第14話、決着


 サターナは冷めた目で慧太を見やる。


「ワタシの尻尾の直撃を受けたのよ、あなた。普通なら全身の骨は砕け、内臓は破裂……つまり死んでるはずなのに……」


 尻尾――サターナの竜を思わす尻尾。ドラゴンテイル。それが慧太を横合いから強襲した一撃の正体だった。この期におよんで、まだ切り札を残していたらしい。


「まあ、いいわ」


 魔槍スピラルコルヌの刃先が、慧太の喉元に突きつけられる。


「どうせ虫の息でしょう。ここまで健闘したのは褒めてあげるわ。だけどそれもおしまい。この槍があなたの喉を貫いて、それで決着よ」


 慧太は動くことができない。喉元に凶器を押し付けられれば、普通の人間なら動けない。……普通の人間なら。


「命乞い、聞いてあげてもいいわ、人間。ワタシを追い込み、手傷を負わせてくれたのだから」

「魔人に命乞いなどしない」


 慧太はサターナを睨みつける。魔人に慈悲など乞うても無駄だ。クラスメイトは――襲い来る魔人に対してどうしていいかわからず、死にたくない、助けてと命乞いをした。だが彼、彼女らは容赦なく刺され、首を跳ねられ、血だまりに沈んだ。


 殺されたのだ。無慈悲に。


「命乞いをしたところで、お前はオレを殺すのだろう?」

「潔し。あなたは人間の中でも勇敢な戦士だった」


 サターナの目に、わずかながらの慈愛と敬意がよぎった。


「最後に、名前を聞こう」

羽土はづち慧太けいた


 慧太は唇の端を吊り上げた。


「お前を殺す男の名だ」


 次の瞬間、サターナは足に何かが絡んだことに気づいた。同時に背後に気配を感じる。

 だが反射的に、足へと視線が行った。

 影――慧太と名乗った少年のまわりが黒い影で満たされている。そこから伸びる腕のようなものがサターナの足に絡み、まるで引きずりこむように伸びてくる。


「ひっ……!?」


 得体の知れないものに恐怖がこみ上げる。だが逃げることも叶わなかった。何故なら背後に伸びた気配がサターナの尻尾と翼を捕らえ、さらに圧し掛かるように背中と肩にくっついてきたからだ。

 押さえ込まれた。足を、翼を、背中を。

 黒いドロドロとした塊がサターナを覆い被るように、包み込むように、彼女の肌を侵し飲み込んでいく。


「や、やぁ……」


 振りほどこうにも、黒い手はサターナの腕に絡み、身動きできないままその影へと身体を沈めていく。首に絡み、頭を押さえつけられ、見る見る視線が地面へ近づいていく。


「オレは、得体の知れないモノに喰われた」


 慧太はポツリと言った。


「お前にも、同じ死を与えてやる」


 影喰い――無数の黒い手により、レリエンディール七大貴族の一人は飲み込まれた。



 ・  ・  ・



 サターナを飲み込んだ後、彼女の記憶を取り込んでいるのもそこそこに――記憶の取捨選択ができるようになり、魔人の情報をある程度、それ以外の情報を切り捨てた。おかげで立ちくらみのような酔いの様な症状からの復帰は早かった。


 空中庭園へと駆けつける靴や金属のこすれる音が聞こえてくる。魔人兵がサターナを探しているのだろう。ひとつの復讐は終わった。長居は無用だ。疲労感が半端なかった。


 形を黒いスライム状に変え、壁を這い庭園から脱出。そのまま城壁を越え、城を出た。魔人軍の侵攻で廃墟同然の王都を尻目に、慧太は東へと逃れた。


 これからどうしようか。


 異世界くんだりに召喚された。理不尽にも魔人と戦わされて殺された。仮に生き残ったとしてもどうなっていたかわからない。この世界には、慧太が頼る者はいない。


 ――クライツ……。


 ふいにこみ上げてくる。別れたと思っていた彼が、何故あの場に戻ってきたのか。

 盗賊だ。それどころか、会って数日も経っていない。それにも関わらず、彼は何と言ったか。


 もう他人な気がしない、と彼は言ったのだ。

 兄弟、とも。


 慧太に出会わなければ、人間として生きていただろうに。喰われた相手を兄弟みたいに見ているとか、おかしいだろう……。


『思考が触れちまったせいだろうなぁ』


 これなのだ。相手の記憶、思考、感情を直接知ってしまったのだ。本来、あかの他人として知ることのない底の底の部分をお互いに覗き見てしまった。それこそ親友、兄弟、家族しか知らないような、いやそれよりも深い部分でわかってしまったのだ。


 皮肉なことに、自分のことをもっとも理解している相手に、慧太とクライツはなっていた。行く当てがないと言った時、彼は「なら、一緒に行くか」と迷うことなく誘った。慧太のことがわかっていたからだ。

 魔人に復讐すると言った時も、彼は止めようとした。普段の彼ならそんなことはせず、さっさと「ああ、そうかよ、好きにしろ」と無視していた。


 ――勝手にしろ、と言われたっけ。


 慧太は自嘲する。相手のことを知るゆえに覚悟を知った後は、あっさり別れた。クライツにはわかっていたのだ。もう慧太は言葉では聞かないと。


「でも結局、戻ってきたんだよな」


 兄弟。ああ、そうだ、くそったれ――慧太は振り返った。


 悲しいのに、胸の奥が痛いのに、涙が出なかった。

 彼とはいい友人に、家族になれた。そんな気がする。

 生きていれば。炎に焼かれ、消えてしまわなければ。


「さようなら、クライツ」


 そしてありがとう、兄弟――

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