第15話、異界の放浪者


 異世界転生とか転移とか、そんなものは創作の話だと思っていた。


 実際に別の世界に召喚され、得体の知れない化け物『シェイプシフター』に転生――と言っていいだろう――した身でなければ。

 そんな作り話の人物たちも、その身で味わって、きっと同じ心境に達したのだろうと今では思う。


 羽土はづち慧太けいた

 十七歳、高校生……だった。今では怪物の身体となり、別の世界にいる。そして帰る方法もわからず、ただこの世界を彷徨っている。



 スプーシオ王国は、魔人軍によって滅びた。慧太を含めた高校生三十名を召喚するよう命じた、この国の王様は死んだらしい。……もっとも、のうのうと生きていたら、慧太自身が殺していたかもしれない。クラスメイト全員を死に追いやったケジメはつけなくてはならなかっただろうから。


 大陸侵攻を掲げ、侵攻を開始していた魔人の国レリエンディールの軍勢はスプーシオ王国を壊滅させ、さらに東方へ勢力を伸ばすはずだった。だがその尖兵たる第一軍指揮官、サターナ・リュコスの行方不明と直後の混乱でその足は完全に止まり、本土へと引き返して行った。

 魔人のさらなる侵攻を警戒した近隣諸国だったが、突如魔人の軍勢が消えた理由を知ることはなく、危機は去ったと判断した。……それがつかの間の平穏だったことを知るのは、今しばらく先のことになるが、それは別の話だ。


 

 慧太は、ひとり異郷の地を彷徨った。

 帰る手段を探るにも、何の手がかりもない。しばらくこの世界を放浪しながら、帰る方法を探すと共に、もし方法が見つからなかった時のための定住の地を求めた。最悪、この世界に骨をうずめる覚悟をしなくてはならないかもしれないのだ。


 何一つ、宛てもなければ頼りもない。ただの高校生だったなら、言葉もわからず、性質の悪い連中に捕まったり、野たれ死んだりしていただろう。

 幸か不幸か、変幻自在の怪物の身体となったことが、慧太にこの世界を生き抜く力を与えた。


 変身。身体のサイズや形を自由自在に変えられる能力。……記憶にクライツの考え方が残っているのか、使い方次第では非常に泥棒向きである。

 だが慧太は、そのクライツが言っていた『用心棒か傭兵』という方向に、その力を活かせないか考えた。

 この世界は、治安がよろしくなかった。

 道中歩いていれば、盗賊には襲われるし、略奪や恐喝――力のない者からの搾取などを目にすることになった。中世の西洋と、考え方はあまり変わらないらしい。

 結果的に、義賊気取りなことをしたり、傭兵をやったり、暗殺者をやったりと、能力を活かす仕事には事欠かなかった。悪党を喰らっていくうちに、戦い方の種類も増え、また戦技も向上した。

 それからさほど立たない頃、慧太は、新たな家を得た。


 ハイマト傭兵団という、獣人の傭兵団だ。

 獣人――人型で、獣の外見的特徴や能力を持っている種族の総称である。狼や狐、犬、猫、猪、鹿、豚、牛などさまさま。

 獣人傭兵団の団長は熊人だった。ドラウトと名乗る獣人は、慧太を団に誘った。


「なんだ、お前、故郷がないのか?」


 ドラウトはその巨躯を揺らし、笑った。


「そうかそうか、そいつは気の毒にな。しかもその身体、普通の人間じゃないな? ……ああ、構わん構わん。獣人なんてもんは人間からは爪弾きだからな。ここにはそういう奴らばかりだ」


 慧太の肩に手を回し、熊人の男は言った。


「そういうわけで、ケイタ。お前は俺たちの仲間だ。……仲間に手を出すような奴がいるなら、俺たちが全力でそいつらから守る。それが俺たち傭兵団のルールだ」


 故郷ハイマト傭兵団にようこそ――異世界のぼっちは、こうして新しい故郷、家を手に入れた。

 人間のくせに獣人の傭兵団にいる天才魔術師の青年、狐人の暗殺者など、少々変わった者たちと出会うことになる慧太だが、彼はまだ知らない。


 再び動き出した魔人勢力と、白銀の勇者の末裔との出会いを。

 そして、運命は動き出す。

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