第49話、グノーム温泉

 ツヴィクルークを退治した慧太らとグノームの団体は、一度戻り、グノームたちの温泉がある一角へと向かった。ツヴィクルークの体液や消化液を浴びたままというのは身体によくない上に、何より臭かったのだ。


 彼らの温泉は集落とは別のところにあった。お湯が湧き出る場所を掘り広げ、ひとつの休憩所としたのだ。

 化け物植物の体液を温泉そばの洗い場で流した後。


「どわー!」

『どわーっ!』


 変な掛け声を上げながら、グノームの野郎どもが黄土色に濁った温泉にダイブした。派手な水しぶきを上げてお湯が飛んだが、連中はお構いなしだった。


「小僧ー!!」


 グレゴが温泉に半身を沈め、その岩のような胸板を持つ逞しい肉体を披露しながら手を振ってくる。


「オマエもさっさと入らンカー!」

「お、おう……」


 慧太は、まわりに脱ぎ散らされたグノーム人らの服やら装備やらを見やる。……脱衣所はないらしく、適当に放り出されたそれに戸惑う。


 ――人前では脱ぎたくないんだけどな……。


 普段から全裸だから。服も装備も自分の分身体からできているので、『脱ぐ』というお芝居が面倒くさいのである。


 しかも――慧太はグノームの男どもを眺める。豪快に笑いあい、肩を組んだりしている屈強な体躯の野郎ども。地下暮らしで穴掘っている彼らが筋肉隆々なのは理解できるが、その……その中に混ざるというのはどうも――


 身長では慧太が高いのだが、如何せん彼らに比べたら細すぎるのである。しかも股間のあれを隠す気がまるでない。まあ、それが彼らの流儀なのだろう、と慧太は諦めムードである。

 髪も髭もないおっさんたちで賑わう風呂――ああ、どうせなら可愛い女の子たちだったらいいのに。


 慧太は一瞬よこしまな想像にふける。このままセラやリアナのいる湯へ行けば、ただの覗きないし変態だが、女性に変身(シェイプチェンジ)すれば同性で済むのでは、と。


 ――まあ、アウトだろうけど。 


 セラに対してシェイプシフターであることを明かす気などない慧太である。仮に化けたとしても、どうやって言い訳するというのか。


 ――リアナは平気そうだけど、セラはなぁ……。


 あれで一国のお姫様だ。ベタな漫画だと烈火のごとく怒られて――いや、漫画でなくても怒られるか。


 ――あの二人、大丈夫だろうか


 不安になる。リアナは無口だから、慣れないとかなり気まずい。セラは周囲に気を使う性質のようだし。……まあ、気にしても仕方がない。


 慧太は静かに温泉に入った。久しぶりの風呂だが、温泉というだけあって熱かった。だが自然とホッとした吐息を吐き出す。温泉なんて、いつ以来だか。


「小僧、小僧」


 グレゴが近づいてきた。何となく身構えてしまう。


「グノームの温泉へようこそダ。湯加減はどうダ?」

「少し熱い。が、温泉ってのはこんなもんだろう?」

「わかっとるナ、小僧! いや兄弟!」


 ガッハッハ、とさも当たり前のように肩組みするような格好になる。おっさんに抱かれても嬉しくねえっての――


「兄弟」

「兄弟!」


 グノームの男どもが寄ってきた。口々に「兄弟!」と言い、まるで促しているように見える。


「……き、兄弟!」


 慧太が声を張り上げれば、グノームたちは一斉に『兄弟!』と叫んで腕を突き上げた。

 とりあえず、よくわからない儀式が勝手に終わり、慧太はグノームの兄弟に認められた。


「ガッハッハ! 兄弟よ」


 どこから持ってきたのか、鉄の碗を差し出される。中は……おそらくグノームの酒だ。


「オマエさんのおかげで、ワシらは命拾いした。墓場モグラもダガ、ツヴィクルーク……オマエさんがいなけりゃ仲良く奴の胃で溶かされとったに違いない」


「よせよ、旦那」


 命の借りは大きいかもしれないが、だからと言って何か要求したりはしないぜオレは――照れくさくなりながら、慧太は酒の注がれた鉄の碗を受け取る。


「そこで、ダ。兄弟。ワシは、オマエさんらについて行こうと思う」

「へ?」


 つまり――


「ライガネンへ行くってことか?」

「そういうこったナ」


 グレゴは笑った。いやいや、そりゃ来てくれたら頼もしいけどさ――慧太は首を振った。


「いいのか? 言っちゃなんだけど、危険な旅だぜ? 奥さんいるんだろ?」

「あのなぁ兄弟。ワシら地下に住む者にとって危険なんて日常なンダ」


 グビリ、とグレゴは酒を呷る。


「どこにいたって、落盤がありゃ、ぺしゃんダ。いつ何時、頭に岩が当たるかわかンねえ。グノームの民はいつだって命懸けよ……なあ兄弟?」


『兄弟!』と、グノームの男どもは碗を掲げた。


「ワシはな、オマエさんらのためなら命なぞ惜しくナイ……そう思ったンダ」

「グレゴの旦那……」


 慧太は自身の目元が熱くなった。――なに感動してんだよオレは。

 ただ、その気持ちは大事にしたいと思った。


「まあ、旦那がそうしたいって言うんなら、オレは止めないよ。あ、ただセラに一言聞いてからな。彼女が嫌っつーたら、この話はなしだからな……兄弟?」

「兄弟!」


 ガツンと碗がぶつかり音を立てる。鉄なので割れはしなかった。


「力仕事なら任せてくれ! ガッハッハ!」

 そこで飲んだグノームの酒は、熱く、そしてからく感じた。

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