第82話、リッケンシルトの王子

 セラが、リッケンシルトの王と会談をしている頃、玉座の間の外で慧太たちは待機していた。


 傭兵風情の入室を許さない、とでもいうのだろう。……まあ、仮に入れと言われても、慧太としても話すことなど何もないのだが。

 むしろ王様を前に堅苦しいお話に付き合わなくて済むと思えば、玉座の間に入れなくても恨むことはなかった。

 ただ矛盾した話ではあるが、セラがリッケンシルトの連中と何を話しているかについては、ばっちり盗み聞きさせてもらっている。……彼女の影に、子狐の分身体程度のを分身を忍ばせて。


 会談が終わり、セラが例の親衛隊長――リンゲという騎士と共に出てくる。


「――私を宮殿に留め置くなら、彼らにも部屋を用意していただきたいのですが」


 セラが丁寧な口調で言う。しかしリンゲ隊長は。


「彼ら……傭兵をですか?」


 親衛隊長は、胡乱うろんげな視線を、慧太らに寄越した。若い戦士に、魔術師風の青年。背の高い赤毛のシスターに、狐人の少女戦士――


「しかし、姫殿下。貴女様の護衛なら、我が親衛隊がお守りしますが」

「……それはありがたい申し出ではありますが」


 自分がゲストとして扱われているのだろう。そう感じたセラは応えた。


「ですが、彼らは私をここまで無事に連れてきてくれた恩ある方々。そんな彼らの労を、私は労いたい」

「左様でございますか」


 リンゲは不承不承、首肯した。


「承知しました殿下。私の名でお連れの者たちの部屋を用意させましょう」

「感謝します」


 セラは優しく笑んだ。その可憐な笑顔に、リンゲ隊長は年甲斐もなく照れたようだった。


「みなさん、お待たせしました」


 銀髪のお姫様はやってきた。

 リアナが「おかえり」と声をかける。 

 会談の内容は影に潜ませた分身を通じて聞いていた慧太は、それを知らぬふりをしながら口を開いた。


「話はついたのか?」

「ええ。リッケンシルト国に魔人の脅威を伝えることは終わりました。オルター陛下は国境の守りを固めて、魔人軍の侵攻に備えるそうです」

「それは朗報ですね」


 ユウラが言えば、傍らのアスモディアは珍しく真剣な表情。


「……何か言いたげだな」


 慧太が言えば、アスモディアは、視線を泳がせる。


「ここでする話ではないわ」


 リンゲ隊長を気にしているのだろうか。

 アスモディアは、つい先日までレリエンディールの軍勢にいた。こちらの知らない魔人軍の動きでも知っているのだろう。

 問いかけたいが、リッケンシルト国の人間がいるそばでするのもはばかられた。


「姫殿下」


 部屋へご案内します、とリンゲが声をかけてきた。セラは朗らかに応じた。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 では――とリンゲが従者に頷いたその時。


「セラフィナ姫! ここにいたかっ!」


 若い男の声が響いた。

 すでに足が向きかけ、声に振り返るセラは、そこで目を見開いた。


「リーベル王子!」


 王子――ブラウンの髪を伸ばした細身の青年が、ゆったりとした足取りでやってきた。煌びやかな紋章や飾り具のついた赤い服に同色のマント。二十代前半だろう。キリリとした双眸に、中々の美形だ。背も高いため、若い娘などからさぞ人気が出そうなスタイルをしていた。


「あぁ、セラフィナ……」


 近づくなり、美形の王子は挨拶代わりのハグをセラと交わす。……というより今、セラはするつもりはなかったがようだが、王子が身体を接触させるほうが早かった。


 ――なんだ、こいつ……。


 セラが困惑しているのを見やり、慧太は眉をひそめるのである。

 彼女も挨拶として自然に振る舞えばどうってことはなかったのだが、女性に対して無理やり抱きついたように映るのだ。


「無事でよかったセラフィナ。……アルゲナムから連絡が途絶えたと聞いて、ずいぶん心配したのだ」

「ああ、ええ……ご心配をおかけしました、王子殿下」

「リーベルと呼んでくれ。セラフィナ」


 王子は言うのだった。……何気に呼び捨てだし。


 そこそこ親しいのだろうか。慧太は訝るのである。


「え、ええ、リーベル……」


 おい、やめろよ。セラが困ってるだろ――慧太は内心悪態をつきたくなるが、そこでふとユウラに肩を叩かれた。


「……怖い顔になってますよ」

「お、おう……」


 やばいやばい、顔に出てたらしい。


「話は聞いたよセラフィナ。……アルゲナムが魔人の手によって滅ぼされたって」

「えぇ……」


 セラは俯く。すると王子は、すっと手を伸ばし、セラのあごに手を当て持ち上げさせた。


「でも、君が無事でよかった。このまま連絡がなければ、私自ら兵を率いてアルゲナムに駆けつけていたところだ」

「そうなのですか……?」

「もちろんだとも。すでに兵を招集していたのだ。父は私の誕生パーティーの準備などと……」


 リーベル王子はセラから手を離し、考え深げに俯いた。


「だが、君がこうして来てくれたのだ。父の配慮も無駄ではなかったのだろう。……君は、明日の私の誕生パーティーには出席してくれるのだろう?」


 すっと、慧太や周囲の視線がセラへと向く。当のセラは「え?」といわんばかりに混乱していたが、小さく首を縦に振った。


「え、ええ。オルター陛下には今日はここで休むようにと勧められたから――」

「よかった」


 心底ほっとしたように王子は胸をなでおろすのだった。


 ――いや、パーティー出るとか言っていないからな、セラは。


 慧太の苛立ちが募る。そんな心境など知るよしもなく、リーベル王子は慈しみの視線をセラに投げかけた。


「今はゆっくり休むといい。今晩は一緒に食事をしよう――」


 本当に、無事でよかった――そう、王子は言うのだった。

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