第47話、反撃

 地上にいるはずのリアナが現れた。慧太は驚きを隠せなかったが、同時にホッとしてもいた。それだけ、彼女の参戦はありがたい。


 ツヴィクルークとの死闘は続く。グノーム戦士のグレゴが敵に飲み込まれ、一度は残り一本まで減らした花付き頭も再生したらしく、いまでは三本となり耳障りな声を上げて威圧してくる。本体を取り囲む無数の触手は健在で、慧太や前衛に近づいたセラにその先端を伸ばしてくる。

 慧太は後退しながら、セラに呼びかける。


「下がれ! 一度後退ッ!」


 リアナに合流すべく走れば、セラもすぐに引いた。二本の触手が追いかけてきたが、たちまち狐人フェネックの少女が弓で射抜いた。

 空洞入り口まで下がる慧太は、一息つくとリアナを見た。


「よくここに来れたな? どうやってきたんだ?」

「ケイタが落ちた穴から」


 落盤で開いた大穴を降りてきたというのだ。結構の高さがあったはずだが、リアナは何事もなかったように言う。慧太が登ることさえ考えなかったあの穴を降りる……身軽な狐人フェネックでも骨の折れる道中だっただろう。


「遅れてごめん。地下に入り込んだ魔人の追手を始末してから来たから、ちょっと時間がかかった」


 追手がかかっていたか――慧太は小さく首肯した。


「そうか。よくやった」


 基本無表情なリアナがわずかながら照れたようにはにかんだ。それは些細な変化だが、それがわかるくらいには付き合いはある。

「リアナさん」とセラも合流する。わずかに荒らぶる息を整えつつ言った。


「お一人ですか? ユウラさんは、いらっしゃらないのですか?」

「彼は地上」


 リアナは矢筒に残る矢の残数を数えていた。残り四本。


「いまごろ台地進んで黒馬アルフォンソと降りてる」


 それよりも――金髪碧眼のフェネックの少女は顔を上げた。


「あの化け物を始末しないと駄目?」

「グノーム人が飲み込まれてる」


 慧太は口元を引きつらせた。


「放置したらたぶん消化されちまうから、彼らを助けて、あの植物オバケを倒す」

「まだ生きてる?」

「噛み千切られたわけでなく飲み込まれたみたいだから、生存の可能性はある」


 確証はない。が可能性がある以上、無視はできない。

 セラが問うた。


「どうやって助けます? 首を落とす作戦は失敗みたいですが」


 蕾から再生しているらしく、花付き頭が四本になっていた。放っておけば元の八本にまで戻るだろう。慧太は小首をかしげ、頭の中で考えたそれを口に出すのをわずかに躊躇う。


「……やるしかないな。グノームが人質同然に化け物の腹の中だから胴体を聖天などの大技で攻撃できない。そこで、作戦を変える。オレが奴にわざと喰われて腹の中にいく」

「え? ……冗談ですよね!?」


 セラが声を張り上げた。リアナはピクリと眉を動かしたが、冷静に言った。


「奴の体内から攻撃して脱出する?」

「外から助けるのは触手が多くて難しい。だが中ならさすがにそれはないだろう」

「無茶ですよ! あの中がどうなっているかわからないのにっ!」


 正論である。体内に飲み込まれて動けるなら武器を持ったままのグレゴが暴れるなどしてもおかしくはない。それがないのは中で気を失っているか、あるいはすでに死んでいるか、実は中で暴れているが破れずにいるかのいずれかだろう。


「やってみなくちゃわからないだろ?」 


 慧太は皮肉げに言った。セラは何を無茶な、と表情を険しくさせるが、リアナはコクリと頷いた。


「ケイタがやるというなら、問題ない」

「でも……」

「大丈夫」


 リアナは微塵も疑っていない。彼女は慧太の正体が人間ではないことを知っている分、その能力を正確に評価しているのだ。


「……わかりました」


 セラは渋々ながら同意した。リアナが断言してくれたおかげだと、慧太は思う。来てくれてありがとう、と心の中で呟いた。


「じゃあ、上手く奴の餌になるから、二人はあまり近づかず援護に徹してくれ」


 頼むぞ、と言い残し、慧太は走った。数ミータメートル近づけば、たちまち触手が数本伸びてくる。わざわざ餌になってやるが、花付き頭にさっさと食われるために、できるだけ近づきたい。

 触手をかわし――慧太の真横で触手が一本切り落とされる。すぐそこにリアナがいた。


「何でお前がそこにいる!?」

「援護」とリアナはそっけない。

「矢が残り少ないから温存」


 そういうことか――慧太は納得する。そのリアナはちらりと振り向くと、すっと右手を差し出し、三テグルセンチほどの球体を渡してきた。


「火玉。多分、お腹の中、真っ暗」

「あ……!」


 その可能性を忘れていた。ツヴィクルークの身体の中がどんなものかわからないが、十中八九真っ暗だろう。リアナは火玉を渡すと、触手を切り払いながら後退する。


 ――惚れそうだよ、相棒。というか惚れた。


 慧太は触手をかいくぐり、ツヴィクルーク本体から五ミータのところまで迫った。

 花付き頭が二つ、慧太を狙うように迫る。……一匹でいいんだよ。二匹はいらねえ。


 ポーチに押し込んだ爆弾を一つ、右手に掴む。左手のダガーで触手を切り払い――おあつらえ向きに横薙ぎの一本の触手にわざ・・と捕まった。


 たちまち身体を持ち上げられる。悪い予感がしたとおり、花付き頭二つが慧太を挟み込むように迫る。同時に喰われたら、飲み込まれるではなく半分に噛み千切られてしまうのでないか。


 ――それは容認できない……な!


 正面の奴に、ピンを抜いた爆弾を放り投げる。ボンっと命中直後に爆弾が破裂し、花付き頭を一つ四散させた。


 ――さて……。


 慧太が流し目を送る。大口を開けたもう一つの花付き頭が迫り、胸糞悪くなる異臭を感じた時には触手から放り投げられ、ツヴィクルークの口に飲み込まれた。

 暗闇の中、ヌメヌメした液体もろともウォータースライダーよろしく滑る。

 これで視界がよければよかったのだが、唐突にドンと弾力のある壁のようなものにぶち当たり、水が張っていると思しき地面に落ちた。わずかな弾力。そして多分、ヤバイだろう水気。


「行き止まりか……」

 

 何も見えない。ただはっきりしているのは、ここがツヴィクルークの胴体、その中であるということだけだ。

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