第100話、ブラックシンデレラ作戦
親衛隊の見張り兵を倒し、
部屋の中央にいたセラもやってくる。
「殺しては……いないですよね?」
「気を失ってるだけよ」
サターナは、開いた扉の外を覗き込む。通路にリッケンシルト兵の姿はない。
さてさて――
「ちょ、ちょっとサターナ!?」
セラが困惑する。目の前の
「はい、これを着なさい」
「え……?」
「その格好で宮殿内を歩き回るつもり? バレたら部屋に戻されるでしょうが」
いつもの青い服、白のスカート姿のセラである。活動的ではあるが、セラの銀髪と相まって目立つことこの上ない。服の上からローブを重ね着しながら、セラは小首をかしげる。
「ねえ、サターナ、このローブずっとそこに隠していたの?」
「……」
それまで平静だったサターナだが、一瞬ドキリとした。
自身のシェイプシフター能力で変化させたそれだから、ずっと隠していたわけではない。だがそれを説明できない以上、否定したら弁明できなくなる。
「え、ええ。そうよ。こんなこともあろうかとね――それより、剣を忘れないで」
もちろん――とセラは棚の上に置いていた銀魔剣をとり、腰のベルトに下げた。そして長い銀髪をローブについているフードの裏に隠す。一見すると、役人というより、占い師めいていた。
「……」
「何です、サターナ? ……どこかおかしいですか?」
失敗した――
「とりあえず、フードは被らない」
髪を隠すフードをとる。セラは目を丸くした。
「でもこの髪は目立ちます!」
「別に銀髪の人が一人もいないわけじゃないでしょ」
セラの銀色の髪を手に取り、服とローブの間に挟むように入れていく。
「室内でフードをしてる人なんていないわ」
「あ、あ、サターナ……」
「侍女服とか、それか魔法使いにしておくべきだったわ。フードとか被り物を普段からしていてもおかしくない衣装で」
「ショートカットも可愛いわね、セラ」
「か、可愛い……!?」
ボンっと湯気が出そうなほど赤面するお姫様。サターナは再び廊下に出て、改めて誰もいないのを確認。
「さ、早く出るわよ。そこで寝ている兵たち――ああ、もう!」
サターナはスカートの裏からロープを出して、寝転がる親衛隊兵たちを縛りはじめる。意識が飛んでいるのは、わずかの間。早ければそろそろ意識が戻る。
「……何でロープなんて隠し持ってるんですか!?」
「備えあれば憂い無し……私の国の言葉よ」
兵たちを縛り終え、さらに声で助けを求めないように布をかませて猿轡代わりにする。
「じゃあ、行きましょう」
「……本当に大丈夫でしょうか。……髪を隠さなくて」
「髪型が変わるだけでもだいぶ印象が変わるものよ」
サターナは廊下に出て、先導する。
「皆、あなたを長髪だと思っているから、遠目だと髪が短いととっさにあなただってわからないわ」
「近くだと?」
「気づいたら倒す。シンプルでしょ?」
後は、宮殿にいる役人に銀髪の女性がいることを祈るくらいね――期待薄だから、言葉にはしなかった。
磨きぬかれた廊下。一定間隔で経つ柱は、それぞれアーチを描いて繋がっている。よく見れば、柱や天井には装飾や紋様が刻まれていた。
コツコツとヒールの音を立てて、サターナは進む。一方でセラは靴音を気にしながらその後に続く。
「へんにコソコソしてるほうが逆に目立つわよ」
「どうしてあなたはそんなに堂々と歩くんですかっ?」
「まだ見つかっても、問答無用で捕まるわけじゃないから」
何の遠慮もない、まさに
怯むことも隠れることも必要としない、姫、いや女王の貫禄である。
通路を歩くことしばし、兵士どころか侍女や召使いすら出会わなかった。
「……静かですね」
「皆、それどころではないからでしょう」
王都の外ではレリエンディール軍が迫り、刻々と戦闘のための準備が進められている。……もっとも、侍女らの姿が見えなかった理由は別にあるのだが、
階段を降り、一階へ。
この階段というのが遭遇率が高いのよね――サターナはドレスの裾を掴んで降りていくと……。
――いた。
階段下、通路の見張り兵だ。
靴音が聞こえていたか、顔を上げており、折り返しの部分に現れたサターナの姿を見ている。ただまだセラの姿は見えていない。
「……私を壁についてきて」
小声で告げると、サターナは見張り兵に、にっこり笑顔を浮かべて見せた。
途端に、遠目からでも兵が赤面していくのがわかった。若い兵だった。……童貞臭がした。
とびっきり妖艶な美女であるサターナ――これは慧太の自惚れではなく、モデルになった女性への率直な感想である――が微笑みかけただけで、見張り兵の意識と視線を釘付けにする。
後ろに続くローブ姿の役人女は、眼中になかった。
「ご苦労さま」
一度、サターナが立ち止まって兵士に満面の笑み。その止まった間に、セラはサターナを壁に見張り兵の視界から逃れる。
そのまま何事もなく通過し、一階廊下を真っ直ぐ進む。
「……」
「何か言いたそうね、セラ?」
彼女の隣に追いつきつつ、サターナはしかし口もとに笑みを浮かべている。
「別に」
そういうセラは、どこか不満げに見える。サターナは意地の悪い笑みを貼り付けたまま言った。
「私に嫉妬してる?」
「そんな! ……ことないです……だってあなた、『男』じゃないですか」
セラはジト目を向けてくる。サターナは扇子を取り出し、その笑みを隠した。
「美人を演じるというのは実に楽しいのよ。……わかるでしょ?」
「わかりません」
「セラはもっと自分の美貌というものに自覚を持つべきね」
ぷい、とそっぽを向く銀髪のお姫様。照れているのだろうか。
サターナは視線を正面に戻した。
開け放たれた扉。そこは宮殿の中庭に面した庭園。……侍女の一人でもいると思ったが姿は見えない。
外の空気。紫色に染まりつつある空には、明るい星が幾つか見えた。
「フードを被りなさい、セラ」
外に出た以上、フードをしてもさほど不審がられないだろう。むしろ、ここからはドレス姿のサターナのほうが止められる可能性が高い。
「今度はあなたが前に出て。さも、私を案内しているように振る舞うの」
「わかりました」
フードを被り、前へ。石畳の屋根付き通路からはずれ、土で固められた庭を歩く。サターナは宮殿を囲む防壁、その頂上たる
「門ではないのですか?」
「人が多いから目に付くでしょ。私は間違いなく呼び止められる。そしたらあなたもバレるかもよ?」
なるほど、とセラは頷いた。
石造りの防壁に登る石造りの階段を踏みしめる。幅はあるが人二人が横に並ぶにはやや手狭な印象。手すりがないので、壁の反対側は落下の恐れもあった。
登りきる。
吹きすさぶ風が、夜の空気を運ぶ。
歩廊から見える王都の建物は、ぼちぼち明かりが点り始めている。
「さてサターナ。……いえ、ケイタ」
セラは周囲を見回す。
「ここからどうする――」
「サターナ様!」
遮るように聞こえたのは、リッケンシルトの幼い姫アーミラの声。見ればスカートの裾をつまみあげながら、中庭を横切り、歩廊へと上がる階段を駆けてきた。
「大変です、サターナ様! セラフィナ姉様がお部屋におられないのですっ!」
最悪――サターナは一瞬、天を仰いだ。
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