を後方へ下げ、緩降下に入った。浅い角度なのは、急激な引き起こしとそれに要する力加減をアルフォンソ自身が掴みかねているからだ。慧太にしろその分身体にしろ、もとは地上の生物であり空は専門ではないのだ。
慧太はポーチから塊を幾つか取り出し、それを変化させて、セラに手渡す。
「これは?」
「爆弾」
以前、グノームの戦士グレゴが使っていた爆弾を模したそれは、シェイプシフターの身体から分離したもので完全再現ではないが、爆発物としては問題ない。
「これを夜営している敵の上に落としたら……さぞ楽しいことになると思うんだ」
「……! ええ、そうですね」
セラも口もとを笑みの形にした。セラに四つほど、慧太自身も爆弾を左腕に挟みつつ、右手で投擲の構えをとる。
「アルフォンソが敵夜営地の上を通過する。そこで爆弾を落とす。セラは右側、オレは左側を投げる。適当に落とせばいい」
「わかりました!」
「あと、ユウラ。あんたも何かやれよ!」
飛竜は地上から三十
闇夜の空だが、当然ながら向こうは飛竜が上空を通過していることに気づいている。
松明が焚かれてはいるが、天幕の類は見られない。だが、魔獣とその騎兵らが二百以上はいる。
「……よし、今だ!」
慧太は手にした爆弾を放った。セラも倣い、飛竜の右側――翼に当てないように気をつけながら、次々に放り投げた。
落とされた爆弾は暗闇の中でパッと花咲くように爆炎を広げた。魔人軍の規模に比べれば、些細な……本当に些細なものだったが、嫌がらせ爆撃にはなっただろう。……そう、思ったのだが。
地上で、光点が瞬いた。
光は膨張し、火山もかくやの紅蓮の炎を吹き上げた。地上の魔獣が、騎兵が、爆風に吹き飛び、あるいは熱に溶けていく。
「ね、ねえ、ケイタ? いまの爆弾って、あんなに威力があったんですか……?」
そんなはずはない――慧太は首を横に振り、そこでふと思い至る。――前にもこんなことあったよな。
「ユウラ、あんたの仕業かっ?」
「えっ? やれって言ったのは、ケイタくんですよね!?」
そんなとぼけた返事がきた。いや、確かに言ったけどさ――慧太は呆れてしまうのだった。
もちろん、ただ爆弾を放るよりも多大な出血をレリエンディール軍に与えた。
勿怪の幸い、結果オーライなのだが、すっきりしない。……忘れていわけではない。ユウラ・ワーベルタという魔法使いの実力のほどを。
「……とにかく、一撃は与えた。離脱しよう」
飛竜の姿のアルフォンソも、いつ飛行が怪しくなるかわかったものではない。
雲の間から月が覗きはじめたのは幸か不幸か。弓矢などで反撃されるのも癪なので、さっさとおさらばしてしまおう。
慧太らを乗せた
アスモディアとリアナが、王都を囲む城壁を越え、向かっているだろう合流地点へ。
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