第12話、対決

 

「まさか、人間がここに入り込むなんてね……」


 サターナは、魔人語から西方語に切り替えた。慧太の言葉に合わせたのだろう。魔人のくせに、人間の言語を解するとは頭はよさそうだ。


「見ない格好だけれど、人間の殺し屋かしらっ!」


 サターナは好戦的な笑みを浮かべ、一角槍スピラルコルヌを構える。


「殺し屋、かもしれないな。よりはっきり言えば、オレは昨日お前らに殺された人間だがね」


 唇の端を吊り上げ、狂気をはらんだ顔で慧太は言った。サターナは鼻を鳴らした。


「死にそこない? それとも地獄からの使者とでもいうのかしら? ……父親が死んだという報せから間もなく、ワタシの命を狙いにくる者が現れるなんてね」


 その紅玉色の瞳は怒りに燃える。


「まあ、あなたは関係してないでしょうけれど、生憎とワタシは今すこぶる機嫌が悪いの」

「奇遇だな。オレもだ」


 慧太は、すっと左手で印を結ぶような仕草をとった。……もちろん、これはフリだ。


「あの世でお前が殺してきた人間すべてに詫びをさせてやる!」


 地面――慧太が伸ばしていた影から、人型――分身体が生えるように形成される。黒く、影そのものといった形のそれは、表情もなく、ゆらゆらと揺れ不気味であった。一体、二体……最終的に九体の影が具現化する。


「まさか、死霊使い……!」


 サターナがそう口走った時、慧太は腕を振るった。――かかれっ!


 影人かげびとのような分身体、九体が一斉にサターナへと駆ける。黒紅髪の女魔人は魔槍で先頭の分身体を貫く。だが槍でその身を貫通されても、分身体はまったく怯んだ様子もない。


「ちっ、屍か!」


 サターナは素早く飛び退く。一撃で胴を穿かれた分身体も、他の分身体も魔人へと殺到する。


「数に任せれば、ワタシを倒せるとでも……!」


 ――そうとも、あんたを殺すには、色々小細工しないとな!


 慧太は、自身の目の前にもう一体、分身体をこしらえつつ、自らは影人へと姿を変える。


 魔人軍の将、サターナ。彼女のことは、喰い殺した魔人たちの記憶からある程度わかっている。


 魔槍スピラルコルヌを巧みに操る武闘派。魔術にも長け、彼女が本気を出せば一人で百名ほどの魔人兵を打ち倒せるほどの実力者。兵たちは魔人版戦乙女として彼女を崇拝している。


 実際、バードルをはじめ、兵たちの記憶を通して慧太もサターナの戦いぶりの一端を辿ることができる。


 だからこそ、わかる。


 いくら記憶を辿って戦う術を即席で身に付けた慧太でも、正面から挑んでは熟練の彼女に後れを取るのは必至。今のところ物理耐性が高いこの身体ではあるが、不死身であるという確証がない以上、サターナにやられてしまう可能性もあった。


 慧太は自らを過信していない。むしろ、素人の付け焼刃に過ぎない自覚がある。

 まともにやりあうな。相手の予測を裏切れ。


『氷の刃、かの者を切り裂けッ!』


 魔人語の呪文。後退しながら、無数の氷の塊が宙に具現化。それらをサターナは分身体に散弾よろしく放った。

 頭を吹き飛ばされ、手足がちぎれる分身体影人ども。……だが、たとえ手足を失おうと、首から上をなくそうとも、分身体たちはなおも突進を続ける。


「くっ……!」


 サターナの表情が曇る。追い込んでいる。慧太は影人の姿で側面をつくように走る。

 正面から突っ込む分身体を囮にする格好だ。


「なら、頭を潰されたら、どうかしらっ!?」 


 地面から氷のスパイクが生えて、分身体が四体ほど貫かれた。サターナは先頭集団をそれでかいくぐると、後方にいる慧太にめがけて氷塊を放った。


 グサリ、と慧太の身体を鋭く尖った氷の塊が貫く。人間であるなら即死ものの一撃。

 サターナの表情が勝利を確信して歪む。だが――


 ――そいつは偽物だ。


 影人の姿の、本物の慧太はサターナの右側面から突進。手裏剣を生成――投擲とうてき


「ぐっ!?」


 サターナの右腕に刺さる手裏剣。今度は苦痛の色に歪む表情。

 しかし傷は浅い。それは慧太の経験不足。白球を投げることは慣れているが、手裏剣など触ったことなどない人間なのだ。


「こっちが本命――」


 女魔人が慧太に向き直ると共に、魔槍を振り回す。慧太は素早く停止、しゃがむ。


 ――残念。オレも囮だ。


 サターナの背後に飛び掛るは分身体が四体。斧や剣を振り上げ、魔人の背中を――


「甘いわっ!」


 女魔人は漆黒の翼を勢いよく広げた。二体の分身体が弾き飛ばされ、残る二体の攻撃も飛び上がったサターナの身体に触れることもできずくうを切った。


 ――空に逃げられた……ッ!


 翼を持っているのは知っていた。だがら飛び上がられる前に仕留めたかった。慧太の目論見は崩れる。


「ふふ……」


 夜の空を背景に、五メートルほどの高さで静止、地上を見下ろすサターナ。


「なかなか面白い手だったけれど、残念だったわね」


 余裕。そして嘲笑を貼り付ける女魔人。


「ワタシは真上からあなたを攻撃し続けることができるし、このまま空を飛んで部下たちのもとへ行くこともできるわ。選択権を与えるのは愚かな行いだけれど、特別に選ばせてあげるわ」


 サターナは、慧太と分身体を見下す。


「どうしたい? ワタシと遊ぶ? それとも、部下たちをけしかけて、あなたを袋叩きにさせる?」


 くそ――慧太は歯噛みする。空中に対する攻撃手段については、まだ未開拓。あくまで不意打ちで倒す腹。それ以上長引けば勝てないと初めから思っていたのだ。


「さあ、どうするのかしら?」


 勝者の笑みを浮かべるサターナ。

 だがその時、スプーシオ城の中庭で爆発が起きた。同時に、城壁やその他数箇所で。

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