第54話、憤怒のマクバフルド
――そんな……。
慧太は駆け寄る。水晶サソリを倒した――だが。
「ウソだろ……グレゴの旦那」
大水晶の傍らで、まるで置物のように横たわるグノーム人。
口からは血の流れ出た跡。そして裂かれた服、露になった腹部もまた血がべっとりとついていた。打撃に見えたスケルピオスの尾、水晶の尖った部分が貫いたようだ。
慧太は信じたくなかった。
「だって……早すぎだろ……!」
グレゴの遺体のそばに膝をつく。セラは必死にこらえていたが、その青い瞳からぽろぽろと涙をこぼしていた。
「なあ、おい、何寝てるんだよ……旦那!」
――ワシはな、オマエさんらのためなら命なぞ惜しくナイ……そう思ったンダ。
豪快に笑うグノーム人。その笑い声が、耳にこびりつく。
――兄弟!
馬鹿野郎。死ぬの早すぎるだろう――慧太はこみ上げる怒りにも似た感情を熱い息と共に吐き出した。
――くそっ!
慧太はその場で
だがいくら待ってもそれはないと、頭の中が囁く。
死ぬということは、そういうことだ。
この世界にきて、何度も経験したことだ。だが慣れない。
ふと、視線を滑らせる。隣でセラが泣いている。その両手は乾いた血がついていた。おそらくグレゴの患部を確認するために服を裂き、また血が流れ出る部分に触れたのだろう。
「セラ……」
「……っ……」
彼女は顔を上げなかった。涙を腕で拭い――指は血がついているのだ――、やがてポツリと漏らした。
「助け……られませんでした……」
「……」
「治癒を、試みたんですけど……ひどく傷ついていて……再生させるには私の力も、時間も、足りなくて……どんどん、弱くなって――」
ごめんなさい――セラは悔しげに唇を噛み締めた。
彼女は必死に助けようとした。
その口ぶりから察するに、腹部に一撃を受けた時点で致命傷だったのだろう。
自分でも助けるのは無理だとわかったに違いない。
それでも彼女は治癒を試みた。
傷口に触れ、最後まで助けようとした。
弱くなっていくグレゴの、その消えいく命を感じながら、それでも繋ぎ留めようとして、留められなかったこと。
それがたまらなく悔しいのだ。
声をかけるべきか――慧太によぎるその気持ち。
だが何と言うのか? あんたは精一杯やった? あんたは悪くない? ……それは事実だが、それが何の慰めになるというのか。
頭が働かない。
慧太自身、ショックを受けているのだ。
わずか一日にも満たない付き合いなのに、どうしてこんなに衝撃を受けているのだろう。自分でも思った以上に、グレゴという存在が大きくなっていた。
それも当然かもしれない、ツヴィクルークという化け物と共に戦い、死線を潜った仲だ。共に戦ったという事実は、時間で得られる以上の信頼関係が構築されていたのだ。
だからこそ『戦友』は尊い。
「ケイタ」
背後で、リアナの声。
――何でいま呼びかけた?
慧太は一瞬、思考を妨げられたことが煩わしく感じた。
「何だ?」
本来の彼なら、彼女の声の調子で『それ』に気づいたはずだった。リアナは低く言った。
「ゴバード」
その単語を聞いて、ようやく『敵』が近づいていることに気づいた。「伏せて」という注意に、慧太はとっさに隣のセラを押し倒した。
飛来した矢が至近に立て続けに刺さった。
一発が、偶然にもグレゴの遺体をかすめる。そしてそれを目の当たりにした慧太は……激怒した。
――てめぇら……!
水晶泥棒の成れの果てを見た。ゴバードが襲い、身包み剥がして放置したものを水晶虫が喰ったという白骨遺体。
――死んだグノームにも同じことをしようってか? ふざけんなァァ……!
「ケイタ」
セラが起き上がる。銀魔剣をとり、涙を払い、戦うつもりのようだ。
慧太は一瞬、言葉を言いかけ、何を言おうとしたのか思い出せなかった。
ただ頭の中は、ある一つのこと意外は真っ白だった。
『怒り』だ。
「悪い、セラ。重いだろうけど、グレゴの旦那を運び出してくれるか……」
慧太は立ち上がる。ふらりとした足取りだが、真っ直ぐ近づいてくるゴバードの集団へと向かう。
「ちょっと、あいつらの足止めてくるわ。……グレゴの旦那、守ってくれ」
リアナ――慧太は叫んだ。弓で応戦していた狐人の少女は振り返った。
「お前もセラを手伝って、グレゴの旦那を運び出せ!」
有無を言わさない口調だった。
慧太が何かするのを察したリアナは一瞬迷ったようだが、すぐに何も言わず走り出し、慧太とすれ違った。そのままセラを促し、グレゴの身体を引く。
セラは躊躇う。
「リアナ、ケイタを一人にするのは――」
「ケイタは大丈夫」
手伝って、とリアナは言うことで、セラもグレゴの遺体を引きずるのに協力する。
「というか、今危ない」
「何が、危ないのですか?」
わからないまま、二人の少女はグノーム人を運び出す。
慧太は、ゆらりゆらりと前進する。
矢が飛んできたが、隠れもしない。脳天を貫かんと飛来した矢を頭ひとつズラすことでかわす。
いったい何体いるのか。ざっと十から二十ほどか。先ほどの襲撃を失敗したので仲間を呼んだのかもしれない。
……まあ、関係ねえけどな。
慧太は走り出す。猛然と、突っ込む。
ゴバードらは水晶を避け、慧太へと押し寄せる。ダガーや小斧を持った狼だが犬だかの獣人。その不気味な赤い眼光がギラギラと――
――テメェら、誰を相手にしていると思ってんだ……?
シェイプシフターだぞ!
慧太の影に溜め込まれたそれが逆流する。その姿がたちまち巨大に肥大化する。
人だった姿は、何か別のものへと変化する。
土色の外皮で覆われた四足の大型生物。
カーブを描いて伸びる大きな角を持つ顔、岩のように堅い身体を持つそれの前足の爪は鋭く伸び、水晶をも砕く。
全長十ミータ越えの墓場モグラ――マクバフルドが水晶の森に具現化する。
たった一人の戦士に向かっていると思っていたゴバードらは一斉に立ち止まった。
勢いのまま突進してくる巨大土竜に恐れをなし、慌てて逃げ出そうとしたゴバードらは、いとも容易く弾き飛ばされ、潰される結果となった。
クリスタルトンネル内に群生する水晶が音を立てて割れていく。
マクバフルドはゴバードもろともその巨体がかすめる物すべてを粉砕し、踏み砕いた。
振るわれた一ミータ長の角に吹き飛ばされ、爪付きの足に斬られ踏まれ、ゴバードらは為す術なく蹂躙されていく。
咆哮がトンネル内に木霊する。
怒りに満たされた狂獣が暴れまわった結果、ゴバードの一団は全滅した。
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