第66話、捕縛された女魔人
ギャングの残党と遭遇したことで、慧太が娼館に入ったことへのセラの疑いは晴れた。
それまでの刺々しさが嘘の様に素直になったセラだが、今度は慧太が動揺するほどの落ち込んでしまった。何とか立ち直ったようだが、いったい何がそこまで彼女を追い込んでしまったのか、慧太には想像もつかなかった。
――とりあえず、セラが機嫌を直してくれてよかった。
あのまま旅を続けるなんて苦痛過ぎるのだ。思いがけないトラブルだったが、一安心と言ったところだ。
ギャングの残党については心配していない。
見逃した男の後を、子狐の分身体が追跡している。……尋問で口を割らせようが、報告のために仲間の下へ戻るのを追おうが、結果は大して変わらない。
生き残り連中を掴んだら、いま娼婦たちと大人の遊びを楽しんでいる分身を差し向ければいい。……元々、ギャング討伐は
――セラが知ったら、多分機嫌を悪くするだろうから、絶対に言わないけどな。
少しくらい楽しみがあってもいいと思うのだ。……そもそもオレは、何故セラのご機嫌を伺わなければならないんだ? そういう関係ではないはずだが……。
空は黒雲が漂い始め、昼にも関わらず薄暗くなっていた。一雨くるかもしれない。
慧太とセラは宿へと戻った。
部屋へ戻る階段を登りつつ、セラは呟いた。
「私は強くならないといけない。……もっと、力が……」
「ん?」
「あぁ、ごめんなさい、何でもないです」
セラは頭を振ると、小さく笑った。
「後でお昼一緒に食べませんか?」
「いいね。……後で」
部屋の前でセラと別れ、慧太は自室へ向かう。
なにやら意味深な顔をしていたが、また一人で何か抱え込んでいるのだろうか。
扉をノックし、返事を待つことなく部屋へと入る。
「ユウラ、いま戻った――」
部屋に入るなり、慧太は立ち尽くした。
腕を組んで立つユウラ。入り口脇で短刀を手に威圧するリアナ。
そしてシェイプシフターベッドには、その露わなふとももを載せて座る赤毛の魔人アスモディアがいたのだ。
「セラ姫は?」
ユウラが言えば、慧太は我に返る。
「あ、ああ。いま部屋に」
「リアナさん。セラ姫のもとへ。彼女をこちらに近づけないように」
「わかった」
狐人の少女は頷くと、部屋を出て行った。慧太はわけもわからず肩をすくめた。
「あら、シェイプシフターちゃん、お久しぶり」
アスモディアは妖艶な笑みを浮かべて、こちらに顔を向けた。
彼女は後ろ手に拘束されている状態だった。剣を交えた敵が同室にいるというのは驚きだが、この処置自体には何の疑問もわかなかった。
慧太はユウラへと視線を向ける
「捕まえたのか?」
「ええ。僕を誘惑して、セラ姫の命を狙わせようとしたのでしょうが……このザマですよ」
つん、とアスモディアはそっぽを向いた。
いつぞやの水着アーマー的な露出の強めな衣装だ。肌色が多いが、今の慧太は誘惑されるより、別の感情のほうが強かった。
「お前には聞きたいことがある」
淡々と、しかし目には殺意が宿る。
「ハイマト傭兵団、あのアジトを攻めたよな?」
昨日喰ったブオルン人の知識から、傭兵団アジトを攻撃したのがアスモディアとその部隊であることは知っている。
だが、ブオルンの部隊はアジト攻略には参加していないため、ただ一つの結果しか知らない。……アスモディアとその部隊は傭兵団アジトを制圧したが、セラを見つけられなかった、と。
「団員たちはどうなった?」
「聞きたい?」
挑むように、アスモディアは見上げてくる。口もとには嫌な笑みが浮かぶ。
「死んだわよ。全員」
「……」
「でも、わたくしも危うく死ぬところだったわ」
アスモディアは拗ねたようにそっぽを向いた。
「死んだフリしたクマがわたくしを狙っていた時は――」
熊――ドラウト団長か。すでに沸点近くまで怒りを溜め込んでいた慧太は、素早く手を伸ばすとアスモディアの細い首を掴んだ。
「ふふ……、いつぞやのようにわたくしを取り込むのかしら?」
首を絞められながらも、好戦的な瞳の輝きは失われない。
「貴方の汚らわしい粘液体が肌を這い回り――」
「慧太くん」と、ユウラが制するように呼んだ。
一方、アスモディアは、かすかに腕の力が弱まったのを知ってか知らずか、呼吸がしづらいにも関わらず続けた。
「わたくしを殺す? それともあの時のように、わたくしを嬲り、犯すのかしら?」
魔人とはいえ、角があることを除けば非常に魅力的な肢体を持っているアスモディアである。
怒りのままその命を奪う、または彼女の身体を貪り、蹂躙して復讐する――そんな思考が一瞬よぎる。
「慧太くん、挑発に乗ってはいけませんよ」
ユウラは平坦な口調で言う。茶番や煽りをまともに受け取るな、とばかりに。
「彼女、たぶんそういうのが好きなタイプなので、余計喜ばせるだけですよ」
「マジか?」
慧太は顔を引きつらせた。アスモディアはいやいやと抵抗するように見えて、どこか誘っているように見えなくもない。
「なるほどね、理性を失ったら逆にやられるパターンだな」
慧太は手を放した。
解放されたアスモディアは苦しかった分、酸素を取り込むべく肩を上下させて呼吸する。その豊かな胸も揺れる。
「わたくしを殺さないのなら、貴方に提案があるのだけれど」
「この期に及んで取り引きか?」
慧太は腕を組んで、女魔人を見下ろす。
「セラフィナ姫を引き渡してくれないかしら? わたくしの任務は彼女の捕縛か抹殺」
「話にならないな」
「最後まで聞きなさい」
アスモディアは縛られたまま背筋を伸ばした。
「貴方は、シェイプシフター。魔人、魔物の類……本来なら、こちらの側でしょう?」
「言わなかったか? 俺は元人間だ」
「今は、違うでしょう?」
すかさず言い返された。
アスモディアは、真っ直ぐに慧太を見つめた。
「レリエンディールの七大貴族、カペル家のアスモディアが直々に言ってあげる。わたくしの下へ来なさい、シェイプシフター」
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