第84話、暴言

 扉が閉まり、部屋にセラが残るのみとなった時、王子は不快さを隠そうとしなかった。


「何故、傭兵風情を部屋に入れたのだ?」

「傭兵風情って」


 セラは、どうしてそんなことを王子が言うのかわからず首を振った。


「私をここまで連れてきてくれた恩人たちです。彼らがいなければ、私はとうに――」

「だとしても、それはここまでの話だろう? もう傭兵の力など不要だ」

「何をおっしゃるのですか?」


 セラは表情を固くした。


「彼らはライガネンまで私を同行するという申し――仕事が残っています」

「その必要はない」


 リーベル王子はベッドのほうへと歩き出す。必要ないって――セラは困惑する。


「君はライガネンに行く必要はない。ここに留まるべきだ」

「何を……」


 セラは驚く。


「ですが、私には父王の――」

「父君の遺言であるというのなら、その件は我がリッケンシルトからライガネンへ使者を出そう」


 王子はセラに顔を近づけた。その端整な顔が間近に迫り、思わず一歩身を引く。


「魔人による危機は伝えよう。アルゲナムの意向もな。だが君が危険な旅に出ることはないんだ」


 王子はどういうつもりでこんなことを――セラは怪訝に思う。


「お気持ちは嬉しいのですが、皆にはライガネンまで行くと」

「傭兵のことなどどうでもいい」


 リーベル王子は吐き捨てる。


「金が目当ての連中だ。謝礼を要求するなら私から出そう。それなら文句はあるまい。とにかく彼らの役割は終わった」

「一方的過ぎませんか?」


 金が目的――そうではない。


「あなたは彼らのことを何も知らない」

「ああ、知る必要もないだろう。荒事専門の連中だ」


 王子は突っぱねる。セラは俯いた。


「彼らは……少なくともケイタはお金を求めてなどいません」

「はっ! この世に金を要求しない傭兵などいるものか!」


 信じられないのも無理はない。

 だが実際に慧太は報酬を要求しなかった。無償の協力。ただそれではあまりに彼らにとって損な申し出ではないかと告げた結果、ようやく依頼の形で落ち着いたのだ。


「私はライガネンに行かなければいけない……」

 しぼり出すように、セラは言った。王子は派手な身振り呆れも露にする。


「あの傭兵どもを頼りにか? ……傭兵だぞ? 君がここまで無事だったのだって奇跡なんだ。……もしや、彼らに脅されているのか?」

「はい?」


 どうしてそうなるの? ――セラは目を丸くする。


「お金でないなら、君の純潔……身体目当てなのか!?」

「馬鹿なこと言わないでください!」


 失礼にもほどがある。だが王子は真剣だった。


「もしや、奴らに身体を汚されたのか? もしそうなら、奴らの首を私自ら刎ねてくれる!」

「誤解しないで! そんなわけありません!」


 酷く侮辱された気分だ。ケイタたちを、大切な人たちを貶められたという思い。さらにセラ自身も言葉で汚されたような、とにかく不快だった。

 リーベル王子は、ベッドの香りを嗅ぎ、すぐに忌々しげに言った。


「シーツを換えさせよう。不快な獣の臭いがする」


 不快な獣――その言葉に、セラは憤りをおぼえた。

 先ほどリアナがベッドに座っていたが……。王子の放った狐人の少女への態度に、正直頭にきた。……リアナのことは友人だと思っているのだ。


「いい加減にしてください!」


 さすがに我慢の限界だった。だが王族であるプライドが、一瞬でも声を荒げたという自らの行為を恥じ、そのトーンを幾分か下げさせる。


「そういう言い方、嫌いです」


 セラが怒りを露にしたためだろう。リーベル王子は、少し慌てた。


「ああ、済まないセラフィナ。君を怒らせるつもりはなかったんだ。……ただ、心配だったんだ」

「心配?」

「獣人は、怪しげな伝染病を持っているからな。ヘタに近づくと危ない。……一緒にいたと言うが身体のほうが大丈夫なのか?」

「ご心配痛み入ります」


 セラは事務的に返した。


「それで、ご用件をお伺いしましょうか」


 多分によそよそしく、客人の分際で失礼だとは思ったが、敬う気分にはなれなかった。いっそ、彼の機嫌を損ねて追い出されたら、さっさとライガネンに行けるかしら、などとさえ考えてしまう。


「君をディナーを誘いに。それと、明日のパーティーで君が着るドレスも用意させたから、好きなものを選んでくれ」

「パーティー」


 セラはぎこちなく笑みを浮かべた。……やっぽり出席なのね。本音を言えば出たくなかった。


「わざわざドレスまで用意していただいて」

「君の美しさを、皆に知らしめないとな。……私の大切な人に恥をかかせるわけにはいかない」


 甘い声で、言うのである。先ほどのリアナへの言葉や傭兵への態度がなければ、もしかしたらときめいていたかもしれない。もちろん、今はとてもそんな心境ではないが。


「ご厚意感謝します」


 正直に言えば、憂鬱な気分だった。



 ・ ・ ・



 セラの部屋を辞したリーベル王子は、控えていたリンゲ親衛隊長に告げた。


「傭兵どもを宮殿から追い払え」

「は……王子殿下、いま何と?」

「聞こえなかったか、リンゲ。傭兵どもにお引取り願えと言ったのだ」


 大股で廊下を歩くリーベル王子。その後に続きながら、リンゲは言った。


「セラフィナ姫殿下に恩のある方々と伺っておりますが……」

「フン、優しいセラフィナは騙せても、私は騙されないぞ!」


 リーベル王子は苛立ちを隠さなかった。


「傭兵など金目当てなら殺しも国土荒らしも平然とやってのける畜生どもだ。……その汚らわしい傭兵どもに今後も出番などない。口実などどうでもよい。貴様は、すみやかに傭兵どもを宮殿から追い出せ。手段は問わん」

「……承知しました、殿下」


 リンゲは足を止め、その場で深く頭を下げた。

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