第53話、水晶サソリ


 クリュスタ・スケルピオスは無数の水晶を背負っている。

 頭頂部の高さは約一ミータメートル半程度と低いが、砕けた水晶の塊をつけた尻尾まで含めると約四ミータほどにもなる。本来は地面の窪みにその身をうずめ、背中の水晶はあたかもその場に群生しているように見せかける。


 グレゴを奇襲し、強烈な尻尾のハンマーを叩きつけたスケルピオスは、そのハサミ状の腕を倒れているグノーム人に伸ばした。


 掴んで捕食しようというのか――慧太は手にダガーを持ち、突進した。

 小さな水晶がびっしりついた腕を見やり、慧太は一瞬後悔する。案の定、慧太のダガーはいとも容易く弾かれ、傷一つつけることができなかった。

 スケルピオスは攻撃の手を慧太に向ける。

 二本のハサミのある腕を突き出す。鋭く尖った先端で慧太を刺そうというのだろう。

 慧太は後退しながらダガーでスケルピオスの突きを刃に滑らせるように逸らす。……たまらなく重いのを二発。ヘタすれば簡単に力押しでひっくり返されそうだった。


「ケイタ!」


 セラが駆け寄ろうとしている。

 リアナは矢をスケルピオスに放ち、その頭部に当てたが、小さく身じろぎさせた程度で倒すには程遠かった。


「グレゴの旦那を頼む!」


 慧太はセラに言った。

 奇襲を受けたグレゴが動かない。地面に仰向けになった状態で、その腹部に重い一撃が当たったのだ。

 どう考えてもいい想像はできない。あばらが折れた程度ならまだ軽い。内臓もやられてしまったのではないか――


「ここから連れ出して手当てを! 手遅れになる前にっ!」


 セラが立ち止まる。

 慧太の援護とグレゴの治療――セラは即断した。倒れたグレゴの元に駆け寄ると、その状態を見て――治癒の魔法だろう。それをすぐに唱え始めた。


 ――運ぶ間もないほど、ヤバいのか……!


慧太は思ったが、そこまでだった。

 スケルピオスの尻尾が震えるのを視界に捕らえ、頭上から迫るそれを瞬時に飛び退いてかわした。

 ズガァッ、と砕けた水晶が先端についた尻尾が地面を抉る。

 一発打って、すぐに尻尾を振り戻すと、スケルピオスはまたも尻尾を叩きつける。

 二発、三発……慧太はその都度、後ろへ飛び退く。


 ――畜生……!


 喰らったら人間程度一撃であの世行きだろう。

 あんなものをグレゴは喰らったのだ。慧太はふつりと沸いた怒りを感じる。


 ――どう攻める……?


 全身に水晶を生やしたり乗せている大サソリ。背中に飛び乗って刺す叩くは、表面にびっしり生えた水晶のせいで効果は薄そうだ。


 ハサミ状の腕、水晶の尻尾の立て続けの攻撃。

 慧太は後退を繰り返す。グレゴや治療するセラから大サソリを引き離す。しかし同時に攻め手が浮かばずにいる。


 ちら、とセラを見やる。彼女は治療に専念していて、こちらに背を向けている。……シェイプシフターの能力を使っても見られる可能性は低いか?


 リアナは大水晶の上を足場に、つかず離れずの距離で慧太とスケルピオスを追っている。

 彼女にしても矢が効果的ではないのがわかっていて、攻撃の手が浮かばないのだろう。ただ慧太に何かあった時に備えて援護できる位置はキープしていた。


 敵の守りは堅い。こちらは打撃不足。セラが使う『聖天』、あの光の一撃なら、スケルピオスの装甲を抜けるのではないか――駄目だ。グレゴの治療から彼女をはずすわけには行かない。治癒術に関しては、おそらくセラが一番なのだ。


 ――仕方ねえ……!


 スケルピオスの足をもぎ取る。動けなくなれば、例え倒せなくても脅威にはならないだろう。


 慧太は後方数ミータへ大跳躍。距離を稼いで着地すると地面に手を付き、自らの分身体、その影を分離させる。スケルピオスは四対の足を小刻みに動かし迫る。


 ――動きが蜘蛛みたいでキメぇんだよ……!


 分離した影が地を走る。接近するスケルピオスの真下へ潜り込むか否かの瞬間、慧太は『拳で突き上げる動き』をイメージする。影は下から巨大な『拳』の形となり、スケルピオスのアゴ下からのアッパーカットを叩き込んだ。

 全長十ミータ近い巨体が、一秒のあいだ宙を浮き、その足が完全に止まった。

 スケルピオスの真下に潜り込んでいる分身体は八本の触手を伸ばす。それぞれ先端をハサミ状に変化させると、関節部分から足を切断した。


 ズンと巨体が地面に沈む。残るハサミ状の腕を動かすが、それも無駄な抵抗だ。

 分身体は触手を絡め、スケルピオスのハサミ腕を押さえる。


「……」


 慧太はゆっくりと歩き出した。もがくスケルピオスに正面から。

 ――墓場モグラ=マクバフルドの時のように喰うか? いや、ちょっと影が足りないか? ……まあいい。目には目を、って諺あるよなぁ……。


 ふつふつと怒りがこみ上げる。


 ――よくも、オレの兄弟をやってくれたよなァ!


 自身の身体を構成する要素を操作し、斧をハンマーへと変化させる。それは両手で保持してもなお重く、常人が持つことが困難とさえ思える大鎚と化す。

「なあ、サソリ野郎……」

 慧太は悠然と近づく。スケルピオス、そのドタマを叩ける位置まで。

 スケルピオスの水晶付きの尻尾が動く。一撃で慧太を叩き潰そうと――

「るせぇっ!」

 すでにその動きは予想済み。慧太が巨大ハンマーをスイングすれば、飛来した水晶付き尻尾と正面からぶつかり――スケルピオスの尾の先端を弾き飛ばした。

 軋むような悲鳴。ちぎれ飛んだ水晶付きの尾は、他の大水晶にぶつかり地面に落下する。足をもがれ、武器である尻尾を失ったスケルピオスに、もはや対抗手段はない。


「覚悟しやがれ……っ!」


 大鎚をスケルピオスの頭部に叩きつけた。水晶の突起ごと巨大サソリの頭を押し潰す。体液が口から飛び出し、慧太の靴を汚した。


 熱い吐息が漏れる。慧太はスケルピオスを仕留めた。

 動かなくなったそれから目を逸らし、リアナの無事を確認。そして――グレゴと彼を手当てするセラのほうへと足を向ける。


 治療はもう終わっていた。 


 セラはへたりと座り込み……泣いていた。


 背中を向けていたが、顔を見るまでもなく、声を押し殺し、しかし肩を小刻みに震わせていた。

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