第38話、マクバフルド

 洞窟を先導するのはセラ。銀魔剣アルガ・ソラスを手に、注意深く進む。

 放った分身体子狐が先行しているので、慧太はさほど心配はしていない。一方で後方警戒をするが、魔人の追手やその他の獣の姿はなかった。


 ただ通路が曲がりくねりはじめ、いま自分たちがどこに向かっているのか、まったくわからなくなっていた。本当に地上への出口があるのか――セラは口にしなかったが、慧太も内心では不安を感じてきていた。どうも、どんどん深くへ潜っているような気がしてならない。


 その時、先を行く分身体が反応を飛ばしてきた。慧太は嫌な予感がする。

 意識を斥候の分身体に飛ばせば、それが見ている景色が慧太の脳裏に映し出された。そして絶句する。

 通路が開け、広い空間がある。だがそこに何やら黒い毛むくじゃらの動物が鎮座していたのだ。


 全長十ミータメートルほど、高さ四、五ミータの大型生物だ。どうやら眠っているようだが、このまま進むと、数分もしないうちに遭遇する。 


 避けられるなら避けたい。慧太は口元を引き締めた。とっさに浮かんだのは三つ。


 一つ、どうにか引き返し、別の道を探る。

 二つ、先行して障害となる動物を駆除する。

 三つ、寝ているのに任せ、用心しながら静かに傍を抜ける。


 一とニは現実的ではなかった。引き返す案は、別のルートがあればの話。残念ながら一本道。別のルートはない。


 先行して駆除する案は、セラに黙って先に進むなんて無理だろう。斥候の子狐では、ちょっと分身体の量が足りないから戦うのは無理。


 そもそも、この先に危険があるのを、セラに告げる方法がなかった。先んじて偵察を放っていたなんて言ったら、彼女は機嫌を損ねてしまうのではないか。

 前衛を了承したのは下見を済ませていたから、なんて知られたら信用問題である。


 もっとも、仮に大型生物が待ち構えていると事前に告げたとて、回避する手立てがない以上、結局はぶつかるのだ。……このまま、進むしかない。

 ただセラが『それ』を視認する前には危険を告げておこうは思う。そこまで近づいた時に何か適当な理由をでっち上げなければ――


「慧太。どうしたのですか?」


 セラが振り返った。慧太は冷や汗をかく。

「どうした、って何?」

「緊張、してますよね」


 セラは鋭かった。


「気を張ってる……何か、警戒してますね?」

「警戒? そりゃ、するさ。……するだろ?」


 シラをきる慧太。だが自分でもぎこちなさを感じる。セラはそれを敏感に感じ取り、顔を曇らせた。


「嘘をつく人は嫌いです」

「嘘だなんて」


 図星だけど――慧太は心の中で認めた。さてさて、これは余計に言い出しにくくなってしまった。何か適当なことを言って誤魔化すついでに危険も知らせないと。


「その……何か……臭わないか?」

「臭い?」


 セラが怪訝に眉をひそめる。本当は臭っていないのだが、慧太は真面目ぶる。


「この先から……獣臭が……臭わない?」


 言われてセラは、すんすんと臭いを嗅ぎ、首を横に振った。


「いえ、特に臭いは変わってないと思いますけど」

「先導、代わっていいか?」


 慧太が進み出れば、セラは頷いた。こういう状況で、何かを感じ取った人の意見を無視するとろくなことがないことくらいは、お姫様も知っているようだ。


「光は弱められるか?」


 もし敵が光を見たら――セラもその危険性を察し、光球を弱めた。

 慧太は足音をしのばせて先を行く。やがて分身体が確認した空間に達し、近くの岩陰の裏へとつく。そっと影から覗きこむ。


「デカイ化け物だ……」


 声を潜ませつつ、呟く。その姿は土色の外皮で覆われた四足の大型生物。一見、巨大なモグラのようにも見えるが、サイのような角のような突起がついた顔、外皮もごつごつと岩のように堅そうと、モグラのそれとは異なった部分もある。


 ――まあ、オレの知る世界とは違うわけだから当たり前か。


 慧太の隣に、セラがそっと忍び寄り、先ほどからじっとしている大型生物を見やる。


「これは……?」

「オレもはじめてだけど、以前ユウラが言っていたやつだと思う。マクバフルド――墓地を荒らす大モグラ」

「マクバフルド……」


 セラがその名を呟く。


「……眠っている、のでしょうか?」

「たぶん。呼吸はしているようだ」


 かすかに上下している体。規則的な動きは、穏やかな睡眠中を思わす。


「あいつを倒すのはしんどそうだな。外皮は堅そうだ。生半可な刃は通さないだろうな」

「眠っているのなら、迂回しませんか?」


 セラは至極真面目な顔で告げた。


「敵対的な魔物でもないなら、無理に命を奪うことはないかと」

「……襲われない限りは、オレもそう思う。ただ、ここはマクバフルドの巣だと思う。もし起きたら十中八九襲われる。餌として」


 セラは押し黙る。襲われれば、否が応でも戦わなくてはならない。黙って喰われるわけにもいかないから。


 慧太は周囲を観察する。セラの光の球は足元に移動しているため、マクバフルドは直接光を浴びていない。薄暗い洞窟内、空間になってはいるが、自分たちが入ってきた通路の他に……右手側に別の通路らしき穴が見えた。マクバフルドの巨体より一回り小さい穴だ。


 ……よし。


「あそこの穴から迂回しよう。戦うのはヤバそうだからな。もちろん寝ている今奇襲するという手もあるけど」


 セラは首を横に振った。アルゲナムのお姫様は無益な殺生は望まないようだ。慧太は口元に人差し指を近づける。


「静かに奴のそばを抜けて、通路まで行こう。……足元に気をつけて」


 そっと足を忍ばせ、岩陰に沿って向こうの通路へと向かう。地面に寝そべり、眠りこけている大モグラに用心しながら。慧太の後を、セラも静かに続く。


 ――そのまま。……そのまま。


 起きるなよ――心の中で念じつつ、慧太は足元とマクバフルド、そして目的の通路をそれぞれ順に視線を走らせる。


 グルルルゥ。


 低い唸り声。慧太は思わず立ち止まり、無音のままマクバフルドを注視する。起きたのか――身構える慧太とセラ。だがマクバフルドは小さく身震いしただけで、立ち上がる素振りはなかった。ふぅ、と息をつく。

 あと、数ミータ。一気に駆け抜けたい衝動を必死にこらえて慎重に歩を進める。


 その時、カツンと何かが当たったような音がした。静粛の中に起きた突然の音に慧太はビクリとして振り返った。セラも吃驚した顔で慧太を見つめていた。――今の音は何、と言わんばかりの表情。

 では今のは彼女の立てた音ではなかったのか。慧太は視線をマクバフルドに向ける。


 すっとマクバフルドが顔を上げた。同時にその足元にあった『岩だと思っていた』ものがみるみる真っ赤に変化していき――


「危ない!」


 慧太はとっさにセラのほうへ飛んでいた。驚きのまま押し倒されるセラ。赤く変化した岩が爆発し、轟音と爆風を撒き散らす。銃弾の如く飛翔した岩の欠片と熱風。塵と砂が飛散してセラを庇う慧太にかかり……視界を闇が包んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る