第59話、休養
ユウラが手配した宿は、表通りから一つ路地を入ったところにある道に面していた。
主に旅の商人らが用いるホテルで、レベルで見れば『高級』に属しているらしい。
「個室があって、ベッドがある!」
わざとらしくユウラは言うのである。宿泊に当たって、部屋を二つとった。
一つはユウラと慧太。
残る一つはセラとリアナだ。
「きちんとベッドがあるだけで高級ホテルとはねえ」
慧太は首を小さく振って、アルフォンソが運んでいた荷物を部屋の隅に置く。
その部屋は一人部屋だった。小さな机と椅子が一つと、服をかけるラック、そして――
「ベッドが一つしかないんだが?」
「二人部屋は高いんですよ」
ユウラは窓際まで移動する。
「セラ姫とリアナの分は出せても、あなたの分まで出す気はないです」
宿代は傭兵団から預かっているお金とユウラのポケットマネーから出ている。
セラには無報酬で護衛を、などと言ったが、道中お金はかかるのである。
その点、慧太はユウラを責めることはできない――むしろ慧太が責められても文句は言えない。お金のことを言い出せば、護衛以外で稼がないと明らかにマイナスなのだ。
「野郎だから扱いが酷いのか?」
皮肉れば、ユウラは首を横に振った。
「僕はできればシェイプシフターベッドに寝たいんですよ。あれ寝心地がとてもよくてね」
「……ああ」
慧太は思い当たり、相槌を打った。
傭兵団のアジトに居た頃、慧太の分身体から作った家具があり、特にベッドは一部の団員から好評だったのだ。
「そんなわけなので、この部屋のベッドはあなたにお譲りします」
「お、おう……」
まさかベッドを譲ってもらえるとは思わなかった。
「じゃあ、いまベッドを出すか?」
慧太は自身の影に溜め込んでいる身体の一部を分割させようとする。だがユウラは左手の指を立てて、横に振った。
「後でいいですよ。この部屋は狭いので」
ああ、と慧太は頷く。ユウラは窓の外を見ていた。いまだ雨が降り続いているが、何を見ているのか。
「どうかしたか?」
「……慧太くん、魔力
「唐突だな。……聞いたことがないな」
「魔法を使うと目には見えませんが、集まった魔力がそこに残ります。より正確に言えば、発動する前に吸い寄せられたものが、魔法に変換されずに残ったもの、でしょうか」
魔法については専門外である慧太である。
「魔法というのは、大気中の魔力――マナだとかエナジーとか呼び方は様々ですが、それらを集めて発動させます。呪文は集めた魔力を魔法に変換するための補完でしかなく、空間に漂う魔力がなければ、魔法は発動しません」
「……あー、うん。魔法学の講義をどうも」
長くなりそうな雰囲気を察し、慧太は間を切る。
「で、魔力残滓がどうかしたのか?」
「……ふむ」
ユウラは顎に手を当てて考え込んでいる。視線はやはり窓の外を見たままだ。
「慧太くん、悪いですが、しばらく部屋を出ていてもらえませんか?」
「は?」
いま荷物を置いたばかりなのに? 慧太は目を丸くする。まだ昼前だし寝るのは早いが……。
「町をぐるっと回ってきてはどうでしょう? シファードは色々なものが通る町ですから、珍しいものを見つけられるかも。あと、景色が綺麗だったりしますよ」
青髪の魔術師はにこやかに言うのである。慧太は、ちらと窓の外へと視線を向ける。
「悪くない提案ではあるがな、ユウラ。……外は雨なんだが?」
・ ・ ・
外に出ててください――要するに部屋を追い出されたわけだが、慧太はその足でセラたちの泊まっている部屋へと向かった。
コンコンと木製のドアをノックすれば「開いてる」と淡白なリアナの返事。
ドアを開ければ、部屋の奥にベッドが二つ並んでいて、片方のベッドで銀髪のお姫様が毛布かぶってお休みになられていた。……もう寝ているんだ。
リアナは、と視線を走らせれば――
「……おおっと」
とっさに目元を手で覆う。
リアナは椅子に座り、机に置いた武具の手入れをしていた。素っ裸かで。
発展途上の胸、すらりとした腰まわりを惜しげもなくさらす少女は、特に慌てる様子もなく慧太を一瞥すると、作業に戻った。
「何か用?」
「ああ、いや……別に」
慧太は覆った手の指を動かして、ちらり。透き通るような白い肌、ふさふさの尻尾。
「ユウラに部屋を追い出されたんだ。町を見て回れってさ」
「この雨の中?」
リアナは腕防具を磨く手を止めて慧太を見た。
慧太はドア横にもたれ、彼女の裸を見ないよう視線をずらしながら苦笑した。
「そう、いってらっしゃい」
「……うん」
さすがにこの雨の中、一緒に「出かけないか?」と言うのは憚(はばか)れる。
「ところで、セラはいつ寝た?」
わかれてからさほど時間が経っていないはずだが。
リアナは小手を磨く。
「ついさっき。……いつから旅をしているか知らないけど、ベッドで休める機会なんてそうない」
「それもそうだな……」
お姫様は何も言わないが、長旅で疲労が溜まっているはずだ。
昨日は雨が降っている中での野宿だった。シェイプシフターの身体だとさほど疲れを感じないので、時々生身の人間のことを忘れてしまう。
「ちなみに」とリアナは立ち上がり、セラの寝ているベッド横へ移動する。
「彼女もいま裸だけど……見ていく?」
「はぁっ!?」
慧太は思わず視線を向け、リアナの全裸を直視し、慌てて背中を向けた。
瞬時に顔が沸騰するような熱を感じる。
セラの裸――銀髪美少女が一糸纏わぬ姿で寝ている。それが脳裏によぎり、どうしようもなく慧太の心はかき乱される。
「ケイタ?」
リアナが怪訝な声を発する。
「まるでドーテーの反応ね。……別に初めてじゃないくせに」
「るせぇよ。そういうことを軽々しく言うなっての」
童貞じゃあるまいし――そう言われると、確かに自分の動揺ぶりには首を傾げざるを得ない。
一年前、元の世界にいた頃は間違いなく童貞だったが、シェイプシフター体になった以降は、仕事でのを含め、それなりにこなしている。
「わたしの身体だって抱きしめたくせに」
「あー、お前それ言うなっての……! 人が聞いたら誤解するだろうが」
「誰も聞いてない」
セラは寝ている、とリアナ。
神に誓っていうが、相棒の狐っ娘と寝てはいない。
仕事の際、とある事情で彼女の身体を保護する必要があり、分身体を接触させただけだ。
――そう考えると、抱きしめたっていうのは間違いではないな。
「あー、もう! 邪魔したな」
慧太はドアを閉めると――もちろんセラが寝ているので起こさないように静かにだ――廊下へと踏み出した。
仲間内でお喋りでもしようかと思えば、リアナが全裸だったり、セラがやはり全裸で寝ていたりと、タイミングがよろしくない。
出かけようにも、外は雨で。
――下で何かつまんでくるか。
宿一階へ降りる階段に差し掛かる。それなりに手入れの行き届いたホテル内。綺麗に磨きぬかれた木の手すりを撫でつつ、慧太は一人歩くのだった。
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