第94話、急変
セラフィナ・アルゲナムとの婚約。
リーベル王子のぶちまけた宣言は、集まった貴族らを大いに驚かせた。
「ええっー!?」という声が主に若い娘やその親から上がり、「おおっ」と有力貴族や上級騎士たちから上がった。
セラは当然ながら前者だ。リーベル王子が右手でセラを指し示せば、会場の視線は一斉に銀髪のお姫様へと向いた。
困惑するセラ。その傍らで
「やりやがったわね、あのクソ王子」
美姫からとは思えないほど汚い言葉がついて出た。
誕生日という祝いの場で、皆の前で、王子は婚約を宣言したのだ。セラが同意していないにも関わらず。
貴族らの見つめる前で、セラが王子の宣言を断るのはほぼ無理だ。
それは王子の面子を傷つけるだけに留まらず、リッケンシルト国そのものへの侮辱とも取られかねない。
アルゲナムが滅び、国としての機能を失しているにも関わらず、その国の姫をもらってもいいと手を差し伸べる王子の『慈悲』を蹴るなど考えられないのだ。
――これでは応じざるを得ない……!
セラは絶望にかられる。
こちらの意志などお構いなし。――そうだ。無視されたのだ。セラの意向も、その気持ちも、全部。
リッケンシルト国の面子、王子の面子を保つために、セラは自らの意志を殺さねばならないのだ。これは屈辱だ。
身体が震える。湧き上がるのは怒りと悲しみ。それがない交ぜになってセラの心を苦しめる。
私はどうすればいい? 怒ればいい? それとも、光栄ですと彼らの前で頭を下げればいいの?
「――大丈夫よセラ」
ふっと、サターナの声。見れば、彼女は口付けするかのようにセラの耳元まで顔を近づけていた。
「王子がこういう手で出てきた時のために、プランBを考えているわ」
「ケイタ……」
まだ、彼女が――いや彼がいる。ケイタなら何とかしてくれる――それはふって湧いた希望。
「ですが、プランビーって……?」
「楽しいショーが始まるってことよ」
すっと、サターナはドレスの裾をつかんだ。何か始めようとしている――それを瞬間的に察したセラだったが。
「陛下! 陛下っ!」
突如、ホール内に大声が響いた。
無骨で、祝賀パーティーの雰囲気にそぐわない切羽詰った声に、一同の視線が集まる。
やってきたのは顔にびっしりと汗をかいた、一人の長髪の騎士だった。よほど慌てているのか、周囲の視線もお構いなしだ。不躾にもほどがある声を受け、オルター王は眉をひそめる。
「何だ、騒々しいぞ」
長髪の騎士はその場に片膝をつき、王に
「申し上げます! 魔人軍、リッケンシルト領へ侵攻! 交戦状態にあり!」
「!?」
さっ、と周囲の空気が凍った。リーベル王子はもちろん、オルター王も目を見開いた。
「魔人軍、だと……?」
王子が一瞬、セラを見た。
だが当のセラでさえ、事態が飲み込めず
「国境線で衝突したのか!?」
隣接するアルゲナム方向からか――その問いに、騎士は顔を上げることなく答えた。
「は、はい! ……ですが」
言いよどむ騎士に、王は苛立った。
「何だ。申せ!」
「はっ! 魔人軍、五日前に国境線を突破」
「五日前……」
国境線から王都までの移動時間を鑑みれば、日にちが経っているのは仕方ない。
問題は魔人軍が今どのあたりにいるのか、である。
「敵は領内に侵攻し……現在、ヴィーゼル城手前まで――」
「ヴィーゼル城だと!?」
場が騒然となる。オルター王は顔をしかめ、驚きに声を上げた。
「もはや王都から目と鼻の先ではないかッ!」
一瞬王はふらついたが何とか踏みとどまった。貴族らも顔を青くして周りの者と話し始める。
「信じられぬ……。伝令の伝達速度並みに進軍する軍隊など……奴らは、化け物か……!」
オルター王は額に手を当てた。
「そのあいだにあった都市や砦をすべて一日かからず攻め落としているというのか、ありえぬ!」
電撃戦だ――
リーベル王子が、王へと進み出た。
「父上、ヴィーゼル城は堅固な要塞。いかに魔人軍と言えど、あれを突破するのは至難の業。今より各地より援軍を募り、逆襲に転じましょう!」
「リーベル……」
オルター王は、息子の顔をまじまじと見やる。
「間に合うだろうか。いやヴィーゼル城がもつかどうか……ここまで破竹の勢いで進撃してきている敵ぞ」
「もたせるのです。一番近いこの王都から第一陣として援軍を送りましょう!」
リーベル王子は微塵も揺るがない。
「幸い、アルゲナム行きのための兵を集めておった折、必要なものは揃っております。今より準備すれば、明日には出発できましょう。これに王都の兵を加えれば、第一陣としては十分かと」
「ふむ、ロウト将軍」
「は、これに!」
リッケンシルト国の軍事部門を担う将軍が進み出た。
「ヴィーゼル城への援軍部隊を貴殿に任せる」
「ハッ!」
「
リーベル王子は胸を叩き、自らの出陣を告げた。これには王も眉をひそめる。
「いやしかし――」
「国の大事とあらば、王族が率先するのは当然のこと。……今日この場に集まった諸侯らにも顔向けできますまい」
ざわっ、と会場の貴族らがざわめいた。
「王子殿下が参られるなら――」
痩身の伯爵が声を張り上げた。
「私めも至急に領の兵を集め、ヴィーゼル城へ参陣しましょうぞ!」
そうだ、リッケンシルトの危機だ――貴族らは、若き王子の出陣に大いに士気を上げる。
単純に国の危機だからか、それとも仕える王族への点数稼ぎか。理由はどうあれ、魔人という敵の前に、彼らは団結しているようだった。
「パーティーはここでお開きだ」
リーベル王子は宣言した。
「さっそく軍備を整え、魔人軍に対抗せねばならない!」
こうしてはいられない――貴族らは、オルター王とリーベル王子に挨拶を済ませると、
セラは呆然とその光景を見ていた。……私はどうするべきだろうか?
「あなたの婚約云々を気にする人は、もはや誰もいなくなったわね。少なくとも今は」
様子を見ましょう――黒髪の美姫に化けている慧太はそう言った。
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