第48話、ツヴィクルークの腹の中

 常識的に考えて、おそらくここは胃などに相当する消化器官だろう――慧太は暗闇のなか考える。何も見えないくせに、物凄く臭くて気分が悪くなる。

深く考えなくてもこの中で触れる液体は消化液だろう。どれほど強いかは知らないが身体が溶けると思うと、あまり触りたくない。


 ポーチに手を伸ばし、リアナからもらった火玉を握る。

 着火、シュッと音を立て、非常用の火種は数秒間、暗闇を赤く照らした。


 グノームの戦士たちが折り重なるように積みあがっているのが見えた。どうやら落ちた時にぶつかった弾力は、彼らの肉壁だったのだろう。


 無事を確かめたいところだが、火種が消える前に周囲の状況を確認する。あまり広くはないがツヴィクルークの内臓と思しき壁の位置を確かめ、闇に包まれる前に移動。手から斧を分離し、内部から叩きつける。

 グジュリ、と手ごたえと共に、わずかながら水分がはねて慧太の身体に返り血の如くかかった。

 胃液かそれとも体液か? とにかく臭かった。


 嗅覚を遮断。慧太は構わず、化け物の身体が切れるまで斧を振り上げ、叩きつける。そのたびに体液を浴びるが、ひたすら、黙々と斧で切る、切る、切る。


 壁が震動し、地面が揺れた。ツヴィクルークが悶えているのだろうか。それならいい気味だと、慧太は機械の如く斧を振り下ろす。

 切れていると感触はあった。何回やったかわからない。そして遂に、斧の先が壁を突き破り、わずかながらの光源が差し込んだ。


「もう一息!」


 慧太は切れ込みを大きく広げていく。

 外の景色が見えてくる。高さは地面より二ミータメートルほどの位置。外側では触手が数本蠢いているのが見えた。


 慧太はポーチから最後の爆弾を取り出す。こじ開けた穴から手を外に出し、爆弾の下部の突起を叩きつけて設置――すべり落ちないように指先の分身体の欠片を接着剤がわりにする。突起叩きは数秒後に爆発の時限式。慧太は奥へと戻り積み重なっているグノーム人たちのもとへ移動。一番上に横たわるグレゴを揺り動かした。


「旦那! グレゴの旦那、生きてるか!?」

「……」

「おい、死んでんじゃないないだろな! おっさん!」


 外で爆弾が爆発した。ツヴィクルークの本体外側からの爆発で、ぬめり気を含んだ壁片が内側に飛び、慧太の背中に当たる。


「おおぅ!?」


 突然、グレゴが飛び起きた。まるで爆発音が目覚ましだったかのような挙動である。


「起きたか旦那!」

「おお……っ! ……小僧、ここは――臭ぇ……!」

「そうだよグレゴの旦那。ここは臭いからさっさと逃げるんだよ!」


 爆発で開いた穴は、グノーム人でも何とか一人が通れるほどの大きさがある。


「おら! お前ら、さっさと起きるンダ!」


 グレゴが下に敷いてる仲間を蹴ったり叩いたりで覚醒させる。意識を取り戻したグノームたちは頭を振ったりして、状況を確かめ合う。そして全員があまりの臭気に鼻をつまんだ。


「さっさと外へ逃げろ!」

「でも外――」


 触手が、と言いたげなグノーム人に慧太は吠えた。


「オレの仲間が援護する! 早く逃げろ!」

「ほら、さっさと行かンカ!」


 グレゴが躊躇う同胞を蹴りだした。ツヴィクルークの身体の外へ飛び出したグノームは地面に手を付き、周囲を見回すと走り出す。

 中からグノーム人が出てきたのをセラもリアナも見逃さなかった。


「リアナさん!」


 光弾の魔法で触手やツヴィクルーク本体を牽制するセラ。リアナは姿勢低く駆けると、グノーム人をあらためて捕らえようとする触手を、手にした二刀で切り落とした。


 その間にも飲み込まれていたグノーム人が次々と脱出を果たす。ツヴィクルークの体液を振り払いながら慧太は振り返った。


「グレゴの旦那!」

「……わかっとる! くナ!」


 グレゴはベルトに引っ掛けていた爆弾をはずしていた。すでに十個の爆弾が無造作に積まれていた。


「こいつに爆弾を叩き付けるのはワシの仕事ダ」


 最後の爆弾を手に、にかっと白い歯を覗かせるグレゴ。


「小僧、さっさと逃げるゾ!」


 慧太は頷くと亀裂から外へ。

 グレゴは最後に爆弾の下部の突起を自らの兜で叩き、時限装置を起動。無造作に積み上げた爆弾の山に放った。

 数秒で爆発――グレゴもツヴィクルークの胴体から脱出すると、その短めの足を総動員して走った。

 触手がグレゴを追いかけ――ツヴィクルーク本体に残した爆弾が爆発した。

 一つの爆発が、残る十個の爆弾に連鎖した結果、植物じみた化け物の胴体を一瞬膨らませ、次に爆発四散させた。ツヴィクルークの身体を構成していた触手や胴体から千切れ飛んだ破片が周囲に飛びまわり、臭い体液をぶちまけた。


「……」


 花付き頭のついた首が地面に横たわる。完全に動かなくなった化け物の残骸を見やり、慧太はもちろん、皆呆然とした様子でそれを眺めた。


「終わった……」


 おおっ、とグノーム人たちが歓声をあげ、両手を突き上げた。助かった彼らは仲間たちと無事を確かめ合い狂喜している。

 慧太はそれらを見やり、髪をかこうとして兜に触れる。固定ベルトをはずし兜を脱ぐと、リアナがやってきた。どうやら彼女も飛散したツヴィクルークの体液を少し浴びたようで、淡々とした顔に幾分か不機嫌な色が見えた。


「……臭い」

「同感」


 慧太は遮断していた嗅覚を戻して、思わず咽そうになった。

「ああ、本当に……臭い」


 鼻がもげそうだった。こんなものを全身に浴びたのか、と慧太は眉をひそめる。そこへ「ガッハッハ」と大きな笑い声と共にグレゴがやってきて、荒々しく慧太の肩を叩いた。


「小僧! よくやってくれタナ! おかげでワシも仲間たちも命拾いしタゾ!」

「旦那もな」


 でも痛ぇよ――バンバン叩いてくるグノームに慧太は、うんざりする。


「ケイタ、グレゴさん――」


 セラがそばに来た。


「お二人とも無事でよかった」

「何とかなったろ?」


 冗談めかす慧太に、セラは苦笑した。


「ええ、本当に。……でも、あなた方が出てくるまで、こっちは不安でたまりませんでした……」

 セラの青い瞳が不安に揺れる。

「もしかして、このまま出てこないんじゃないかって……私」

「セラ……」

 

 そうだよな――慧太は胸を詰まらせる。

 シェイプシフター体で何となると思っている慧太と違って、傍から見ればわざわざ敵に飲み込まれるなんて勝算が高い賭けとは思えない。待ってるほうも相当じれったさと焦りを持っていたに違いなかった。


「でも、よかった」


 セラは両手を後ろにまわして、小さく微笑んだ。


「ちゃんと戻ってきてくれて……よかったです」

「あ、ああ……」


 慧太は笑みを浮かべようとして上手くいかなかった。セラは笑ってくれた――笑ってくれたのだが、慧太は気づいてしまった。

 彼女は自分の不安や言いたいことを飲み込んで、ただ迎えてくれたのだと。自分の気持ちを心の底に沈めて。本当はもっと言いたいことがあっただろうに。


 ごめん――その言葉が出かかった時、グレゴが慧太の肩を掴んだ。


「ウム、無事でよかったわい。同胞のために化け物退治を手伝わせてしまってすまんかっタナ! 道案内を――と言いたいところダガ」


 まずは――とグレゴは笑った。


「風呂ダ! この臭い化け物の体液を綺麗さっぱり流してしまおう!」

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