第36話、白銀の勇者伝説

「光の精」


 セラフィナが唱えると、淡い光を放つ球が具現化された。

 真っ暗闇の坑道の中、光の魔法によって視界は何とか確保された。


「ユウラさんたち、無事でしょうか?」


 セラフィナが心配事を口にする。慧太は先頭を行きながら答えた。


「あの二人なら心配ない」


 天才と謳われた魔術師に、狐人の暗殺集団出身の戦闘狂のアサシン。付き合いは一年にも満たないが、二人の実力は疑いの余地がない。死んでも死なない、というのは言い過ぎだが、あの二人が窮地に陥ることなどないのでは、と慧太は思っている。


「信頼しているのですね……」

「ああ。頼もしい仲間だよ」


 慧太は真っ直ぐ伸びた道を行く。コウモリと思しき羽ばたきが時々聞こえるが、その姿が視界に入ることはない。向こうが避けているのかもしれない。


 太陽の光も届かない地の底を道なりにひたすら進む。時間経過がまったくわからなかった。場所はグルント台地の地下、ということになるだろうか。


 どれくらい歩いたか。代わりばえのしない地形が続き、いい加減飽き飽きしてきた頃、唐突にセラフィナが声をかけた。


「ケイタ、前衛代わります」


 先頭を代わる――行軍において、よくあることだ。理由は簡単、先頭を歩くというのは何かと気を遣うからだ。足場や地形、罠(トラップ)の有無や警戒。それらは体力的にも精神的にも消耗を強いる。


「え、いいよ別に――」


 特に考えるまでもなく断った。一応、護衛の役割を担っているのだ。護衛対象であるアルゲナムのお姫様を危険な先頭に立たせるなどありえない。


「オレ、こういう知らない道を切り開く訓練受けてるから。……それより後ろを警戒してくれると助かる」

「……」


 セラフィナの表情は硬かった。話はわかるが納得していないという顔である。


「でも、あなたばかりに負担をかけるわけには行きません」

「あー、いやありがたいけど、いいわ。慣れてるし」


 慧太は手を振った。押し黙るセラフィナだが、ポツリと呟く。


「……守られてばかりというのは、不本意です」


 え? ――慧太は振り返ったが、セラフィナは視線を逸らしていた。傍から見ていると拗ねているようにも見える。


 ――怒らせちゃったかな……?


 慧太は気まずくなる。彼女は慧太を気遣ってくれているのだ。お姫様だから、と自身に甘えることなく、自らも負担を請け負う。その心がけは立派だと思うし、尊敬に値する。

 だが前衛を委ねるつもりはなく、慧太はそのまま歩き続けた。仮にトラップに引っかかっても慧太はどうとでもなるが、セラフィナが怪我したらその後が大変なのだ。


 生ぬるい空気が肌にまとわりつく。行けども続く坑道。果たしてどこに通じているのか。

 時間はわからないが、無理は禁物だ。休憩を提案すれば、セラフィナは頷いた。


 慧太は壁を背に座る。セラフィナは反対側の壁にもたれ、座り込む。どことなく遠く感じるのは、先ほどのやりとりの結果だろうか。膝を立て、両手で抱えるような姿勢の彼女。ひらりとしたスカートの中身は……見えません、念のため。


 ――何か、声をかけるべきなんだろうか……。


 慧太はじっと銀髪の少女を見つめる。彼女の青い瞳は物憂げで、ここではないどこかを見つめているようだった。疲れたのかな、と思う。


「……私の顔に、何かついてます?」


 セラフィナがポツリと言った。見つめていたことを指摘され、慧太は背筋を伸ばした。


「べ、別に……!」


 ダメだ――せっかくきっかけになったかもしれないフリを、反射的に断ち切ってしまうとは。これでは余計に気まずくなってしまう!


「あ、いや、別にってことはないんだけど……」


 自分でも声が裏返っているのを感じた。――なに緊張してるんだ、オレは!?


「その……剣! お姫様の剣、何かカッコいいなって!」

 馬鹿かオレは――慧太は己が口にした言葉に恥じ入る。


 ――カッコいいって何だよ、いやカッコいいのは間違いないけど、お姫様相手にカッコいいとか……。

「これですか?」


 セラフィナは腰に下げていた銀剣を取った。その剣は光の球からの光に反射し、かすかに輝いて見える。


「アルゲナム王家に伝わる銀聖剣……『アルガ・ソラス』呼んでます」

「王家の聖剣……?」

「アルゲナムの白銀の勇者伝説はご存知ですよね?」


 いや知らないが――ユウラや団長のドラウト親爺が口にしていたから、この世界では有名は話なのだろう。だがこの世界に来て一年の慧太は知らなかった。


「魔人たちによる侵攻。人類の剣となり、戦ったアルゲナムの白銀の勇者――」


 セラフィナは輝く銀聖剣を、感情のこもらない視線で見た。


「天上人より銀聖剣と白銀の鎧を賜り、その力を以て魔人を暗黒大陸へと追い払った」

「……それが、あんたのご先祖様?」

「ええ。アルゲナムの血筋は、白銀の勇者の血筋」


 誇るでもなく、ただ淡々とセラフィナは呟く。まるで、それが重みでもあるかのように。


 ――勇者、か。


 この世界に召喚された。『勇者』のひとりとして。生憎とそんな力はなく、同じく召喚された二十九名の同級生もろとも死んでしまった慧太。何とも言えない気分になる。


「かっこいい、と言いました?」


 セラフィナが青い瞳を向けてくる。慧太は顔を上げ、陰鬱な空気を払うように頷いた。


「ああ、あの銀の鎧、でいいのかな。あれにバッと変身するところなんか、魔法少女みたいで――」


 小首を傾げるセラフィナ。……魔法少女は通じなかった。


「あー、ええっとヴァルキリー! いやワルキューレだっけ? 神話に出てくる、神様に勇敢な戦士の魂を運ぶ戦乙女みたいって言うか」

「……ごめんなさい。あなたの言っていることが、よくわからない」

「だよなー……。悪い、忘れてくれ」


 慧太は苦い笑みと共に俯いた。セラフィナは神妙な口調になる。


「魂を運ぶ、というのは、まるで死神のようですね。……私は、その死神に似ていると?」


 死神――慧太は吃驚してしまった。


「そんなイメージはなかったな。どちらかというと勇者の魂を運ぶ役だから、神聖で、神様の使いって感じ」


 そうですか、とセラフィナは抱えた膝の上に顔をうずめる。


「それなら、悪くない、かな……」

「お姫様?」

「……何でも、ありません……」


 そうは見えなかった。明らかに気落ちした様子だ。

 褒めたつもりだったが、セラフィナの気分を悪くしてしまったようだ。何が原因か皆目見当がつかないが、ただ悪いことを言ったかも、と慧太は落ち着かなかった。


「あ、あのさ、お姫様」

「……!」

 ぐっと、セラフィナが唇を引き締めた。だが返事がなかったので、慧太は聞こえなかったかと首を捻った。

「なあ、お姫様――」

「ッ……! お姫様と呼ばないで!」


 セラフィナは声を荒げた。


 え? ――慧太は押し黙る。


 怒られた。セラフィナに怒鳴られるなんて出会ってからはじめてのことだ。温厚で礼儀正しい彼女からの怒号を浴び、慧太はみっともなく硬直してしまった。

 そもそも、何故こうなったのか、理由がまったくわからない。


 ――これ……。ええぇぇ……。


 思いがけない事態に、慧太はただ狼狽するしかなかった。

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