第50話、白銀姫と狐の少女
隣の大温泉は騒がしかった。
入り口から坂道を少し上がったところにある小温泉。そこにセラはリアナといた。
下にはケイタとグノームの男性陣がいる。彼らの位置からは見えないので、セラは身に付けている服を脱ぎにかかる。
まずは銀魔剣を下げるベルトをはずす。
ストンと落ちる白いスカートは少し汚れが見え、いい加減綺麗にしたいと思う。
いつもの服もスカートほど目立たないが汚れているだろう。
一通り脱ぎ終え、最後に靴も脱ぐ。
ただし白銀のペンダントは首から下げたまま。
これだけは肌身離さず常に身に付けているのだ。
裸になると、やや肌寒く感じた。
下からは見えないとはいえ、そちらに視線を向けてしまったのは本能かもしれない。
男子湯がどうなっているか――まさか覗きに来ようとしているのではないかと気になったが、近づけば逆に覗くことになるので我慢した。なにやら相当盛り上がっているようだ。
足から湯につかる。少し熱かった。
徐々に慣らしながらゆっくりと下半身、そして上半身と浸かる。
「ふはぁ~」
思わず声に出てしまった。何故だろう。とても落ち着く。
ふと、そこでリアナが服も脱がずじっと見つめていることに気づいた。
「リアナさん? どうかしました?」
「……」
じっと深海色の瞳を向けてくる狐人の少女。本当に綺麗な目の色――セラは思うのだ。
「入らないのですか?」
狐人はお湯に浸かる習慣がないのかもしれないと思った。
リアナは小首をかしげる。
「入ってもいいの?」
「……ええ」
何だろう、とセラは怪訝に眉をひそめた。同意とみたリアナは素早く服を脱ぎ始めた。
腕につけた固定していた小手の紐をほどき、短刀を下げたベルトをはずす。
足を守る脛当て、靴を脱ぐと薄手のズボンを下ろし――まずふさふさ尻尾をするりと抜くのが素早く脱ぐために必須だ――上着、中にまとっていた鎖帷子をはずせば、狐少女は一糸纏わぬ姿になった。
元よりやや小柄だったが、スレンダーな身体つきである。その胸は慎ましやかで、セラは少しホッとした。何故そうなのかわからないけれど。
「……」
リアナは無言。ただ一点を凝視するように見られ、セラは思わず自らの胸もとを隠した。
「えっと……何でしょうか」
狐っ娘は何を思ったか、両手で自身の胸を当て、思案顔。
「リアナさん……?」
「……ケイタが言ってた。胸が大きいと動き難いって」
「はい!?」
どうしてそこにケイタの名前が出てくるのかわからない。顔が熱くなったのは湯のせいか、はたまた別の感情か。
――ケイタって胸の小さいほうが好みなのかしら……? 大丈夫。私は大きさは普通だって言われてたし……って、何考えるの私!?
思わずパンと自分の手で頬を叩く。ケイタの好みなんて関係ないではないか。
セラはそう考え、何故気になってしまったのかに思考が向く。
リアナがつま先から湯に入る。
音もなく、しかしたおやかな所作は、見ていて感心してしまう。
だが彼女は足だけ浸かると、温泉の縁に腰を下ろし――その黄金色の毛並の尻尾を丁寧に撫でつけはじめた。
あー、とセラは人と獣人の習性の違いをはっきりと目の当たりにした気分になった。
今まではリアナのことを、狐耳や尻尾はあるけれど人間に限りなく近い存在だと感じていたのだ。――でも。
セラは、しげしげとリアナを眺める。
尻尾の毛づくろいをする彼女は、普段の冷静さは見えず穏やかな表情。リラックスしているのが見て取れる。
すらりと細い身体。
一見すると、木を蹴上がっている脚力や、巧みに弓を扱う腕力がどこにあるのだろうと思ってしまうほど華奢に映る。
白いお腹まわり、くびれがはっきりわかる細い腰、わずかに膨らむ胸。
溜息が出るほど、狐人の少女は美しかった。……これで強いなんて反則、とセラは羨むのである。
「リアナさん――」
「リアナでいい」
狐人の少女は視線を向ける。
「ケイタは呼び捨てにしてる」
「そ、そうですね。リアナ」
セラは無意識のうちに背筋を伸ばす。
「ケイタとは、付き合い長いんですか?」
「そうでもない」
リアナはお湯を浸した手で、さらに尻尾を撫で付ける。
「まだ一年にも満たない」
そうなのですか――もっと長い間一緒にいると思っていた。
そもそも、セラはケイタたちに出会ってまだ数日の関係。相手のことをほとんど知らない。
「どうして?」
へ――セラはキョトンとなる。リアナは尻尾の手入れをやめ、太ももまで湯に浸かった。
「ケイタとの付き合いの長さを聞いたでしょ?」
淡々と言葉に出され、セラは顎を引いて上目づかいになる。
「それは……ケイタやリアナのこと、私はほとんど知らないので」
「知らないと駄目?」
リアナは真顔だった。駄目かといわれると、セラは言葉に詰まるのである。
「傭兵団では、過去のことは話さない」
狐人の少女はすっと湯に身体を沈めた。
顔だけ出しての飛び込み――のように見えてお湯がほとんど立たない静かなダイブだった。
すっとセラのそばまできたリアナは顔を近づけた。
「もちろん、自分から口にするのはいいけど、聞くのはタブー」
「……ごめんなさい」
「あなたは別。傭兵団とは関係ないもの」
リアナは真っ直ぐの視線を向ける。関係ない、といわれ何故か胸が苦しくなるセラ。
事実だけど、面白くなかった。
「ハイマト傭兵団にいる者は大半が過去に何か持っている。ケイタはもちろん、人間であるユウラだって何か秘密を持っている。……もちろん知らないけど」
「あなたも……?」
「聞くのはタブー」
リアナは人差し指を唇に当てた。
「だからわたしは、あなたの過去を聞かない。……話したければ聞くけれど」
セラは頷いた。
狐人の口ぶりから察するに、獣人の傭兵団にいる者たちは何かしら後ろめたい過去があるようだった。ケイタやユウラ、そして目の前の狐少女にも。……いや、少女と呼んでいいのだろうか。
この常に冷静で、何を考えているか分かり難い狐人。
リアナは背面から湯に沈み、浮力に任せて水面を漂う。
幼い顔立ちだが、この余裕のある態度。ひょっとしたら年上だったり……?
「あの……リアナ?」
年上だとしたら呼び捨てにするのは、自分の主義に反する。
「歳はいくつ、でしょうか?」
「人間の数えで、十六」
リアナはあっさり答えた。自分より一つ下か。そう考え、うっかりリアナら傭兵団のタブーを破っていることに気づいた。
「あ、ごめんなさい。つい聞いてしまって……」
「いいのよ。わたしが言ったんだから」
小さく笑う。それはセラが見た、リアナという少女の笑みだった。
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