第67話、勧誘
「この際だから、はっきり言うけれど……」
アスモディアは背筋を伸ばし、そのたわわに揺れる胸を張った。
「わたくしは、貴方のような有能なシェイプシフターの部下が欲しい」
後ろ手に拘束されながらも、その堂々たる姿勢は、どこか気品を感じさせた。その肌色成分の強さが、幾分か邪な感情を抱かせるに十分ではあるが……。
「シェイプシフターは本来、下等種。何故なら、あれは知能が低くて、ただ変身して相手を驚かせる程度しかできないから。せっかくの能力を活かす頭がないのよ」
「それで?」
彼女の申し出に、慧太はいささか驚いたが表情には出さなかった。
「レリエンディールでの地位を保証するわ。というよりわたくしの個人副官になって欲しい」
何とも直球な物言いだった。
「公私ともにわたくしに尽くすの。その代わり、わたくしもあなたに尽くしてあげるわ。欲しいのなら爵位だって用意できる。まずは男爵から……働き如何では伯爵くらいにはしてあげる」
男爵とか伯爵か――先日のブオルン人を喰らいその知識をたどりながら慧太は、レリエンディールでの彼女の立場を再確認する。
魔人の国レリエンディールには、その国を統率する王がいる。
その下には、古くから王家に使える大貴族の家系が七つ存在する。
カペル家はその七つの大貴族家系では順列四番目に位置する。その一族に名を連ねるアスモディアは、人間の国で言うところのお姫様に足る位と立場を持っていた。
――お姫様ね。
だから魔人らは、彼女を『アスモディア様』と呼んでいる。
「あんたが下等種というシェイプシフター風情に、随分と報酬をちらつかせるんだな」
「ただのシェイプシフターとは毛色が違うでしょう、貴方は」
アスモディアは唇の端を吊り上げる。
「身体を分裂させることができる。スライムにも似た能力だけど、これは取り込んだ際に能力をも自分のものにしているのかしらね」
慧太は黙っていた。なにぶん自分自身、他のシェイプシフターに出会ったことがないのだ。……最初に慧太を喰らったあいつ以外には。
そのシェイプシフターにしても、スライムのような外見をしていたが実際のところ、あれが本当の姿だったのかわからない。
「本来、わたくしは男は嫌いなの」
アスモディアは、拗ねたような顔になる。
「でもあなたは別よ。……わたくしのこの身体をメチャクチャにする名誉もあげるわ。変幻自在のあなたがどんな快楽を与えてくれるのか、考えただけでもゾクゾクしちゃう……」
「個人的に気に入られているのか、オレは」
というか個人的な願望垂れ流しにしている気がしないでもない。
どこか恍惚とした表情を浮かべてスイッチ入っているような女魔人を尻目に、慧太は慎重だった。
「その話を信じると思うのか?」
仲間に引き入れるフリしての罠ではないと言い切れるのか。
「なら、今ここでわたくしの身体を貪る?」
両足を開き――いわゆるM字だ――、ベッドにもたれかかる赤毛の美女魔人。
「こちらについてくれるなら……好きにしていいわよ」
どこまでも試すつもりか、それとも本心なのか――慧太は首を横に振った。
「なあ、ユウラ。このままこいつとお喋りしていると、ドツボに嵌ってくような気がしてならないんだが?」
「信じる信じないで判断に迷っているうちは、すでに彼女の術中に嵌っているのかもしれませんね」
「心外ね。わたくしは本心なんだけど」
アスモディアは脱力したようにその頭をベッドに預けた。
「どこまでしてあげれば、信じてもらえるの?」
「……なんで、こいつを捕まえたユウラ?」
慧太は青髪の魔術師を見やる。彼も小首を傾げた。
「色々使い道があるかと思って。あなたが彼女を取り込めば、レリエンディールの情報を得られますし……もし、僕に任せてくれるなら、ちょっと試したいこともあるんですが」
「試したいこと?」
「ええ、とある魔法の実験に」
ユウラは涼しい顔で言うのである。
「僕が古代の魔法を研究していることは、いまさら言うまでもないでしょうが……」
「そうだっけ」
慧太は、すっ呆ける。
「えー、実験ですってぇ――」
ベッドの上で抵抗するようにもがくアスモディア。ちっとも嫌そうに見えないのは気のせいか。
慧太は溜息をついた。
「さっさと実験材料にしちまえよ」
「いいんですか?」
ユウラが聞いてくれば、慧太は頷いた。
「好きにしろよ。……こいつ取り込んでるところをセラに見られるのも嫌だし」
「まあ、確かに趣味がいいとは言えませんね。……彼女には秘密にしておきたいでしょうし」
ユウラが肩をすくめれば、アスモディアはそれを聞き逃さなかった。
「へぇ……。お姫様には貴方がシェイプシフターであること、黙ってるんだ……」
その赤い唇がにんまりと笑みを浮かべる。
「まあ、そうよねぇ。何せ魔人に国を滅ぼされたお姫様ですもの。魔人を仲間になんてできるはずないものね。うふふ」
「何がおかしい」
癇に障る笑い方だった。慧太が心底冷えた目を向ければ、顔を上げたアスモディアはその金色の瞳を細めた。
「わたくしにも、勝ち目が出てきた、ということよ……!」
灼炎の輪、我が手を離れ――アスモディアの唇が、言葉をつむぐ。それは呪文。
バッと、彼女の両腕を後ろで拘束していた縄が解けた。縛めから解かれた赤毛の女魔人はそのまま起き上がった瞬間、宙に魔法陣を描く。
「焼き尽くせ!」
不意打ちだった。炎が弾け、部屋を吹き飛ばす勢いで劫火が暴れ、壁が吹き飛んだ。
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