第83話、王子との関係

 

 セラに用意された部屋は、他国の王族や大貴族を宮殿に招いた際に用いられていた。

 大きく採られた窓はガラスがはめ込まれている。赤いカーテンは今は巻かれていて、外からの太陽光をたっぷり取り入れていた。

 壁には美術品や絵画。白い丸テーブルに、ソファー型のふかふかな椅子。部屋の一角に鎮座する巨大なベッドは天蓋付きで、一人で使うには広く、慧太ら全員が寝転がってもお釣りがくるほどだった。


「大層な歓迎だな」


 慧太が言えば、セラは溜息をついた。


「何か言いたそうですね」

「別に……」


 慧太はふかふかな椅子に腰掛け、テーブルに肘をついた。向かいの席についたユウラは肩をすくめる。


「とてもそのようには見えませんよ、慧太くん」


 そこそこ付き合いの長い青髪の魔術師は、机の上で腕を組んだ。


「代わりに言いましょうか? ……セラさん、リーベル王子とは親しいのですか?」

「親しい、とは?」


 セラはベッドの傍らに立った。リアナは広いベッドの端に腰を下ろし、弾力を確かめている。


「お友だち? それともそれ以上の関係でしょうか?」

「それはあなたたちに関係あります?」


 セラはプライベートな事柄に突っ込まれ、わずかに不快そうな顔をした。


「僕には関係ありませんね……僕には」


 ちら、と視線をこちらへ向ける。


「おい」


 慧太が睨めば、ユウラは苦笑する。セラは額に手を当てると口を開いた。


「親しいといっても、あくまで隣国の王族としての付き合いです」

「……」

「アルゲナムとリッケンシルトは良好な関係にあります。一年に一度や二度、国の行事やら訪問で顔を合わせるくらいはあります」

「それにしたって――」


 アスモディアが慧太の席の後ろについて、その手を置く。


「王子様とかなり親しげに見えたわ。……あれはそう……恋人のような」


 慧太の表情は曇った。あの王子の馴れ馴れしさを思い出すと、正直腹が立った。


「恋人だなんて」


 セラは頬を膨らませた。拗ねているのか怒っているのか、それとも図星でも突かれたのか、どれとも取

れるような態度だった。


「そんな関係じゃありません!」

「つまりお姫様にその気はなし、と」


 アスモディアは、その細い顎先に指を当てた。


「でも王子様は、その気みたいだったけれど?」


 酷いお姫様――とシスター服の女魔人がクスっと笑えば、セラは肩を怒らせた。


「私が悪いとでも?」

「やだ、そんなこと言ってないでしょう? ムキにならないでよ」


 とにかく――ユウラが話の流れをぶった切った。


「今後の話をしませんか? オルター王から二、三日の逗留を認められましたが」

「陛下の勧めでなければ」


 セラは、慧太やユウラのいるテーブルの前まで移動する。


「明日にでもライガネンへ出発したかったのですが」

「たぶん、止められるでしょうね」


 ユウラは苦笑した。


「何でも明日は、リーベル王子殿下のお誕生日会があるようですから。……セラさんも出席と相成るでしょう」

「お断り……するわけにもいかないでしょうね。外交上、相手王族のお誘いを蹴るのはかなりの失礼な行為ですし」

「それがきっかけで関係悪化、戦争なんて事態も――」


 言いかけて、ユウラは唇の端を吊り上げる。


「まあ、セラさんの国の現状を考えれば、それはないしょうね」

「パーティーねぇ……」


 慧太は皮肉げだ。


「王子様の誕生日を祝うって、やっぱ貴族とかそういうのがわんさか集まるんだろうな」

「美味しいご馳走にありつけるかも」


 アスモディアが言えば、慧太は顔を上げ、彼女を見上げた。


「招待される気満々かよ」

「あら、これでもレリエンディールでは上級貴族なのよ。社交界なら、あなたよりも詳しいわ」


 ピュー、と思わず慧太は口笛を吹いた。

 その時、コンコンと扉がノックされた。部屋の主であるセラが「どうぞ」と応えれば、扉が開いた。

 一礼して現れたのはメイド服姿の侍女。扉をさらに開くと――リーベル王子のために道を広げて身を引くのである。


「セラフィナ……」


 そう呼びかけたものの、彼はすぐに顔をしかめた。


「何故、この者どもがあなたの部屋にいるのだ?」

「私の友人ですから」


 セラは特に驚くに値しないと言いたげに告げる。しかし王子は首を横に振った。


「傭兵だったな。この部屋から出て行きたまえ。私はセラフィナに用があるのだ」


 何とも邪険な言い回しだった。慧太は眉をひそめるが、真っ先に口を開いたのはユウラだった。


「それは失礼しました、リーベル王子殿下。我々は退出します」


 席を立ち、深々と一礼すると、一同に出ましょうと促した。ここはリッケンシルトの宮殿。持ち主たる王族と問題を起こす理由など何もないのである。

 慧太はセラに一度頷けば、彼女もまた穏便に、と無言の合図を返した。

 王子は憮然としたまま、慧太らが出て行くのを見ていたが、傍らをリアナが通った時、あからさまに不快な表情を浮かべるのだった。

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