第68話、覚醒する翼
部屋を覆い尽くさんばかりの炎は窓を破り、通りに面した壁をも破砕した。
吹き上がる炎の柱。崩れた壁、そこから飛び出したのは、赤き竜の翼を生やしたアスモディアだった。
宙へと舞い上がった羊角の女魔人は、再び魔法文字を刻み、標的――セラフィナ・アルゲナムの宿泊している部屋に金色の瞳を向けた。
窓にかけられていたカーテンが開き、その向こうに銀髪の少女の顔が覗く。
突然の爆発が何だったのか確かめようと。……アスモディアは唇の端を吊り上げた。
「灼炎の輪……我が手を離れ……焼き尽くせっ!」
窓から銀髪のお姫様が消える。後ろへ飛び退いたのだろう。
遅い!
アスモディアの放った炎の柱は目標の部屋の壁を撃ち抜いた。
直撃すれば蒸発、かすめれば大火傷。
女魔人は笑んだがすぐに、それを引っ込める。
斜め下からの攻撃となった。飛び退く角度によっては切り抜けた可能性もある。
死体を確認するまでは勝ったと思うな――アスモディアは翼を羽ばたかせ、吹き飛んだ壁の前へ。
燃え盛る室内、漂う黒煙が払われ――
「!?」
光が四つ浮かんだ。
すぐに魔法のそれと見たアスモディアは急速下降。頭をかすめるように、光弾が走った。
――生きている!
目標の部屋にいた者で、光の魔法の使い手など、アルゲナムの姫しかいない。
一度は降下したが、すぐに翼をはためかせ上昇に転じる。
吹き飛び、壁がなくなった部屋の淵に、銀髪の戦乙女が姿を現す。
白銀の鎧をまとったセラは、その青い瞳で、アスモディアを睥睨する。
「ふふ」
女魔人は笑みをこぼした。
いま自分がいるのは空中だ。
当然、空を飛べないセラフィナ姫に近接戦など不可能。魔法の光弾程度なら、防御魔法で回避できるし、銀魔剣の大威力の一撃は、ここが市街地であることを考えれば使用できない。
だが、こちらは大威力の魔法を使い放題。人間どもの町などに何の遠慮もいらないのだ。負ける気がしな……い?
アスモディアは目を見開いた。
セラが床の端から跳んだのだ。
三階の高さ――
空中を自在に動けるアスモディアは翼を羽ばたかせ後退。
セラの無謀な跳躍は無駄に終わり、地面へと落下するだけ――そう思われた。
何事か呟やいていた彼女の胸もとが光り、全身がその光に包まれる。
彼女の白銀の鎧がより鋭角的なフォルムに変わる。
何より特徴的だったのは、その背中に天使を思わす白き一対の翼が現れたこと。
「翼……っ!?」
墜落するに見えた白銀の
手にした銀魔剣アルガ・ソラスが、
「くっ!?」
アスモディアは紅蓮の槍を具現化させる。
スコルピオテイル――それがセラの銀魔剣、いや、銀魔槍とぶつかる。
風が、女魔人の赤毛と、戦乙女の銀髪をはためかせた。
「いったい、どうしたのかしら、その姿は……!」
「魔人と話す舌などない!」
激しい敵意の感情がほとばしる。セラの背後に、白く輝く光の球――いや、光の槍が五つ具現化した。
「お父様の……国の皆の仇ッ!」
・ ・ ・
目の前で炎が迫った時は、さすがにやばかった。
慧太は自らの身体の形を解き、自身の影に逃げ込むことで、アスモディアのすさまじい炎の一撃を回避した。
感覚的にはリンボーダンスのそれに近い。床すれすれの高さまで縮んだ――そうでなければ、手ひどいダメージを受けるか、やられていたかもしれない。
全裸でなければやられていた!
自身のシェイプシフター体以外のものを身に付けていたら、回避が間に合わなかっただろう。
慧太はアスモディアが飛び去った後の半壊状態の室内で、元の身体の形へ再構築させながら叫んだ。
「ユウラ! 無事かっ!?」
あの大魔法、普通なら間違いなくやられている。ユウラとてひとたまりもなかったはずだが――
「ええ、無事です!」
すぐさま返事がきた。
見れば、青髪の魔術師はその肌も服も焦げることなく、ぴんぴんしていた。……ただし、物凄く苦りきった顔をしていたが。
「お守りが砕けました」
「は? お守り……?」
正直、あの一撃はシェイプシフターでもギリギリだった。人間であるユウラが無事というのは驚きを通り越して奇跡だと思った。
「魔水晶です。とっさに魔法を発動させる際の魔力を蓄えた触媒だったのですが、アスモディアの魔法で相殺されてしまいました」
これがなければ防御が間に合わなかった――やりきれなさを覗かせるユウラ。お守りが壊されたことをかなり気にしているようだった。
「命あってのモノダネだろ? ……それよりあのお色気魔人は?」
壊された壁、そこから外の景色を確かめるべく歩けば――
「!? おい……セラが飛んでるぞ!」
口にしてから、何とも間の抜けたことを言ったような気がした。
慧太の視線の先には、銀髪のヴァルキリーと竜の翼を持つ女魔人が槍をぶつけ、空中戦を演じていた。
「翼が生えてる……」
「天使の翼のようですね」
ユウラが隣に立ち、顔を上げる。天使だ? 慧太は目を剥く。
「まさかセラ……死んで転生したとか――」
「何を寝ぼけているんですか、慧太くん」
青髪の魔術師は呆れ顔になるが、すぐに小さく首を振った。
「とはいえ、どうしてこうなったのか、僕にもわかりませんけど」
直後、背後でドアが勢いよく開いた。振り向けば、狐人のリアナが駆け込んできたところだった。
「お、リアナ……セラはいったいどうしちまったんだ?」
「わからない」
リアナは例によって淡々と言った。ユウラが声を張り上げた。
「まずい! 移動しますよ」
は? ――慧太は視線を外へ。
空中を飛び交うセラとアスモディア。その二人は戦いながら宿から離れつつあったのだ。このままでは肝心な時に助けられない。
「追うぞ!」
慧太は壁のなくなった部屋の床を蹴り、地上へ飛び降りた。三階の高さも、シェイプシフターの足にはどうってことはない。
リアナもまた飛び降りるが、彼女は二階の窓屋根を足場代わりに、ジグザグに蹴って、慧太に遅れること二秒で地上へ降りる。
ユウラは――普通に階段を使って降りるだろう。
慧太はリアナと共に、セラの後を追うのだった。
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