第39話、絶体絶命

「何だってんだ……!?」


 突然の爆発――それは岩に偽装した爆発物、単純に爆弾でいいだろう――に巻き込まれた。まったくもって予想外の展開だ。

 銀髪のお姫様を庇い倒れた慧太だが、怪我もなく身を起こす。口の中に若干の砂が入ったようで、気持ち悪かった。


『グろろろぉぉぉぉォォォーー!』


 マクバフルドの咆哮が響き渡る。

 あの爆発の中、生きていた。――それ以前に、その声には睡眠を妨害されたことへの強い怒りを感じ取れた。


 ――ヤバい……!


 慧太は、背中を丸めて倒れているセラに向き直る。


「お姫様……セラ! 大丈夫か!?」

「う、ケイタ……」


 起き上がるセラ。怪我はなさそうだったが、ノンビリしている場合ではない。彼女を急いで立たせるのと、巨獣の尖った角が旋回してピタリと止まったのはほぼ同時だった。セラもそれに気づき、声にならない悲鳴を漏らした。


「逃げるぞ!」


 セラの手をとり、駆け出す。引っ張られつつ自分の足で走る彼女だが、その背中を掠めるようにマクバフルドの大きな角が空を切った。岩が砕かれ、一歩遅れていればお姫様が致命傷を負うところだった。


 マクバフルドがズシンと一歩を踏み出す。そのたびに地面がへこみ、亀裂が走った。その尖った爪もまた、岩を軽く破砕できる硬度を持っているようだ。


「セラ、光球! 目くらまし!」

「あ、はい!」


 引っ張られるまま、セラは左手で地面に近いところを浮遊している光の球を制御し、その光度を目一杯に上げた。眩い光が空間を満たし、結果、マクバフルドの顔下から強烈な光を浴びせることとなった。


 一瞬、大モグラの化け物が悲鳴じみた咆哮を上げた。ぶんぶんと前足を振り回し、わずかに怯んだように見えたが、すぐにマクバフルドは慧太たちへと駆け出した。


 ――光で目をやったかと思ったが……。


 というか、そもそもマクバフルドに目があったかどうか自信がなくなる慧太である。地底暮らしの生物の目がどういうものか慧太には知識がなかった。


「あの! ケイタ、手を離してもらっても――」


 いまだ彼女を引っ張っていることに気づき、慧太は手を離した。セラはすぐさま慧太のすぐそばを走って続いた。……なかなか足が速い。剣は持っているが、銀の魔法鎧は展開前なので身軽なのか。


 通路へと逃げ込む。追ってくるマクバフルドだが、その巨体では穴が小さくて入ってこれな――

 派手な音を立てて壁が砕かれる。研ぎ澄まされた爪が岩肌を削り砕き、穴を無理やり広げながら追ってくる!


「んな、馬鹿なぁぁっ!?」


 走る! 少しでも早くマクバフルドから逃れるために。壁を砕きながら追いすがる巨獣。身体の大きさに反して……いや身体が大きいからこそ思いのほか速かった。


「ケイタ、前!」


 へ? ――セラの声に弾かれて前を見れば、膝くらいの高さの『何か』が慧太と彼女の間を通過していった。


「今の何!?」

「何かの看板のように見えましたけど!」


 セラが答えた。光の球が追い続けているので、彼女の白い肌に浮かぶ汗まで見て取れる。


「はぁ!? 看板って……」


 何でそんなものがこんなところにあったのか。いや、今はそれよりも――


「何が書いてあったッ!?」

「そこまでは、見えませんっ、でしたッ!」


 走りながら返すセラだが、その青い瞳を不安げに向けてくる。


「あの、ケイタ!? まさかと思いますけど、この道、行き止まりなんてことは……?」

「不吉なこと言うな! ……って、エエェェ……!?」


 慧太は速度を緩める。光の球が照らす先、一本道だった通路がそこでなくなっていた。どうやら落盤があったか土砂で埋まっているようだった。慧太とセラは無言で壁の前で立ち止まった。


「……」


 背後からガシガシ通路をこじ開けながらマクバフルドが追ってくる。飛散する岩や砂。一時は引き離しつつあった距離が見る間に縮まっていく。通路を拡張しながらやってくる巨獣。当然ながらすれ違うスペースはない。このままでは挟まれて、おしまいだ。


 ――いや、多分オレは死なないけど……。


 セラはそうはいかない。生身の人間である彼女のことだ。ここでマクバフルドが気まぐれに方向転換したり、あるいは倒さなければ、アルゲナムのお姫様は使命を果たすことなくここで果てる。……最悪、奴に喰われる。


 ――さすがに、それは看過できねえわ……。


 慧太は身構える。その横で、セラは銀の鎧を召喚した。戦乙女の装束をまとい、最後まで抵抗しようというのだろう。銀魔剣アルガ・ソラスを構えて光を剣に蓄える。魔人が乗っていた大ワニもどきを仕留めたあの光の一撃か。だがすぐに放てないらしく、セラは精神を集中しているようだった。……間に合わないかもしれない。


「……これから何が起きても、動揺しないでくれよ……!」


 慧太は呟く。その声はセラに届いたようで、驚いたように目を丸くする。


「オレが仕掛ける――!」


 地を蹴る。説明している暇はなかった。後ろでセラが慧太を呼んだが、振り返らない。ただ――


「オレを信じろ!」


 慧太は両手に斧を形成。堅い外皮も抜けるようにその刃を鋭くさせる。顔面の急所――目とか鼻を潰せれば……と思ったが。


 ――目はどこだよ!?


 ろくに考える間もなかったというのもあるが、すでに巨獣は目の前だ。出たとこ勝負で名案がそうポンポン浮かんだりはしない。

 マクバフルドの長い角が慧太の頭に迫り――ちょっと待て、倒す以前にこいつ止めないとセラが危なくね?


 足を止めないと――そう思ったら慧太の判断は早かった。寸でのところで巨獣の角をかわし、その開いた口元もかいぐぐると、体当たりを身体全体に受けて、慧太の身体がマクバフルドの足の下敷きになり、押し潰された。




 セラにとって、それは認めたくない光景だった。

 果敢にもマクバフルドに挑んだケイタ。しかし彼は圧倒的な体格を持つ巨獣の前にあっけなく踏み潰されてしまった。


「ケイタっ!」


 悲鳴じみた声がセラの口から漏れる。

 無謀。それは予感だった。だが彼が力強く断言した時、この人ならもしかしたら――という思いがよぎった。しかし、それがいけなかった。


 ダメだと声に出せなかった。向かっていく彼の名前を叫ぶことしかできず、彼がみすみすやられるのを見ることしかできなかったのだ。


 ――まただ……。


 アルゲナム陥落のあの日、父の最期を看取り、部下や仲間たちに守られ脱出した悪夢の日。迫り来る魔人に立ち向かい、死んでいた者たち。炎上する城、そして王都。


 ――また私は、『守られてばかり』……!


 セラの表情が憤怒に染まる。アルガ・ソラスに魔力を注ぎ込む。最大の力を溜め込み放つ光の一撃なら、外皮の堅い巨獣といえども倒せる!


 マクバフルドはケイタを踏み潰したあたりで足踏みしていた。それが、セラの怒りを加速させる。

 おそらくケイタは踏み潰され、無残な遺体となっている。だがモグラ巨獣はその身体すら念入りに踏み潰しているようだった。


 ――オマエは……!


 セラの瞳に宿るは激怒の色。


 ――ワタシを守ってくれた人に構っている間に、オマエを殺す一撃を高めてやる……!


 向かって来い。その時がオマエがこの世界から消滅する時だ――

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